#37『決着の日』

「上坂、本当に一人で行くの?」


 記憶を取り戻した僕は、結衣と二人で夢乃原市の街を歩いていると、結衣にそう尋ねられた。


「勿論、決着は僕一人でつける。そもそも、こうなったのも僕のせいだ。ちゃんと話し合ってくる」

「もう一度記憶を消されても?」

「その時は、さっきみたいにキス頼むわ」

「バカ……もうしない……」


 何処か文句ありげに頬を膨らませながら、結衣はぷいっとそっぽを向く。

 そんな所も小動物みたいで何だか愛おしい。


「本音は巻き込みたくないからだよ」

「本当に?」

「ああ本当だ。だから僕一人でいい。結衣は家で結果でも待っててくれ。あっ、返答なかったら察してくれよ」

「……待ってるから 良い便り」

「任せろ」


 二人の足が止まる。

 止まったのは、家が建ち並ぶ住宅街。真っ直ぐ行けば結衣の家がある所だ。


「じゃあ……頑張って上坂」

「ああ あ、お別れのキスはなし?」

「いつもの調子に戻ったからか、余計に今日の上坂ウザいね」

「それが彼氏に言うセリフかよ」

「……まぁそういうとこも嫌いじゃないけど」

「僕もそういうツンデレなところ好きだぞー」

「ああ!もう調子狂う…… 」


 そう言って、結衣は少し怒った素振りを見せると、僕の上着の襟を掴んで顔を寄らせてキスをした。


「これで満足?早く行ってきたら?」

「よし!やる気出た!行ってくるわ、今日はありがとな結衣 後……ごめん」

「感謝や謝罪は全部終わってからにして」

「ああ、行ってきます」


 結衣に見送られ、僕は再び宛もなく歩き出す。

 全ては上野優衣と出会う為。全てに決着をつける為。


 ◇◆◇◆◇◆


 歩き始めて二十分。気付けば夢乃原市の中心部である駅前の広場に居た。

 今日は日曜だからか、駅前は相も変わらず行き来する人達で溢れている。この中から上野優衣を探し当てるなんて難易度で言えば相当高い。


「居ない、か」

「居ないって誰が?」


 独り言に返答があり、僕は肩を上げて驚いた。

 後ろを振り返ると、そこには何故か変装をした夏希が居た。


「なんでお前が居るんだよ」

「今日はオフだから何となく夢乃原来たら隼人が居たから声掛けただけだけど」


 今人気のアイドルユニット 5☆STARSのリーダー 山下夏希。

 上野結衣の幼馴染で、"人の心が読める"目を持つ。

 色々あってたまに連絡する仲だ。


「で、人探ししてんの?」

「ああ、初恋相手をな」

「嘘!?それ聞いたら結衣怒るよ!?」

「ついさっき泣かせてきた」

「うわ、最低……」


 ドン引きし、軽蔑する目で夏希は僕を見る。

 実際の所 泣かせたのは嘘ではないので、反論は出来ない。


「こっちだって記憶が消えて大変だったんだぞ」

「え?隼人 記憶喪失だったの!?」

「ああ、嘘みたいだけどマジだ」

「本当に嘘みたい」

「な、嘘だったら良かったんだけどな。 初恋相手に記憶消されただなんて…… あっ」


 街を歩く人々の群れの中に、奴は居た。

 この騒動の全ての黒幕、上野優衣だ。


「ごめん、夏希また今度な!」

「ちょ!?隼人!?」


 夏希を一人置いたまま、僕は上野優衣の後を追う。

 もう昨日の様に見失ったりはしない。

 人の群れに気圧されそうになりながらも追いかけ続け、気付けば人通りの少ない裏道に出た。


「こっちの方が話し合いやすいでしょ?上坂隼人君」

「なんだよ、誘導されてた訳か」

「うん、結構最初から気付いてたからね」

「まぁ別に僕も気付かれないように尾行してた訳じゃないからな」


 上野優衣はこちらへと振り向かないまま、足を止める。それに倣い、僕も足を止めた。


「ねぇ、どうせ言い合いになるなら久しぶりに中学校に行かない?日曜日だし、この時間なら誰も居ないと思うから」

「バレたら怒られるぞ」

「私はいいけど?」

「なら僕もいいさ」


 僕と優衣の二人は一時休戦し、決着の場を薄暗い裏通りから、通っていた中学校へと移す事にした。

 移動している間も、二人に会話は無い。

 ただひたすら無言で歩き続け、数年ぶりに通っていた通学路を歩いて"夢乃原中学校"へと到着した。

 優衣の言う通り、人の気配は殆どない。車が止まっているので学校内に人はいるのだろうがそれでも勝手に入っても気付かれなさそうだった。


「で、どこに行くんだ」

「勿論、隼人君が告白してくれた所」

「覚えてない」

「図書室!」


 どれだけ僕は図書室が好きなのだろう、まさか初告白までも図書室でしていただなんて。

 バレない様に校舎内へと侵入し、目的地である図書室へと到着した。


「あれ?」

「どうした?」

「空かない」

「あー……閉まってんのか、まぁそうだよな」

「そんなぁ…… じゃあ屋上……」

「行けたっけ?」

「行けるよ三階から」


 再び動き出した僕らは階段を昇り、三階からバレない様に屋上へと渡った。

 中学時代、立ち入り禁止と言われていた屋上へと足を踏み入れ、少し背徳感に駆られる。


「良かった〜ここは閉められてなくて」

「あんまりはしゃいで声出すとバレるぞ」


 中学校に無断で侵入して怒られるなんて事が高校にバレればかなり面倒な事になる。それだけは何としても避けたい。


「隼人君って本当に昔から事勿れ主義だね AB型だから?」

「人を血液型だけで判断するなよ。事勿れ主義なのは正解だけどさ。で、話をしようぜ」

「隼人の顔見てもいい?」

「あぁいいとも。もう記憶を消されようが関係ない」

「じゃあ遠慮なく」


 そう言うと、上野優衣は振り返って僕を見た。

 目を合わせれば、明日また僕は記憶を消されるだろう。今はそれでもいい、大事な話は目を見てしたい。


「それにしても、よく思い出せたね 自分の事」

「対策してたからな、いつ記憶が消えてもいい様に。抜かりないだろ?」

「そう言う所も昔から変わってないね。で、対策って何?」

「これだよ」


 僕は懐から取り出した結衣から借りた本を優衣へと見せつけた。

 "記憶のない王子様"。そう書かれた本を。


「何それ?」

「何だよ読んだことないのか、知ってたら説明省けたのに ──お人好しの王子様が旅をする中で色んな人に出会う冒険譚だ。で、旅の終わりに魔女に記憶を消されるんだよ。」

「隼人君と同じだね」

「だろ?だからそれに則って同じ方法で記憶を甦らせて貰った」

「方法って何?」

「"最愛の人からのキス"だよ。 ……これで分かっただろ、僕にはもう彼女が居る。」


 僕の一言を聞いて、上野優衣は一瞬驚いた表情を浮かべた後、切ない顔をした。

 気持ちは痛い程分かる。逆の立場なら僕だって優衣と同じ気持ちだった筈だ。


「……そっか。」

「何の因果か、名前同じなんだよ。漢字も性格も違うけどな。」

「じゃあその子がいる限り、記憶を何度消しても無意味って事?」

「あぁ、何度記憶を消されようがその度に思い出して、僕はきっと同じ結衣を好きになる。千回でも一万回でも。何度も繰り返す度に、思いは積み重ねっていく。いつかはもう忘れないようになるかもな」

「……本当に腹立つ」


 上野優衣は俯くと、わざと僕に聞こえるようにそう言った。


「……本当に腹立つよ 隼人君。……私に好きって言ってくれたのは嘘だったの!?私はあれからずっと想ってたのに……全部忘れて……知らない女と幸せになった?ふざけないでよ!」


 声を荒らげ、瞳に涙を浮かばせながら訴えかける。

 僕はそれを、ただひたすらに黙って見守るしかない。

なぜなら優衣の言っている事は間違いではない、僕には弁解のしようもないから。


「本当に意味がわからない…… 思い出す度に好きになる?それじゃあ隼人君に対して報いにならない!私は隼人君にも味わってほしいの!この数年間、私が味わった寂しさを!"誰かに忘れ去られる悲しさ"を!」

「それなら充分に味わったさ。十何年ずっと一緒に居た幼馴染に全て忘れられて、一週間同じ屋根の下で暮らした後輩にも忘れられて、じゃあ僕が築き上げてきた信頼は何なんだよって思った。挙句の果てには自分の事も大切な人の事も忘れて……お前はこれ以上僕に何の報いを望むんだ?」

「だから言ったでしょ、全て忘れて 私の物になってって。いま隼人君が好きな結衣ちゃんじゃない、私を好きになってって!」

「悪いがそれは無理だ。……分からないなら何度も言ってやる、僕が好きなのは……上野優衣 君じゃない。僕が今好きなのは ここには居ない上野結衣なんだ。何度も同じ事繰り返そうがこれだけは変わらない! 千回だろうが一万回だろうが、数億回だろうが、例え世界が変わろうが……僕が好きなのは上野結衣だけだ!はっきり言わせて貰うよ、 "お前なんて、どうでもいいんだよ"!」


 僕の最後の言葉に、優衣は悲しそうな表情を浮かべた。

 ……これでいい。これでいいんだ。

 "最低とは分かっていながらも"、後の為には言うしかない。


「……嫌い。大嫌い 隼人君の事なんてだいっきらい! 」

「……」

「嫌い…… 本当に嫌い……!」


 上野優衣は涙を浮かべながら、叫ぶ様に声を上げる。

 それを聞いて、僕は待ち構えていたかのように口を開いた。


「───その言葉を待ってた。」


 ポケットから取り出したスマホを手に取り、とある連絡先へと電話をかける。

 コール音が三回鳴った所で、電話は繋がった


『もしもし?』


「もしもし?か?」


『そうだけど、どうかした?』


「いいや、ごめん間違えてかけた」

『なんだ〜 びっくりした! またね!』

「ごめんな」


 電話を切り、スマホをポケットに戻す。

 やはり、僕が思った通りだ。


「……隼人君はこれが狙いだったんだ」


 僕の行動を見て全て理解したのか、呟くように、優衣は言った。


「勿論、カラクリには薄々気付いてたからな」


 上野優衣の持つ目。それは"目を合わせた人間の記憶を消す"というもの。

 最初は問答無用で全ての記憶を消せるとばかり思っていたが、どうやら実際は違う。

 正しくは、"目を合わせた人間からの記憶を消す。"

 上野優衣は僕の事を好いてくれていた、故に、優衣が接触した瑠香や梨花から上坂隼人の記憶が消された。ついでに目を合わせてしまった僕自身も。

 であるなら、瑠香や梨花から記憶を取り戻させるには上野優衣から"上坂隼人が好き"という想いを掻き消させなければいけない。だから、わざと嫌われる様な台詞を言って、僕を好きという気持ちを掻き消させた。梨花から僕の記憶が戻ったのを見るに、どうやら作戦は成功らしい。


「……やっぱり隼人君はあの頃からずっと変わってないね。

 ─誰かの為なら自分が嫌われるのは仕方がないと思ってる」

「……いいだろ、それが僕の生き方なんだから」

「よくないよ、それで痛い目見てるのに。


 ──どうせ、"あの事"も覚えてないんでしょ?隼人君は。」


 "あの事"。一体何の事だろうか。

 話の繋がりから読み取るに、どうやら過去に何かあったらしい。


「なら、今度は思い出させてあげる。隼人君が覚えていない事。」


 そう言って、上野優衣はについて話し始めるのだった。











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