#41 『課題』
学校終わりの放課後、上坂隼人と上野結衣の二人は、お互いの自宅からの最寄駅である夢乃原駅から徒歩五分の場所にある駅前の広場に居た。
ここに居る理由はただ一つ、もう一人の上坂隼人に出会う為。隼人自身はまだ遭遇していないが、昨日の時点でこの商店街の近くでもう一人の自分の目撃情報が二件ある。
ならば今日も居るかもしれない。
そんな考えでこの場へやって来たが、隼人の想像を越えるほどに商店街は人で賑わっていた。
時刻は十七時半を過ぎた所。季節が冬であるが故にとうの昔に日は落ちきって空は真っ暗だが、もう間もなくに迫ったクリスマスに向けて、駅前や店はイルミネーションで彩られており眩しい。同時に商店街を行き来する人や、イルミネーションの写真を撮る人で賑わっており、気を抜けば簡単に隣に居る結衣とはぐれそうだ。
今から、人だかりの中から居るかも分からないもう一人の自分を探さないといけない。はっきりいって無理だと思う。
「もう少し早く来るべきだったね。この人だかりの中からは無理だよ」
「昨日の僕は何処に居たんだよ」
「ココだよ。何となく立ち寄ったらここに居た」
二人が立っているのは、駅から商店街へと繋がる道中にある公園の噴水前。
昨日の上坂隼人はここに居た様だ。今日の上坂隼人は何処に居るんだろう。
「あっ、先輩」
背後で聞き馴染みのある声がして、隼人と結衣は振り返ると、視線の先には一年下の後輩 神崎瑠香が居た。
「おう瑠香」
「先輩風邪引いてたんですよね?大丈夫ですか?」
「あれなんで知ってんの」
記憶の限り、隼人は瑠香に対して昨日は風邪を引いていた事を伝えた覚えは無い。
「私が教えたよ。昨日、神崎さんが図書室に来たから」
「そういう事ね。てか、瑠香も図書室に来るってなんかあったのか?」
一瞬、瑠香の表情が強ばる。
いつか何処かで見たような、『言い難い事を言おうとしている顔』。
そして咄嗟に隼人は理解した。恐らく、瑠香は"夢を見た"と。
「……なんか見たのか」
隼人からの問い掛けに、瑠香は何も言わず、首を縦に振った。
「ここじゃなんだし、ファミレスでも行くか。寒いだろ瑠香も結衣も」
「そうだね」
「…はい」
隼人の提案に、結衣も瑠香も首を縦に振る。
上坂隼人を探すのは一旦止めにして、隼人達は駅前のファミレスへと向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ファミレスまでは公園から歩いて三分程、場所は上坂隼人のバイト先のファミレス。
店内に入るや否や、職場の同僚である大学生の先輩に案内され席に座り、メニューも見ずにとりあえずドリンクバーを三つ頼んだ。
各々が飲みたい飲み物を手に取って席へ戻り、本題に移る。
「なんか、懐かしいな」
ふと、隼人は"あの頃"を思い出した。
あの頃と言っても、ほんの数ヶ月前の話。
神崎瑠香と初めて出逢い、『神崎瑠香に未来が無い』状態だった頃の事。
店は違えど、あの時と同じ様に瑠香の真向かいに結衣と並んで座りながら、懐かしさを感じてそう零した。
「で、今度は何を見た?また僕が刺される夢か?」
瑠香が"夢を見た"体で、隼人は話を振る。
神崎瑠香の"夢を介して未来を見る目"。見たであろう未来が碌でもない事は、ちゃんと話を聞かなくてもある程度は隼人も、また結衣も想定している。問題は回避出来そうかだと言うだけ。
「……今回は先輩じゃないんです」
「僕じゃない?」
「……はい、確かに夢は見ました。」
俯いたままそう告げながら、神崎瑠香は数日前に見た夢を思い出す。
駅前を歩きながら聞いた、けたたましいブレーキ音。
音のした方へと向かった神崎瑠香が見たのは、派手にぶつかり損傷した軽自動車と、
─────血の海に沈む、上野結衣の姿。
そしてそれを抱えながら慟哭する上坂隼人の姿。
瑠香からすればとてもこの真実を告げにくい。
自分が死ぬ夢を見た事を告げるのとは別のベクトルの言い難さがある。回避出来るという可能性があれど、それは、大好きな先輩に対する死刑宣告と何ら変わりはないのだ。
「……神崎さんは、私が死ぬ夢を見たんですね」
言うか、言うまいかで葛藤する瑠香を尻目に、対面に座る上野結衣は、コーヒーを一口飲むと静かにそう言った。
呆気に取られる隼人を横目に、結衣はもう一口コーヒーに口をつける。
「でしょ?神崎さん」
瑠香はなにも言わない。首を縦にも横にも振らない。でも、沈黙は答え合わせでしかない。
「でもこれで納得した」
「……何がだよ」
「この際だからはっきり言うよ。私は二日前に上坂に残された時間を見た。」
「は……?ちょっと待てよ、お前前に見えないって!?」
「私もそう思ってた、だけどあの日確かに上坂の頭上に浮かぶ二十の数字を見た。」
「二十……?」
「うん、二十。でもね、上坂。さっきからモヤが掛かって見えないんだよ。まるで不確定みたいに霧みたいなのが掛かって数字が見えない」
「ちょっと整理する時間をくれ、僕の低スペックな脳では処理するにも情報量が多すぎる。いいか、瑠香は夢を見た。どんな死に方は知らないけど結衣が死ぬ夢を。合ってるな?」
隼人の問いかけに、瑠香は『はい』と言いながら頷く。
「で、結衣は僕に残された時間を見た。二日前だっけ?二日前で二十だから今は十八って事だよな?」
「そうだね」
「けど、今は残された時間が見えない ってことだな?」
「うん、あとこれは私の仮定だけど上坂に残された時間と私の死は密接な関係があると思ってる」
「何でだ?」
「……ちょっと言い難いかな …また後で言うよ、神崎さん居るし」
結衣は隼人の耳元でそう呟くと、隼人は納得してそれ以上の追求はしなかった。
まぁつまるところ、隼人にとってはまたまた厄介事だと言うことが分かった。それも、今回は自分も大きく関わっているタイプのとてつもなく厄介な奴。
大切な人の死に、自らの死。お祓いには早めに行くべきだったと、遅すぎる後悔が隼人を襲う。
「……先輩」
「なんだ」
「私に出来る事が合ったら、何でも言ってください。私は、あの日先輩から"未来"を貰ったんです。私に出来る事は何でもしますから!」
目尻に若干の涙を浮かべて、瑠香はそう言う。
そう思ってくれている気持ちだけでも、隼人にとってはとても嬉しかった。
「……ああ、なんか出来そうな事があったら瑠香にも頼むよ。兎に角、また夢見たらすぐ教えてくれ」
「はい!」
「で、結衣。まだ僕の残された時間は見えないか?」
「うん、変わらない。変わらずモヤがかかってるみたい。」
「まぁ、それならそれでいい。当面は結衣も事故や事件に気を付けてくれ。前みたいに、未来変えるぞ」
「うん」
もう一人の自分に、再び迫る『死』。それと、妹の由希の病状。
はっきりいって、隼人が抱える問題は余りにも多すぎる。
『ぁーあ、どうなるんだマジで』
ドリンクバーから持ってきたオレンジジュースを一気飲みしながら、隼人は虚ろな目で遙か向こうを見た。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
新たな問題から一夜が経った朝。
相も変わらず嫌悪感を抱く音で鳴り響くスマホのアラームを止め、目を覚ます。
毎年、この時期は布団から出るのが億劫になるがそうも言って居られない。嫌々ながらベッドから降り、朝の寒さに震えながら朝の支度をする。
今日も、上坂家は隼人一人だ。母と妹は病院で、父は単身赴任。余りに静かな家の雰囲気を変えるため、テレビの電源を付け、それを聞きながら朝食の支度をする。
「えーっと、卵……」
目玉焼きを作る為、冷蔵庫を開ける。
しかし、目当ての卵は無い。少なくとも、昨日の晩御飯を作っていた時点で二つ程はあったはず。
それだけじゃない、冷蔵庫の中がやけに少ない気がする。牛乳も、昨日確かに買いはしたが飲んだ覚えは無いのに開いている。
よく考えたら、このゴミ袋に入っているこのカップ麺はなんだ?こんなもの、ここ数日の間に食べた記憶なんて1mmも隼人には無かった。
────居る。何かが。
何かは分からないけど、兎に角何かおかしな事がこの家で起きてる。
隼人は、キッチンに吊ってあるフライ返しを手に取ると、忍び足で階段へと向かった。
ゆっくり、ゆっくりと、音を立てない様に階段を昇る。二階に着くと、隼人はまず誰も使っていない由希の部屋のドアノブに手を掛けた。
ノブを回し、音を立てない様にドアを開く。
隙間から部屋の中を覗くと、由希のベッドの布団が明らかに膨らんでいる。
こいつだ、盗み喰いの犯人は。 隼人は内心ビクビク怯えながらスマホを取りだして、110の番号を打ち込んで何かあったら即連絡出来る様に用意をすると、ドアを思いっきり開けてフライ返し片手に布団を捲る。
「……は?」
目の前に広がる光景を前にして、隼人は思わず言葉を失った。
我が家に潜む盗み喰い犯、家に居ないはずの妹の部屋で眠る不届き者の正体を見て。
「……お前」
「僕か?」
その男は寝起き故か、そう問い掛ける隼人の台詞に対して気怠そうに答える。
「だったらなんだ?俺が上坂家で寝るのは何かおかしい事でも?」
この日、上坂隼人が出逢ったのは
上坂隼人だった。
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