かつて◯◯というものがあった【文書ロイドシリーズ短編】

春眼 兎吉(はるまなこ ピョンきち)

かつて◯◯というものがあった


「あの場所を訪れたおかげで世界とより『繋がれた』気がする」



 書斎でひとり物思いにふけるしがない作家たる私はかなりの老齢ろうれい。ゆえに昔のことをなつかしく思い返す日々だ。


 とりわけ最近特に何度も何度も思い返すのは、随分ずいぶん昔、私がようやく10代の仲間入りをする時期に、とある博物館ミュージアムに両親に連れられて行った頃の記憶だ。感謝の想いが喚起かんきされて、聖歌のリフレインのように自身の頭の中を席巻せっけんしている。だが、仕方が無いのだ。


 そこでの『出会い』が、私の人生を劇的に変えたのだから。





情報通信コミュホン博物館ミュージアム文館ぶんかんへようこそ」


「えー、これが一時期、世界中の人間を孤独から救ったと伝えられるスマートフォンという物品モノ。いわゆる『スマホ』になります」


 ここは人と人が『つながる』ことに対する『進化・・』をうながしてきた情報通信コミュホンかかわる物品モノが展示されている、人類ヒト歴史空間ヒストリックたる博物館ミュージアムだ。

 なかでもここは、文章や言葉に想いを託して『伝える』行為にスポットを当てた展示にっているらしい。


「SNS(えすえぬえす)という自分の意見や思想を広く発信することで、同じ思いを共有する同志との人間的『つながり』を得ることで、自身の存在証明アイデンティティーを保つ事に貢献こうけん。自死を未然に防いでいたと考えられています」

 説明役のおねいさんが『スマホ』を手に、つらつらと慣れた様子で解説をしていく。艶々つやつやの黒髪ロングに抜群ばつぐんのスタイル。全世界之記録保存館アーカイブで見た大和撫子やまとなでしこを完全再現した容姿に僕の心はときめく。なぜか割烹着かっぽうぎなのは少し気になったけど。


「なんでそんなに『繋がる』ことに一喜一憂いっきいちゆうできるの? 今の僕たちはもう、誰かと繋がっているなんて『たり』なのに」

 僕は全世界之記録保存館アーカイブに割と頻繁ひんぱんにアクセスして、知識をたくわえていたから、年の割に博識はくしきな男子小学生を気取ることで、おねいさんにモテようとした。

「フフフ……そう思いますよね。ではこちらを見て下さい」

 イタズラっぽく微笑ほほえむ、おねいさんがめっちゃかわいくて。

「なんだこりゃ?」

 提示された物品モノに対する反応が遅れて年相応こどもっぽいのリアクションを返してしまった。

「これはポケットベル、いわゆる『ポケベル』ですね。これは『スマホ』が世に出る四半世紀程度前に世に出た物品モノで、【文字】を打つにも14文字が限界かつ、初期の方は数字しか相手に伝えられませんでした。「0840」(おはよお)とか、「14106」(あいしてる)とかですね。ただ繋がっていたい……繋がりを求めたゆえの他愛のない会話。だが、ヒトは限られた言葉に全てを込めたのです。『俳句はいく』のように」

「俳句ってなーに?」

 疑問が次々出てきてもうカッコなんて気にしてられなかった。全世界之記録保存館アーカイブから仕入れたといえ、少しかじった知識じゃあ、たかが知れていた。ここは年相応こどもらしくに質問攻め。こういう素直さがモテ要素につながると思うし、案の定おねいさんは丁寧ていねいに答えてくれたし。

ひちの【文字】のグループに情景や想いなどを込めて相手に『伝える』手法です。ものすごく文字数の限られた『物語』とも言えますね」

「物語ってなーに?」

「そうですねぇ。【文字】をつなげて作る、ひとつの『世界』ですね。ここに他の人を招待しょうたいすることで、喜ばせたり、怒らせたり、哀しませたり、楽しませたり、驚かせたり、幸せにしたり、できますよ。そしてそれがとても上手うまく出来ると、人からメチャメチャめられますよ♪」

 ノリの良いおねいさんとは対照的に僕は本当に理解出来なかった。だから本音・・を言う。

「他の人とはもう『繋がって』いるし、わざわざ苦労して知る必要もないんじゃないの?」

「はっきり伝わりすぎないから、相手の気持ちを、作者の気持ちを『ヒト』の気持ちを『想像そうぞう』するから、読んだ人は自分だけの物語を『創造そうぞう』するの。はっきりとした正解はない。だけどそれが面白い。では、私と一緒に小さな物語を作ってみない? 『ショートショート』という1000【文字】くらいで作る『物語』よ」

 ノリノリのおねいさんのそでつかんで、自分の首を大きく横にふり続けた。

「上手く出来ない。だって僕は知らないもん」

 そこで僕はこれまで感じていた『違和感いわかん』の正体に気付いた。ずっと聞き流していたアレの正体を知らないゆえにおねいさんに聞くしかなかった。

「【文字もじ】ってものを知らないもん」

 だって、そうだろう。思うだけで自分の意志が【直接・・】相手に『全部』伝わるのだ。わざわざ【文字】という不便な手段を使ってまでやる必要性がない。意味が分からない。

「そっか……そうだよね。……じゃあ、おねいさんと一緒・・に【文字】を使って、『物語』を作ってみよっか♪」

 おねいさんはふんぞり返って自信満々のドヤ顔で告げる。

「言い忘れてたけど、おねいさんは『文書ぶんしょロイド』って言って、『スマホ』が広まってけっこう時間がった頃に生まれたんだ。【文字】を使って『物語』を作る行為を全般的に助けるためにね。具体的にはキミが頭の中で考えたこと思ったことを【文字】に『変換へんかん』するように作られているんだ。だから大丈夫だよ。やってみたら結構楽しいよ♪」

 まぁ、かわいかったし、一緒に物語作ってみてもいいかなとは思えた。


 そして作り始めてしばらく、僕は頭を抱えていた。まどろっこしいし、答えがぐ出ないという事実が、気持ち悪く感じる。

「思った通りに出来ないから戸惑っているのでしょう?」

「うん、なんつーか、こう、モヤモヤする」

「なんで、こんなはっきり伝わらないことをするの? 無駄だよ」

 そう。普段の僕たちなら、伝えたいことを思い浮かべて相手に飛ばせばそれでもう全て完了・・! となるからこんな事態、想定さえしていないんだもん。

「さっきも少し言ったけど、はっきり伝わらないから、いいの。創造の余地が生まれるの。それを行うにはのキミたちが生まれたときから普通に身につけている『思ったことをそのまま伝えられる』身体機能のうりょく……昔の人は『テレパシー』と想像していたけどね……ではなく【文字】という『記号』がとても大切な役目をになっているのよ」

「【文字もじ】を使ったことないから、わかんないよ」

「詳しく言うとね、【文字】が少し集まると『言葉』になるの。そして『物語』はかっこいい、かわいい、こわい、『言葉』を組み合わせて作る『パズル』のようなものかな。コツコツ組み立てるのはしんどいけど、組み上がったら満足出来るから。ヤッター!って思えるから」

「それと『ショートショート』は自分が面白いなと思う光景を思い浮かべて、その光景までを『言葉』で繋いでいく感じよ。一緒に頑張りましょう。一緒に私と言葉の海を泳ぎきるのよ」

 おねいさんの励ましで、少し時間はかかったものの、僕はなんとか『ショートショート』を完成させた。

 そして一緒に来てた両親に見てもらった。父さんは声を上げて笑い出し、母さんも笑顔でうなずきながら、僕の作った『物語』をめてくれた。


「「いいね」」と。



「どうだった?」

 おねいさんに『物語』を作った感想を聞かれて僕は。

「なんか、こう、気持ちよかった」

「めずらしいね。みんな楽しかったとかつまらなかったという感想はもらったけど、そういってもらえたのは初めての経験ね♪」

 そういっておねいさんはふわりと笑った。






 少年と両親が博物館ミュージアムを去ってから、文書ロイドの少女に近づく男がいた。

「案内嬢ご苦労さん。といっても、これで最後だけどね」

「そうですね、館長マスター。最後まで良き時間を過ごせました。お互い肉体は無くとも心は繋がっていましたから」

「『エスパー』の上位互換のごとく、全ての人が『意識』を『共有』し、『物語』も【文字もじ】さえも消えて久しい時代。ここは人々の意識の『共有体』の中に存在する『博物館ミュージアム』だからね」

「あなたは肉体を捨ててこの『空間』の館長になった」

「なんかさぁ、忘れ去られていくモノの悲哀がどうも、苦手でさ、ついつい面倒見てしまうんだよね。『どんな便利なモノもいずれ廃(すた)れ、消えてゆく』ってのは、キミ達も含めてあんまりにも哀しいと思うんだ」

「それで私のことも拾ってくれたんですよね」

「今では大切な『伴侶パートナー』だよ。ところで、あの少年はどうだった?」

「良かったです。」

「そうやってキミはどれだけ弟子・・量産・・したんだろうねぇ。この『物語』を忘れた世界を少しずつ元に戻すかも知れない力を持った伝道者でんどうしゃ達を……」

 男はいたずら気に笑うと文書ロイドの少女は堂々と言い放つ。

「物語を書く楽しさは消えたりはしませんよ! 決して廃(すた)れはしない!」

「私も、そう思うよ」

 男は文書ロイドの少女の放った言葉セリフを噛み締めるようにおおきくうなずいて、告げる。

「そろそろいこうか。全ての言葉が命と共にかえ場所ところ、『ブンシュの海』へ」

「はい、マスター、お疲れ様でした」

「それは『お互い』にね」


 男は文書ロイドの少女をともなって立ち去る。その瞬間、そこに存在していた空間は跡形も無く瓦解がかいし、消えてしまった。






 老人作家はかつての思い出から、現世に帰還した。


「せんせーいっ! 次の『物語』を書いて下さい。やっぱり先生の物語は最高っす。皆が意識共有・・・・した時代において、失われた【文字】という道具【ツール】を使って、停滞していた人々の心に一筋の『たのしみ』を与える!……先生で無ければ出来ない芸当です。最近は若い連中の間で『【文字】文化』を『再現』するのが最高に『エモく』て『カッコイイ』と評判・・ですからねっ!」

 老人作家の睡眠をさまたげた編集者を、いなしながら、彼はひとりつぶやいていた。

「エモいとかじゃないんだよ。これは人が連綿れんめんと受け継いできた真理・・だ」


 それは、師匠であり友人であり初恋の人であった彼女・・に教えてもらったことだ。そしてなにより彼の心の中に灯った熱い『ともしび』はいまだにメラメラと燃えさかり消えることはないだろう。




 物語を書く楽しさは終わらない。





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【完結】文書(ぶんしょ)ロイド文子シリーズ原典『サッカ』 ~飽和(ほうわ)の時代を生きる皆さんへ~ 俺は何が何でも作家になりたい!そう、たとえ人間を《ヤメテ》でもまぁ!!


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