#35『未来の僕へ』
時刻は正午過ぎ。
バイト先のレストランに寄り、昼時の一番忙しい時間帯に僕の事を忘れた梨花への嫌がらせついでに軽く食事をしてから自宅に帰ると、家の中には由希も母親も揃って居なかった。
どうやら外出中らしく、静かな自宅の中で自分の部屋に籠り、買ってきたノートを取り出して机に置いた。
それから、マジックペンを取り出すと、ノートの表紙へとデカデカと『未来の僕へ』と書いた。
ここに、現状の自分の情報を思いつくだけ書き込む。
もし、上野優衣に記憶を消されてもちゃんと思い出せる様にだ。
「なんて書こうかな、そもそも記憶失ったばっかの時にこのノート見た所でちゃんと思い出せるのか?」
一抹の不安はあるが、やれる事はやるしか無い。
なんせ、記憶が消えたらどうなるかなんて知らないのだから。
『2021年12月8日、とある緊急事態が起きたので、こうして備忘録的なものを書くことにした。 これを書いたのは、これを読んでいる君であり、僕自身だ。』
『これを読んでいるであろう僕は、恐らく自分の名前すら覚えていない筈なのでここに明記する』
『
『次に、友人の名前を記す』
『赤城冬葵 幼稚園からの幼馴染で家が隣。成績優秀でスポーツマンでイケメン、正直な話 天から色々与えられ過ぎで腹立つがめちゃくちゃ良い奴。そこも腹立つ。欠点と言えば、彼女の性格がキツそう。なんかあったらこいつに頼れ。』
『小宮梨花 冬葵と同じく幼稚園からの幼馴染。梨花とはバイト先も同じ。バイト先は駅前のレストラン。時間にルーズ。現状僕の事を覚えていない。』
『神崎瑠香 僕と同じ見えないものが見える目を持つ1年下の後輩。"夢を介して未来が見える"。一緒に未来を変えた。梨花と同じく僕の事を覚えていない』
『山下夏希 アイドルグループ 5☆STARSのリーダー。結衣の幼馴染。"人の心が読める"目を持つ。明るくてフレンドリー。多分僕の事を覚えている。』
「上坂由希。僕の大事な妹。心臓に病気があるせいで、中学卒業が厳しいかもしれない。ドナーを待つ。兄想いだけど偶に暴走する。」
『上野結衣 友人であり恋人。"人に残された時間"を見れる。何かあったら最優先で連絡しろ。』
『最後に、上野優衣。 僕の初恋相手。恐らくだが、"記憶を消す目"を持っている。梨花と瑠香は現に僕の事を覚えていない。僕の記憶がないとしたら、上野優衣だ。』
「こんなもんかな」
ノートに粗方記し終わり、僕は椅子にも垂れながら大きく溜め息をついた。
久しぶりにこんなに字を書いた気がする。腕が吊りそうだ。
「ついでに思いつく限りで出来事書くかぁ」
『これより先に書かれている事は、これを読んでいる僕からすればありえない事のように思うだろうが全て実際に経験した事だ。 少しずつ、これを読んで記憶を取り戻して欲しい』
『七月二十一日 僕はこの日、病院の屋上で不思議な女性に出会った。名前は上坂春奈。僕の大切で大好きな姉だ。』
『九月二日、この日僕は『未来が見える少女』と出逢った。名前は神崎瑠香、夢乃原高校に通う一年生で、彼女には『誰かに殺される未来』が待っていた』
『十月三日 僕はこの日『人の心が読めるアイドル』と出会った。 名前は山下夏希、彼女は結衣の幼馴染でアイドルの道を諦めかけたが、立ち直った。』
「で、今に至ると。」
今考えてみれば、結衣の言う通り確かに全て女子絡みな気がする。
上坂春奈から始まった、"ちょっと変わった日常"。
大事な人と再会して、未来を変えて、一人のアイドルの成長と友との別れを見送った。
そして極めつけは初恋相手とのいざこざ。正直いって、かなり面倒だが放置する訳にもいかない。
自分の思いを、上野優衣へとぶつけるしかないのだ。
とはいえ、不安が無い訳では無い。大切な友人の記憶を消され、次に魔の手が伸びるのは僕か結衣なはず。だとすれば、もう一人の信頼できる友にも一応救いを求めよう。
「……なんかあった時の為に冬葵に頼るか」
スマホに手を伸ばし、冬葵の連絡先をタップして電話を掛ける。
四コール程続いた呼び出し音の後、電話が繋がった。
「もしもし、冬葵 今暇か?」
『今?暇だよ なんなら家に居る』
「そりゃ都合がいい 会いに行くわ」
『おけ、俺も外出るわ』
プツリと電話が切れ、『通話終了』の文字が映し出される。
僕は掛けてあった上着を羽織り、寒さに震えながら外に出ると玄関先には既に冬葵が居た。
「おっす どうした?」
「お前に言わないといけない事がある」
「……それ今の梨花の事に関係あったりするか」
「あるとも、多分。お前には全部言っとこうと思って」
「なら、どっか暖かい所行こうぜ」
こうして、冬葵と雪の降る街を歩き、僕らは数ヶ月前に結衣と来た顔馴染みの店主が居る喫茶店へと向かった。
◇◆◇◆◇◆
運ばれて来たココアとコーヒーをお互い手に取って、一口飲むと、僕は早速話題を切り出した。
「梨花が僕の事を覚えていないのは、多分上野優衣のせいだ」
「……やっぱり?」
どうやら薄々冬葵も感じていたらしい。
「今から僕が言うこと、嘘だと思ってもいいから話半分で聞いてくれ」
こうして僕は、色んな事を冬葵に話した。
"この世に未練を残したまま去った人"が見える事、姉が居た事と未練を絶って消えた姉を見送った事、神崎瑠香の見える物や何故あの日一緒に居たのか、結衣と夏希の関係と見える物、そして上野優衣の事。
正直言って、話してる自分ですら嘘や戯言としか思えないが、それでも冬葵は真剣な顔で頷きながら聞いてくれた。
「以上だ、つまるところ上野優衣の目は"記憶を消す"事が出来るかもしれない。」
「それなら納得出来る、隼人が上野優衣の事を覚えていないのも、上野優衣に会った梨花が隼人の事覚えてないのも。」
「信じるのか?僕の話を」
「信じるも何も、色々と納得いくし隼人が嘘言ってる様にも思えないしな。俺は信じるよ。でもこれからどうするんだ、上野優衣に会って話した所で、今度は隼人が記憶を消されるんじゃないか?」
「それすら覚悟の上だ」
「上野さんの事を忘れてでもか?」
「……ああ。だから結衣にも伝えたよ、どんな手を使ってでも思い出させてくれ って。それに逃げた所で解決しない。正面から、僕が今好きなのは"上野優衣じゃなくて上野結衣"だって事伝えてやる。」
「分かった、俺も協力する。て、記憶消えたら意味ねえか」
「備忘録に"困ったら冬葵を頼れ"って書いてある」
「めちゃくちゃ信用されてるな、俺!照れるわ」
「あぁめちゃくちゃ信用してる。だから何かあったら頼む ここの飲み物代は僕からの前払いってことにしといてくれ」
僕は立ち上がり、伝票片手にレジへと向かった。
◇◆◇◆◇◆◇
時刻は十五時、相変わらず雪の降る薄暗い空の下を一人で歩く。
冬葵は何やら急用が出来たらしく、喫茶店前で別れた。僕は他にする事も街に用事も無いので真っ直ぐ帰る事に。
十二月に入り、街はすっかりクリスマスムードに入っている。少し気が早い気もするが、駅前に生えている巨大な木は既に様々な飾りで彩られ、一気にクリスマスツリー感が増した。
これから、クリスマスが近づくにつれて街中のイルミネーションももっと派手になり浮かれた雰囲気に包まれるのだろう。
……思わず歩みが止まった。
脚が痛いわけでも、信号に引っかかった訳でもない。今一番会いたくない人間に出会ってしまったからだ。
「この前はお話出来なかったけど、ようやくちゃんと話せそうだね、上坂隼人君。」
「上野優衣……」
無意識に"視てしまった"。妖しく光る"上野優衣"の目を。
「折角私の名前思い出してくれたのに、明日には"全て忘れてるなんて悲しいなぁ。」
「何が目的なんだ」
「目的……?この前言ったじゃん、同じ気持ちを味わって欲しいって」
薄ら笑いを浮かべながら、上野優衣はそう語る。
「私の目の事、隼人君は正直気づいてるでしょ?」
「記憶を消せるんだろ、それで梨花や瑠香の記憶を消した。違うか?」
「せいか〜い! 瑠香って言うんだ。隼人君が刺されてる動画に映ってた女の子。大変だったんだよ、探すの。でも感謝して欲しいな〜、冬葵君の記憶は消さなかった事。隼人君って……ほら、中学の頃から友達少なかったじゃん。何時も会話してるのは幼馴染の二人だけだし、流石に唯一の男の子の友達まで奪うのは気が引けるしさ」
何処か楽しそうに過去を振り返って昔話でもするかのように上野優衣は語る。
その様子は、まるで自分がした事に悪意を感じさせない様に僕は感じ取れた。
"こんな事をされるのは当たり前なのだ"と。
「一応ちゃんと教えてあげるね、私の目の事。私は目を合わせた人間から"好きになった人の記憶"を奪えるの。これに気付かせてくれたのは、上坂隼人君。君なんだよ。」
「僕が……か?」
「どうせ覚えてないんでしょ?まぁ、当然だよね。私がその記憶を奪ったんだもん。でも逆によく私の名前思い出せたよね。嬉しかったなぁ、久しぶりに隼人君に名前呼ばれて。ちょっと目つきは怖かったけどさ。」
「記憶は戻せるのか?」
「戻せるよ、戻そうと思えば。だけど戻してあげない。」
「……」
「それにもう隼人君は明日になったら自分の事すら忘れちゃうんだから戻す意味もないでしょ? ねぇ、隼人君。私が全部上書きしてあげる。記憶も、何もかも。私しか見れないように。」
「……中学の時そんなキャラだったっけ?お前」
「君が変えたんだよ、私を。楽しみにしてるから全て真っ新になった隼人君の事。」
「おい!待て!」
制止も聞かずに、上野優衣は言いたい事を全て言って満足したような顔つきをして去っていく。当然、僕としてもそれを易々と逃す訳にはいかない。追いかけようとするが、スマホに入った着信がそれを止めた。
"母さん"そう表示され着信音のなるスマホを手に取り、電話を繋いで耳に当てる。
「もしもし!?ちょっと今用事が……」
『由希が……突然調子が悪くなって病院に運ばれた。今日お母さん帰れないから、晩御飯は……』
「由希は!?大丈夫!?」
『今は安定したけど……不安だからまた今日からしばらく入院するって先生が……』
「……分かった。またね母さん。」
電話を切り、前を見る。当然、そこにはもう上野優衣の姿はない。
「詰み、か。覚悟しないとな」
見失った以上、もうどうすることも出来ない。
諦めて家へと帰る事にした僕は、歩きながら結衣へとメッセージを送った。
"未来の僕を頼む"と。
上坂隼人の記憶が消失するまで、残り数時間。
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