間奏・ll

 学校が嫌いだった。

 自分はそうなんだと明確に確信したのは、中学二年生の頃。

 今思えば、些細な理由から始まったものだった。


『優衣ちゃん、最近調子のってるよね』


 そんな一言から始まった、イジメ。

 最初は気にしなかった、言いたい事は勝手に言わせておけばいいと思ったし、いつかはほとぼりが冷めてまたいつも通りの日常に戻ると思っていた。

 私に降り掛かっていたイジメも、最初は無視から始まった物で特に気にする事もなかったし、その子達以外にも友人は居たので特段困る物ではない。

 それでも、私がとったその行動や反応が、その子達には気に食わなかったのか、日に日にエスカレートしていった。

 上履きを隠され、私物を隠され、ありもしない事を言いふらされたりもした。

 手を出された事もある。忘れもしない、頬に走った鈍く熱い痛み。

 それでも、気にしないフリをして生活をしていたけれど、私が想像していたよりも自分の心は脆かったらしく、いつしか学校に行く事と、誰かと話す事が怖くなった。


 ◇◆◇◆


 中学二年生の後半に差し掛かった時、唯一信じていた友人達からの裏切りにあった。

 私を虐めていた女子が根回しでもしたのかもしくはイジメが自らに降りかかるのを恐れたのか、友人も私を避け始めて、もう誰も信じられ無くなった。

 それでも、学校に行かなくなるのはその子達に負けた様な気がして、悔しくて、情けなくて、両親を心配させたくなくて、無理をしてでも学校に行った。

 そんなことを続けている内に、幸いな事に両親の仕事の都合で引っ越す事になった。

 これで、やっと解放される。安堵と喜びを感じた私はもう無敵だったのかもしれない。

 どうせ、数ヶ月後にこの学校去るのだ。そう思えば楽になって、なんとも感じなくなった。

 そうして、引越しまで三週間となった所で、私は私を虐めていた三人組に呼び出された。


 ◇◆◇◆◇


 昼休み、図書室へと呼び出された私を待っていたのは、三人組の女子。

 謝罪でもされるのではないかと少し期待してしまう。許すつもりはないけれど。


『優衣ちゃん、あと三週間後にこの学校から出ていくんでしょ? 逃げるの?私たちから?』


 ……何を言っているんのだろう。

 私だって、逃げたくて逃げる訳では無いのに。


『あーぁ、つまんない。優衣ちゃんが引っ越すから次のイジメのターゲット決めないといけなくなっちゃうじゃん』


 その時 理解した、この子達は遊び感覚であんな事をしていたのだと。

 反省なんて最初からしていない、期待した私が馬鹿だった。根っからの屑なんだ、この子達は。それもどうしようもないほどの。


『で、次の標的なんだけど。優衣ちゃんの事を裏切って避けてた子達居るでしょ?あの子達にしようと思うんだ。優衣ちゃんはどう思う?』

『優衣ちゃんもずっとムカついてたでしょ? 今度は自分が標的になるかもしれない って優衣ちゃんの事避けてたあの子達』


 ふざけるな、私がムカついていたのは貴女達にだ。

 咄嗟に目の前の三人に対して手が出そうになるのを抑えながら、私は無言を貫く。


『ねぇ……何か言いなよ』

『今だから言うけど、ずっと嫌いだったんだよね〜。"なんともないですよー"とか"効いてませんよー"っていう態度。本当にイライラするんだけど?』


 次から次に、悪口なんかが降り注ぐ。

 正直、我慢の限界だった。なんで私が、なんて考える度に涙が溢れそうになる。それでも、泣いたら負けな気がして、グッと堪えていたその時……



「だっせぇなぁ。三人がかりでイジメとか価値観が小学生で止まってんのかよマジで」


 四人しか居ないと思っていた図書室に、聞き覚えのない声が響く。

 その声は、目の前の三人組では無い事はすぐにわかった。

 辺りを振り返っていると、スマホを片手に男の子が一人、三人組が立っているよりも奥の本棚から現れたのだ。


『アンタ誰?てか、いつから居たの?』

「僕か?お前らが来る前からずっと居たけど?ここは図書室だから静かにしろ、できないなら外でやれよ」

『は?ずっと聞いてたってこと?』

「あ?まあな、ついでに録音したし。あーどうしようかなぁ、イジメの証拠手に入れちゃったわ」


 男の子は、棒読み気味にそう語る。

 それを聞いた三人組の顔色がどんどん悪くなっていくのが愉快だった。


『ね、やばいよ……』

『どうしよ……』

『ねぇ、消してくれない?』

「断る。僕が出す条件飲んだら口外しない」

『……なに?』

「次、お前らがイジメやってるの知ったらこの証拠突きつける。嫌ならそれでもいいさ」

『……キモ 、行こ』


 男の子の出した条件に対して、三人組のリーダー格は肯定も否定もしないまま、吐き捨てるようにそう言ってそそくさと去っていく。その後ろを残された二人も追っていった。


「大丈夫か?」


 男の子は、私にそう言って手を差し伸べた。

 その手は、私がずっと心のどこかで待っていた救いの様に思えた。

 嬉しかった。これで終わるのかは分からないけれど、初めて誰かに助けられた気がして。

 そこで私は、初めて泣いた。突然泣きだした私に男の子は戸惑っていたけど、慰めてくれた。

 その嬉しさのまま、私は男の子に名前を尋ねた。

 男の子は少し照れながら、こう名乗った。


「上坂隼人」


 と。


 ◇◆◇◆


 次の日以降、キッパリとイジメは止まった。

 私を虐めてた三人組も、目を合わせても何も言わなくなったし気持ちは随分と楽になった。

 それに、友人が一人出来た。

 私を救ってくれた上坂隼人君。彼とは昼休み、図書室で色々な話をした。

 自分の家族の事、趣味、それはもう色んな話をした。一緒に笑って、気兼ねなく話せる初めて出来た異性の友人。

 ────引っ越すのが、初めて惜しいと感じた。


 ◇◆◇


 日にちはあっという間に過ぎ去り、引っ越し前日になった。

 帰りのHRで最後の挨拶をして、二年間過ごした同級生に別れを告げた。当然、その中には私を虐めていた三人組も居た。これで会わなくて済むと思うと清々する。


 放課後、私は隼人君と最後の話をする為に図書室に向かった。

 季節は冬、廊下の窓越しに雪が降っているのが見えた。落ちてきた雪が窓に当たり、熱で溶けていく。それが何だか儚く見えて、私は目を奪われ足が止まる。同時に、これが最後の別れになると思うと切なくなった。もう少し早く隼人君に出逢えば…… なんて、遅すぎる後悔をしながら、私は図書室に向かう。


 扉を開け、中に入る。まだ隼人君は居なかった。それから三分ほど遅れて隼人君が入ってくる。

 "遅れてごめん"なんて口にしながら、隼人君は私の隣に並んだ。

 二人の視線は、降り注ぐ雪に奪われる。

 落ちては消え、落ちては消えを繰り返す雪の結晶達。

 無限に続けばいいのにと思える静寂を破る様に、私は会話を切り出した。


「今日までありがとう、隼人君。」

「別に、僕は何もしてないが」

「そんな事ないよ、あの日の隼人君のお陰で私は救われたんだから」


 ……本当に。

 あの日隼人君に差し伸べられた手が、私にとっては救いだった。


「でも、なんで助けてくれたの?」

「なんでって……そりゃあ……」


 目の前の隼人君の顔が赤くなる。

 私はその時点で察した、助けてくれた理由を。

 同時に願ってしまった。


 ───それ以上言わないで、と。


 私の事は私が一番理解している。どんな人間で、どんな性格で、

 私は知っているのだ、私自身が持ってしまった力。────大切な人から私の記憶を奪うこの目を。


「僕はさ……」


 言わないで。


「君の事が……」


 やめて、それ以上は。


「……好きだから」


 ───あぁ、貴女も私を忘れてしまう。












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