#45 『答え』
夢乃原市中心部に位置する夢乃原駅から徒歩五分。全国展開しているチェーン型喫茶店内に、男女二人が向かい合う形で座っていた。
片方は、上坂隼人。もう片方には、隼人のかつての初恋の人、上野優衣。
運ばれてきたコーヒーとオレンジジュースをお互い同じタイミングで手に取り、口を付ける。
「まさか、上坂君からお誘いが来るなんて」
集合してから特に会話が無かったのがじれったかったのか、優衣はコーヒーの二口目を飲みながらそう言った。
対する隼人は、変わらず俯いたまま。
「……上野は、僕の頼み事聞いてくれるか?」
「うん、上坂君には色々と迷惑掛けたし、私に出来る事ならいいよ。それに、たまには私も助ける側に回りたい。上坂君にはそれくらい助けられて来たから」
「……なら」
何かを言いかけた所で、隼人は再び言葉に詰まった。
今から隼人が頼もうとしている事は、それくらいに言い辛く、また必ず優衣が叶えてくれるという確証も無いもの。故に、口に出すことに対して慎重になる。
「……ずっと思ってたけど、何かあった?」
如何にもな雰囲気を醸し出している隼人に対して、優衣は問い掛ける。
そんな優衣からの問い掛けに対しても、隼人の表情は変わらない。
「まぁな、色々と。」
「そうなんだ、まぁ模索はしないけど。でも珍しいから、そんな感じの隼人君。私の前……まぁ、そんなに長く一緒に居たわけでもないけど、そんな様子だった事ないからさ」
そこから、優衣は特にこの話を深掘りしてくること無く、コーヒーに三口目を付けた。
「で、頼み事って何?」
持っていたマグカップを一旦置き、優衣は隼人の目を真っ直ぐ見ながら、そう問いかける。
隼人の返答はすぐ出なかった。口にしようとして、一度躊躇い、本当に言うべきか考えるループに入る。
その下りを三回程繰り返し、ある程度自分の中で纏めて、大きな深呼吸を一つしてからようやく答える。
「……記憶を消して欲しい奴らが居る。」
「へぇ、誰?」
隼人の言葉を聞いて、優衣は少し興味深そうに尋ねる。
「まずは梨花と冬葵、それから……上野結衣。」
隼人の口から出た名前を聞いて、一瞬、優衣は驚いた表情をした。それでも、取り乱す様な素振りは見せず、平常心を装う。
「……理由は?」
「驚かないで聞いてくれるか?」
「うん」
「僕に妹が居るって話は昔したか?」
隼人からの問いに、優衣は何も言わずに首を縦に振った。
「その様子なら、病気の話もしてるよな。実は妹が危ないんだ、もう限界に近い。あの様子じゃ、移植を受けなきゃ年を跨ぐのすら無理かもしれない。」
「それが、隼人君の友達の記憶を消すのとなんの関係が?」
「……僕は、もうすぐ死ぬ。あくまでも"らしい"の範疇だけど。それでも可能性は0じゃない。」
「……どうして分かるの」
「"人に残された時間"が見える奴から聞いた。僕に残された時間はざっとあと四日。恐らく、クリスマスの日に何かがあって死ぬ予定。理由は何となくわかる。もし、もしもだ。僕の心臓が奇跡的に外傷なく残って、妹のドナーに適合して移植出来るなら─────僕はその道を選ぼうと思ってる。」
「……隼人君は、そんな"有り得るかも分からない"可能性に全てを賭ける気?」
「ああ、奇跡を信じて生きてきたけど、もう奇跡を待つ時間は無い。なら、縋れるものには縋ろうと思う。例え、無茶だとしてもそこに1%でも確率があるなら、やる意味はあるって」
「馬鹿だね、隼人くんは」
どストレートに、優衣は隼人に向かって、そう言った。
「本当に馬鹿だよ、そんな話聞いて、私が良いよって言うとでも思ったの?」
至極ごもっともな返答が、隼人に返ってくる。想像通り、これは無理な願いだった。かと言って別に落胆はしない。分かりきった事だから。
「彼女さんには、この話したの?」
「口が裂けてもこんな事言えるかよ」
「だよね」
そこから、二人の会話はピタッと止まった。
お互いに俯き、たまに飲み物を飲む。
二人で喫茶店に来て、一番有り得ない光景だろう。知らない人が傍から見れば、別れる寸前のカップルかと思うはず。
「……良いよ、分かった。」
長い沈黙の果てに、優衣が口を開く。
「隼人君にはお礼もあるし、その話乗ってあげる」
「……本当に良いのか?」
「うん、彼女さんの家何処?あと写真も欲しい」
「……結衣の家は」
こうして、隼人は優衣に結衣の情報を告げた。
これでいい、これできっと悲しむ人間を少なく出来る。そう自分に言い聞かせる。
そうして話は終わり、二人分の会計を隼人が払って店を出る。
「ねぇ、隼人君」
「?」
「私だけは、隼人君の事 忘れてあげないからね」
「あぁ、それで頼む。元気でな、優衣」
「うん」
優衣と別れ、隼人は家に向かって歩き出す。
これで、全ての用意は出来た。正直言って、全てが上手くいくとは思ってない。それでも、これが残された唯一の道。ならば、今の自分に出来ることはもうこれしか無い。
この選択に、後悔はない訳では無い。きっと、全てがバレたら罵られるだろう、殴られるかも、軽蔑されるかも。
それでも、そうだとしても、好きな人達には生きていて欲しい。
結衣も、由希も。本当は春奈にだって。
その為なら、この命を捧げたって……
『それがお前の答えかよ』
遠巻きに、"僕"が居る。
「あぁ、これが答えだ。」
"俺"は本当に馬鹿だ。まだ道は模索出来るかもしれないのに。出来ないと決めつけて、早々に答えを出す。
哀れそうな目をして僕を見た後、上坂隼人は消えた。
それを嘆きも、追いもしない。
自分の信じた道を、出した答えを、ゆっくりと、一歩ずつ進んでいく。
歩きながら、ふとこれまでの思い出を辿ってみた。
上坂春奈と出逢い、大切な存在に気付き、別れた記憶。
神崎瑠香と共に、未来と戦った記憶。
山下夏希と上野結衣と共に、大切な友人を見送った記憶。
上野優衣と再会し、過去に決着を付けた記憶。
この半年で、様々な事態も乗り越えた。
由希の事も、きっとどうにかなると、自分なら何とか出来ると頭の中では信じていたのに。
「現実は、甘くないよな」
頭上に浮かぶ星空を見ながら、隼人は言葉を零す。
この星を見るのも、後四回。
全ての覚悟を決めながら、隼人は歩む足を早めた。
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