#42 『俺×僕』
十二月十一日 午前七時。
朝の静かな上坂家のリビングに、本来ならば有り得ないが、上坂隼人が向かい合う形で座っていた。
お互い、会話は無い。
余りの静かさに、壁に掛けてある時計の針が時を刻む音すらも鮮明に聞こえる。
このままでは何も進まない、そう考えた隼人は静寂を破り、口を開いた。
「お前は、僕なんだよな?」
隼人の問いかけに対して、隼人は静かに
『あぁ、俺はお前だ』
と返す。
想定内の返答。姿形に声も同じの人間に対してこんな質問すれば、それは当然そう返ってくる。自分でも馬鹿な質問をしたと感じながら、別の問いを投げかけた。
「確認したい、お前は僕が姉ちゃんが生きてた世界に迷い込んだ時にも会ったか?」
『その俺は違う、少なくとも"今の俺"がお前と出会うのは今日が初だ。』
何処かムスッとした"もう一人の自分"に対して、隼人は少しイラつきを覚える。
自分と話すというのはこんなにも不快な思いをするのか。それとも上坂隼人という人間を客観的に見たらそう感じるのか。後者ならば、何故クラスメイトに嫌われているのか少し分かる気がした。
「単刀直入に聞くぞ、なんで僕が二人居るんだ」
『お前のせいだ』
「僕が?」
『ああ、お前が不甲斐ないから"一つだったもんが別れて二つ"になってる。俺だって、さっさとお前と一つになれればそれでいいさ』
「じゃあなれよ」
『無理だから困ってんだろお互い。いいか、お前に相反する意思があってそれが強まると分裂するんだこんな感じでな』
相反する意思、分裂。あの時出会ったもう一人の隼人の台詞で、別世界に迷い込んだ時の事を思い出す。
確かに、あの時現れた隼人は『元の世界に戻りたいと願う自分』と、『この世界に居たいと願う自分』が強まった結果起きたものだ。
であるならば、今こうして上坂隼人という人間が二人居るのは、自分自身に相反する想いがあるから……。
『今のお前じゃ、答えは出ないだろうな。ていう訳で、暫く居候するぞ』
「は!?」
『仕方ないだろ。平日の昼間に学生が外を歩いてみろ、秒で補導されて学校に連絡行くぞ。お前は学校にいるのに上坂隼人が補導されるっていうめちゃくちゃ謎な事が起こる。大体、お前のせいでこうして俺が迷惑被ってんだ、こうなったのもお前のせいだからな』
そう言って上坂隼人は立ち上がり、冷蔵庫を開けて牛乳を取りだして飲み出す。
それも、口付けで。今この瞬間、あの牛乳はあっちの上坂隼人専用になってしまった。自分なら絶対しないと、隼人は思う。
『……俺は言わば鏡みたいなもんだ。お前が善とすることを俺は悪だと思うし、お前が悪だとすることを俺は善と思う。お前がしない事を俺はするし、俺がしない事をお前はする。そういうもんだ、って事で寝る』
そう言い残して、隼人はリビングから消えて階段で二階へと登っていく。
宣言通り二度寝でもするのだろう、こっちの自分は今から学校に行くというのに。
「……早いとこアイツを消そう、頭おかしくなりそう。」
その為にも、相反する想いとやらに気づかないといけない。
隼人は時計をチラッと見る。時刻はまもなく八時前。溜息を一つつきながら、鞄を片手に家を出た。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「上坂、おはよう」
駅で電車を待ってると、珍しく結衣に会った。
「おはよう、珍しいなこんな時間に」
「たまには一緒に登校しようと思って、いつもより時間遅めに出た。」
「で、僕の寿命は見えたか」
「ううん、試したけど見えない」
「やっぱりか……」
「神崎さんからは?」
「何の連絡も無し、どうなるかな」
いつかに迫るXデー。内容は結衣の死。
到底受け入れたくない未来だ。瑠香の時と同じ様に、今回も変えられるなら変えたい。
「そう言えばさ、結衣の死と僕に残された時間には関係がありそうとか言ってたよな?あれどう言う意味なんだ?」
「それ聞く?」
「そりゃあ気になるだろ」
「……なんか改めると言い難いな」
何処か恥ずかしがりながら、結衣は言い難いそうな反応をする。
しかし隼人にとっては、それはますます聴きたくなる要因でしか無い。
「……これは私の自惚れかもしれないけど」
「ああ」
「もし私が死ぬ未来があって、それが来ると確定した時、上坂は自分を犠牲にしてでも止めそうだから……」
「そうか?」
「うん、そうだよ。自分の行動を思い返してみたらいい」
確かに、言われてみればそうかもしれない。
瑠香に、夏希の件もある。少なくとも一概に否定出来ないのは事実だ。
「まぁ、それが僕の性格だからな」
「だから心配なんだよ、上坂には自分を大事にして欲しい。上坂には抱えるものがあるんだから、私と違って」
「結衣にもあるだろ、僕っていう存在が。頼むからそうやって投げやりになるな、言っとくけど結衣が死ぬなら僕も死ぬからな」
「……うん、ごめん」
「分かったんならいい、ほら電車来たぞ」
隼人の言葉の通り、珍しく何時もより二分遅れで電車が到着する。
ゾロゾロと乗り込む人々に続いて、結衣と隼人も電車へと乗り込んだ。
到着遅れに対する謝罪の言葉の後、電車はゆっくりと動き出す。吊革にしっかりと捕まりながら揺れを耐え、隼人は自らに眠る相反する想いとやらに考えを傾けてみた。
思い当たる節は無い。結衣の事は好きだし、心に奥で嫌いと思ったことは無い。それは冬葵や梨花に対しても同じだ。もう十何年も一緒に居て、喧嘩も山ほどしてきたが心の底から二人を嫌いになった記憶は無かった。
一体、何が相反する想いなのか。もう一人の自分を生み出す程の想い……。
「分かんねぇな」
隼人はそう零し、車窓から見える景色に想いを耽た。
◇◆◇◆◇◆◇◆
時は過ぎ、夕方。
授業を終えた隼人はバイト先のレストランで業務に就いていた。
夕食の時間帯を迎え、客足が最後のピークを迎える中、下げた皿を置きに洗い場へ向かう途中、店長へと呼び止められた。
「上坂」
「はい?」
「さっきからずっとスマホに着信入ってるぞ。俺がやるから見てこい」
「すみませんお願いします」
こんな時間に珍しいと思いながら、同時に、モヤッとした感覚が胸の辺りにあった。
嫌な感覚。一歩歩みを進める事にその感覚は増していく。
休憩室に近づく度に携帯の着信の音が強くなる。隼人は着くや否やスマホを手に取り確認した。
……母からだ。
「……もしもし?」
母からの連絡を聞いた次の瞬間、隼人は店から駆け出していた。
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