#38 『王子様と魔女』
上野優衣から僕の記憶から消し去られていた存在しない思い出を聞き、僕は全てを思い出した。
何故、上野優衣と知り合ったのか。
何故、上野優衣の事を忘れていたのか。
何故、あのクラスメイト女子から嫌われていたのか。
浮かんでいた疑問とそれに対する解答に線が繋がっていき、全てに合点がいく。
「私が引っ越した後、あの子の次の標的は隼人君になったんでしょ?」
「ん、まぁ標的っていうか…… 中学時代は何にも無かったんだよ、問題は高校に上がってからで、アイツが僕の存在しない噂を言いふらして知らない間にクラスメイトに避けられたってだけだ」
「だけって……それでクラスから孤立したんでしょ?」
「……別に、正直仲良くないやつからなんと思われようがどうでもいいんだよ。表面的な付き合いより、僕は梨花や冬葵みたいな深い付き合いを大事にしたいだけだ。僕の事を悪く言う奴は勝手に悪く言えばいいし、嫌いたいなら勝手に嫌えばいい。全部の人間に好かれたいと思うほど僕は器用な人間じゃないからな」
実際の所、この生き方で苦しんだ記憶はない。
精々あるとするなら、自分が知らない所で勝手に物事が決まったりする事だが、それもまぁ慣れた。
「……やっぱり隼人君は強いんだね。私には絶対無理だな、その生き方。今だって、信じてた友達に裏切られたのがトラウマになって前ほど深い付き合いなんてしようと思わない。"また裏切られるんじゃないか"って、どうしても思っちゃう。だから、そうやって割り切った考えができる隼人君が羨ましい。心の底から。」
「ま、生き方や考え方なんて人それぞれだろ。別に僕の生き方を真似しろなんて言わないし、優衣は優衣の生きたい様に生きればいい。裏切られるのが怖いなら、表面的な付き合いでも僕はいいと思うぞ。そうやって付き合いを重ねて行く中で、本当に信じられる友人を見つけられたら一番いいけど」
「……うん。」
「で、話は変わるけど。決着をつけよう、この会話に。優衣は、また僕の記憶を消すのか?」
「ううん、もう諦める。いまの隼人君には好きな人が居ることが分かったし、私が記憶を消してもその人を経由して思い出すんでしょ?」
「まあな」
「記憶を消す度に二人の愛情が深まっていくのはなんか腹立つし……」
優衣は口を尖らせて何処か不満そうな顔を浮かべながら、そう呟いた。
まぁ確かにと思う。自分の行いで恨んでいた相手の仲が深まるなら僕でもやらないだろう。
「だから、もういい。自分の気持ちも整理出来たし。でも、一つだけ。隼人君にお願いがあるんだ。」
「なんだ?」
僕が聞き返すと、優衣は改まって僕の前に立ち、少し俯きながら口を開いた。
俯いたままでも、その表情には何処か不安な様子が感じられた。一体、何を言う気なのだろう。
「もし……」
「もし……隼人君が私がした事を許してくれるなら…… 。私と、もう一度友達になって欲しい。恋人じゃなくてもいい、それでもいいから……私とまたあの日の様にお話、してくれますか?」
「勿論。」
「ありがとう隼人君……」
僕の言葉を聞いて、優衣は笑顔でそう返す。
同時に優衣の頬を涙が伝い、それを隠すように再び俯いた。
「あれ?おかしいな、なんでだろう…… 安心したのかな、もう完全に嫌われたと思ってたから……許されないと思ってたから…… ごめんね!いきなり泣き出して……直ぐに泣き止むから……」
僕に顔を見せないように、優衣は僕に背を向けて、指で溢れ出る涙を拭う。
「……僕はさ。確かに優衣の事を忘れてた。少ない時間とはいえ毎日の様に一緒いたのにさ、名前も、話した事も、全部忘れてた。けど、優衣の笑顔だけはずっと覚えてたんだよ。名前も思い出せないのに、笑顔だけはずっと。優衣の事を好きになった理由はもう忘れてしまったから確実では無いんだろうけど、きっと僕は優衣の笑顔に惹かれたんだと思う。じゃなきゃ、何度も夢に出てこない」
「……ズルいよ。……ズルいよ隼人君は!諦めるって誓ったのに…… 友人のままで居ようって思ったのに、まだそんな事言うんだ……」
僕に背を向けながら、優衣は手で涙を拭って、消えそうな声でそう語る。
「ごめん、でもこれだけは伝えたくて」
「……あーもう決めた。いま隼人君が好きな人よりも私の方が良かったっていつか絶対思わせてやる!それが私の隼人君への復讐!けど安心して、記憶を消さないように好きにはなってあげないから!」
「……なんかめちゃくちゃな事言ってんな」
「いつか私を振ったこと後悔させるから!覚えててよね!」
僕を指さし、優衣はキメ顔でそんな事を言い出した。
……何がともあれ、元気になってよかった……のか?
「ほら帰るぞ、中学校に侵入して見つかったらお互い大変な事になるだろ」
「そうだね、帰ろ! ……その前に、ん!」
優衣は無言催促する様に手を差し伸べる。
「なんだ?」
「再び友人になった記念の握手」
「そういう事か、ほら」
僕も優衣の手を握り返す。
仄かに感じる暖かな体温。寒空の下、冷えきった僕の手にはカイロの様に感じた。
「じゃあ、帰ろっか!」
「だな」
こうして、過去の忘却から始まった数日間の騒動は七人目の友人を得た上で終幕した。
めでたし、めでたし……?
◇◆◇◆◇◆◇
「じゃあつまり、上坂は仲直りしたんだ」
優衣との決着から一夜明けた昼休み、僕は机を挟んで真向かいに座る結衣からそう尋ねられた。
「ああ、朝目覚めても僕が僕という自覚はあったし瑠香も僕の事覚えてた。言いたい事は言ったし、あっちも本心ぶちまけてたからお互いスッキリだ。」
「……本当、怖いくらい本の通りだね」
「は?何がだよ」
「これ」
結衣はそう言って、読んでいた本を僕へと見せる。
────"記憶のない王子様"。
本のタイトルを読んでハッとする。確かにそう言われれば、最後まで本の通りだった。
「上坂にネタバレされたりしたけどようやく読み終わった。でもまさか、魔女の正体が王子の初恋の人だなんてね。」
「しかも最後は王子が魔女の行いを許してハッピーエンドだろ?僕の事を本にしたんじゃないかと思うよマジで」
「まぁ、でも"未来が見えたり"、"人の心を読めたりする"女の子は出てこないけどね。王子自体は危ない目に何度かあってるけど。」
「僕も何度か危ない目にあってるから実質一緒だな」
それもそうだね と微かに笑いながら、結衣は本を閉じる。
「上坂、今日予定ある?」
「ある。」
「そっか……バイトか……」
「いや、由希の見舞い。昨日からまた入院することになったんだよ」
「……なら私もついて行ってもいい?」
「いいけど、どうした?」
「挨拶、したいから。妹さんに。安心して、目は見ない。知りたくもないし……」
「……僕は怖いもの見たさで見たいけど、そういうならいいよ 行こう。僕も由希に結衣の事紹介したいし。」
放課後の予定を取り付け、同時に図書室にも始業開始のチャイムが鳴る。
名残惜しそうに僕らは別れ、それぞれの教室に戻ると、午後からの授業が始まった。
◇◆◇◆◇◆◇
午後の授業は終わり、放課後に。
『どこ行くー?』なんて会話をしながら賑やかに教室を出る生徒も居れば、掃除当番で教室に残る生徒も居る。僕は掃除当番でなければ、部活がある訳でもない為、迷いない足取りで玄関へと向かうと、靴を履き替えて校舎を出た。
ふわり ふわりと降り落ちる雪が肩に触れて、着ているブレザーに染み込む様に溶けていく。
今日もまた雪。朝見たお天気キャスターによれば、この一週間はずっと雪が降るらしい。このペースでいけば、一週間後のクリスマスにも雪が降り、ホワイトクリスマスになりそうだ。
「上坂」
名前を呼ばれて、ハッとして前を見る。
視線の先では、首にマフラーを巻いて手袋まで装備した結衣が雪に降られながら立っていた。
「お前、真っ白だな」
「上坂が来るのが遅い。」
巻いているマフラーには若干雪が積もり、まるで外に放置された地蔵の様だ。
「行こ、上坂」
「ああ」
横に並んで歩き出し、学校の敷地内を出ると、僕達は駅を目指す。
「上坂、24日 用事ある?」
「そういうと思って何も予定入れてない」
「じゃあさ、水族館行こう」
「水族館……?何でまた?」
「神崎さんとは行ったんでしょ? ……私も上坂と一緒に行きたい」
そういえばそうだった。数ヶ月前、神崎瑠香を襲った"最悪の未来"との決着の日、僕は瑠香と水族館に行ったが、結衣とは行っていない。
「瑠香に妬いてんのか」
「……別にそうじゃないけど」
ちょっとムスッとしながら結衣は言う。
「ま、後輩と行って "彼女"と行ってないってのはおかしいな、行くか! 行かないと瑠香に結衣が妬いたままだし……痛ッ!」
足に走る鋭い痛み。視線の足元にやると、結衣のローファーが僕の右足の上へと覆いかぶさっている。凄い力と共に。
「すみません……結衣様……」
「上坂はこうされるのが好きなんでしょ?」
「やるなら是非あの時のメイド服で……痛ァ!」
再び鋭い痛みが指先に走る。先程よりも強い。
「次変な事言ったらお尻蹴るから」
「すみません……」
足を引き摺りながら、先を行く結衣を僕は追い掛ける。
「なぁ……結衣待てよー……」
頑張って結衣を追い掛けて、必死に伸ばした手で結衣の手を取り、振り向かせる。
「……!」
振り向き、僕の顔を見た結衣はとんでもないものを見たと言わんばかりの表情を浮かべた。
「どうした?結衣?」
「……そ」
「は?」
「……なんで?」
憔悴しきった顔で、結衣は僕を見る。
一難去って、"最後の"一難。
上野結衣は視てしまった。
上坂隼人の頭上に浮かぶ、20という数字を。
上坂隼人に残された20日という短すぎる残された時間を。
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