最終章 『世界を超えて君に届け』

#39 『終わりの始まり』

 その日、神崎瑠香は"夢を見た"。

 気が付けば、瑠香自身は夢乃原市の街の中心部に位置する駅前に居て、沢山の人が往来するこの場所で立っている。

 駅前は、毎年この時期恒例となったイルミネーションで彩られており、オレンジ色の光が辺りを照らし出されていてとても綺麗。

 行き来する人の殆どの視線はイルミネーションに向いていて、その風景を納めるべくスマホをかざして写真を撮る人も少なくない。

 そんな人混みに紛れながらふと、瑠香は何故自分がここに居るのか考えてみた。

 恐らくこれは夢だ。だとすれば、これはこれから起こる事のシュミレーションの様なもの。自分は、"夢を介して未来を見る"事が出来るので、そう結論付けられる。

 だとしたら何故、自分はこの未来を見ているのだろう。

 瑠香は頭を悩ませながら、ヒントを探る様に駅前を歩き始めた。

 目に入るのは家族連れや腕を組みながら歩くカップル、目に入るものがイルミネーションに限らずキラキラしていて何だか眩しい。そんな事を思いながら歩いていると、けたたましいブレーキ音が耳に入った。

 直後、周囲に響き渡る悲鳴。

 刹那、瑠香はそれを聞いて察し取った。自分が"夢を見た理由がそこにある"と。

 そう考えるといても立っても居られず、瑠香は音のした方へと駆け出した。

 恐らくそこには凄惨な光景が広がっているだろう。目にせずとも、先程の悲鳴が全てを物語っている。それでも、先輩なら……かつて自分を救ってくれた上坂隼人なら同じ様に有無を言わさずに駆け出すと思った。それに倣い、神崎瑠香は駆ける。

 それに、である筈だから。

 ここが夢の中だと言う事忘れる様に、瑠香は息を切らしながら走り続け、ようやく"ソレ"を目撃した。


『嘘……』


 目の前に広がる光景を前に、瑠香はその場に崩れ落ちる。


 そこには、電信柱に衝突して破損した軽自動車と、血の海に倒れ、身動き一つしない████の姿があった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 この日、上坂隼人は朝から寝込んでいた。

 昨晩から喉の奥と鼻の奥に違和感を感じていて、いつもよりも早く寝たつもりだったが、目を覚ませば全身に倦怠感と頭痛を覚え、熱っぽさもある。

 上野結衣の風邪が移ったのだろうと、ベッドの上で毛布に包まりながら鼻水を啜り、隼人は考える。

 いくら看病とはいえ、マスク位はするべきだったと遅すぎる後悔をしながら、隼人は力を振り絞って手に届くか届かないかの瀬戸際にあるスマホへと手を伸ばして、自らの恋人である"上野結衣"へとメッセージを送った。


『風邪ひいた 今日は休む』


 メッセージを送信し、スマホを閉じると、隼人は倒れ込む様にベッドにうつ伏せになる。

 折角、一年生の頃から続いていた隼人の皆勤賞はこれで打ち止めになった。でも逆に言えば、これで皆勤賞を気にせずにサボろうと思えばサボれる事になる。

 それが良いのか悪いのかはよく分からないまま、隼人はそのまま気絶する様に眠りに落ちた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 上坂隼人が風邪で寝込んで眠りについている間、学校では昼休みを迎えていた。

 今日も変わらず、昼休みの教室はガヤガヤと騒がしいが、上坂隼人の休みで雰囲気が変わる様子はない。この学年で上坂隼人が居ない事を気にするのは幼馴染二人と上野結衣位で、それ以外の人間にとっては大したことでは無いのだ。


 そんな昼休み、上野結衣は変わらず一人で図書室に居た。

 上坂隼人が来る事はない。それを結衣自身は知っては居るが、もはや図書室に来る事が毎日の恒例行事となって身体に刻み込まれているのか、無意識の内に足が図書室へと向かっていた。

 そんな自分の行動に少し笑いと驚きを覚えながら、結衣は椅子へと座って本を開く。

 結衣の頭に浮かぶのは、いま読んでいる本の内容ではなく、昨日の出来事。


 "見えなかった筈の上坂隼人の残された時間が見えてしまった"。


 この事実が頭に鮮明に残り、悩みの種として残り続けている。

 そのせいで、昨日は上坂隼人の妹に会う筈だったが、存在しない用事を取りつけて帰ってしまった。その事を今日、隼人に謝るつもりで居たが、肝心の本人が風邪でノックダウン。恐らく自分が移してしまったのだと考えると、結衣は益々隼人に対して申し訳ない気持ちで一杯になった。


「はぁ…」


 1人しか居ない教室で、結衣は溜息を吐く。

 暖房も何も付いてないこの部屋は恐ろしい程に寒い。故に、室内だと言うのに吐いた息は白くなって消えていく。

 今日はもう教室に帰ろう。そう思い、立ち上がった結衣の居る教室へと1人の来客があった。


「先輩!居ますか!?」


 声を荒らげ、入ってくる生徒が一人。

 冬用の制服を纏った一人の少女の名は、神崎瑠香。


「上坂なら居ないよ、風邪で休み」

「休みなんですか…? 伝えたい事があったのに…」

「どうしたの?」

「……夢を見たんです」


 瑠香の一言を聞いて、結衣は目を見開く。

 厄介事の予感がした。瑠香の表情を伺う限り、神崎瑠香が見た夢はろくでもなさそうなのは自然と察する事が出来た。


「私で良ければ 話、聞こうか?」

「……ごめんなさい 今回に限っては整理する時間を下さい」


 そう言って、瑠香は踵を返して去っていく。

 上野結衣は、去っていく瑠香の背中をただ眺める事しか出来なかった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 同刻。眠りから目覚めた隼人は襲い来る頭痛と戦いながらキッチンに立っていた。

 いつもなら病人は寝ていろと言う側の隼人だが、今日に限っては言われる側。それでも空腹で死にそうなので力を振り絞って食パンを焼いて食べている。本当なら雑炊が食べたいが、生憎米を炊く気力は無いし、母親は仕事の都合で夕方まで帰れず由希も入院していて居ない。父親は離れて暮らしているし、風邪を引いた事すら伝えていない。そうなると必然的に自らで食事の用意をする必要がある。

 全身を襲う倦怠感と戦いながら食パンを二枚食べ、まるでゾンビさながらの動きでベッドに戻っていく。まさかただの風邪でもこんなに辛いだなんて。

 風邪を甘くみてはいけないと改めて痛感しながら隼人は再び眠りに落ちた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 隼人が再び眠りについている間、学校の方は放課後を迎えた。

 授業を終え、我先にと帰り出す生徒と同じ様に、上野結衣も帰路につく。

 いつもなら隼人二人で歩く海岸沿いの道を、海側から吹く冷たい潮風を受けて歩き進め、駅に着く。

 久しぶりに一人で帰るのがこんなに寂しいなんて。失ってから気付く上坂隼人という存在。

 それから、駅に到着した電車に乗り込み、数十分ほど電車に揺られ、自宅からの最寄り駅である"夢乃原駅"に到着。

 定期を改札に翳し、駅から出ると、店の建ち並ぶ駅前の商店街を一人で歩く。

 街は、まもなくやってくるクリスマスに向け、クリスマスムード一色。煌びやかな明かりがそこらで光っている。

 店を眺めながら歩く上野結衣。ふと前を見ると、"視線の先に居た存在"のせいで足が止まった。


「…なんで?」


 目の前に立っているのは、本来なら"居ない筈の存在"

 故に、結衣はその存在に対して、こう問いかけた。



「…上坂、だよね」と。



「あぁ、"俺"は 上坂隼人 だ」


 結衣の質問にそう答えたのは、風邪で寝込んでいるはずの上坂隼人だった。





 つづく

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