#33 『異変』
ふと気が付けば、どこかの校舎の中に立っていた。
眩い夕陽の光が差し込む廊下に、ポツリと佇む"僕が二人"。
一人は"今の"僕自身で、もう一人は"過去の僕"。そう言い切れるのは、今の僕では無い方が中学の頃の制服を着ているからだろう。
覚束無い足取りで、過去の僕は一歩 また一歩と歩みを進め、それを僕は追い掛ける。
そうこうしている間に、とある教室の扉の前で過去の僕の歩みが止まり、それに釣られて僕も足を止めた。
それから、大きく深呼吸を一つして、何かを覚悟したかのように扉を開いて中へと入った。
人の気配を感じさせない教室の中に、女子生徒が一人。
長い髪を後ろで束ねた活発そうな少女の姿を見た途端、頭が割れると錯覚する程の頭痛がした。
同時に、全てを思い出した。
───────あの子の名は
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「お兄ちゃん!朝です!」
「ん……」
何者かに大きく揺さぶられ、目を覚ます。
次第にくっきりしていく視界と意識で、先程までの光景が夢だと改めて自覚した。それと、起こしてきたのが由希だという事も。
枕元に置いていたスマホに視線を移す。時刻はまもなく七時、どうやら朝らしい。
「お母さんが朝食用意して待ってます!」
「ああ、起きるよ」
そう言って一足先に部屋を出ていく由希を見守り、僕も大きな欠伸を一つしてからベッドから下りて伸びをする。
それから本日二回目の大きな欠伸をしてから、リビングへと向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
母親と妹に見送られながら家を出て、夢乃原駅を目指して歩き続ける。
気が付けばもう十二月だ、涼しかった秋はとうの昔に終わり、肌寒い季節になった。
空は何だか霞んでいる上に吐く息は白くなり、唯一露出していると言っても過言ではない頭部である頬を撫でる風はとても冷たい。嫌な季節の一つである冬が来てしまった。
「隼人 おっす」
「おはよう冬葵」
駅に着いた所で全身完全防寒の冬葵に呼ばれ、挨拶を返す。
「今日さみぃな」
「あぁ」
「ジャン負け ココア奢りしね?」
「断る」
「ちぇっ」
文句ありげな冬葵を尻目に駅のホームへと向かう。
ホームでは、電車を待つ学生やサラリーマンが寒そうにしながら待っているのが見えた。
「なぁ、そういえばさ」
「どうした?」
「昨日 梨花が上野優衣に会ったらしい」
冬葵から発せられた 上野優衣 というワードに身体がピクっと反応する。
「……」
「まぁ隼人は覚えてないって言うんだろうけど、上野優衣が隼人に会いたがってたってよ」
「……そうか」
「なんだよ反応薄いな、一応初恋相手だろ? って今は上野さん居るしどうでもいいか」
冬葵はそう言って笑いながら、自分で買ったであろうココアへと口をつけた。冷えた身体に温かいココアはさぞ沁みる事だろう。今更ながら自分も買えばよかったという謎の後悔をした。
「あ、電車来る」
到着のメロディが流れ、奥から今から乗る電車がブレーキ音を立てながら止まる。
その際に巻き起こる冷たい風に少し身震いしながらも電車へと乗り込み、今日も座れない事を嘆きながら冬葵と隣並びで吊革へと捕まると、電車はゆっくりと動き始めた。
ガタガタと振動する車内で、微かに嫌な予感を感じ取る。これからとんでもない事に巻き込まれる様な、そんな予感。
ここ数ヶ月だけで、幽霊が見え、未来が見える少女と共に未来と戦い、人の心が読める少女と残された時間が見える少女達と共に大切な人を見送った。
それだけの経験をしたからこそ言える。
記憶に存在しなかった 上野優衣 の存在、何か一波乱ありそうだ。
「はぁ……」
意図せず溜め息が漏れる。
同時に、かつて結衣に言われた言葉を思い出した。
"溜め息をつくと幸せが逃げるよ"
そうは言っても、幸せではないから溜め息をつくのだ。どうしようもない。
「隼人、なんかあった?」
「なんかあったんじゃない、なんか起こりそうなんだ」
「なんだよそれ」
どうか、杞憂で終わりますように。
◇◆◇◆◇◆◇◆
電車はトンネルを抜け、夢乃原高校前駅へと到着。
薄暗い雲の広がる空の下、駅からゾロゾロと学校へと向けて歩き続ける夢乃原高校の生徒に続いて、冬葵と歩いていた。
噂では、午後から雪が降るらしい。もう高校生なので雪が降ろうがどうでもいいが、少しテンションは上がる。
「そういえばお前、朝練は?」
「今日はサボり 寒いしさ」
「キャプテンがそんなんでいいのかよ」
この夏で三年の先輩が引退し、冬葵はサッカー部キャプテンを任されている。
誰かの上に立つというのは大変そうだが、意外にも本人は楽しそうだ。
「てか、あれ梨花じゃね?」
冬葵が少し前を歩く生徒に指を指す。
少し茶色掛かったロングの髪。確かに見間違いでは無いのなら僕と冬葵の幼馴染の小宮梨花だ。
「珍しいな 梨花がこの時間に起きてるなんて」
「な、意外だわ 声掛けに行こうぜ」
そう言って、僕と冬葵は少し小走りになると梨花の近くまで行き、梨花へと声を掛けた。
「おはよう梨花」
「おはよう冬葵」
「珍しいな、梨花がこんな時間にもう出てるなんて」
「そうかな?普通だと思うけど。で、隣の男の子は冬葵の知り合い?」
梨花の発した言葉に、まるで僕と冬葵の時間が止まったかのような沈黙が生まれた。
"隣の男の子は冬葵の知り合い?"
この言葉が指す意味は、僕の事だろうか?
なんせ、今現在、冬葵の隣に居る男の子は
「おいおい梨花、まだ寝ぼけてるんじゃね?隼人だよ忘れたのか?幼馴染の」
「えー…… でも私の幼馴染って冬葵だけだし……」
反応から見るに、梨花は嘘を言っている様子には見えない。本当に僕の事を知らない雰囲気だ。
「……本当に僕のこと覚えていないのか?」
「うん……ごめんけど君の事知らない。同じクラスだっけ?」
「梨花!昨日の夜だって隼人の話してただろ!?ほら!」
冬葵は自分のスマホの画面を梨花へと見せる。
そこには、"昨日 久しぶりに上野優衣ちゃんに会ったよ! 隼人に会いたいって!"という会話が映し出されてる。
「……本当だ。けどごめん、隼人……くんだっけ?君の事何も覚えてないよ」
「……っ 悪い、冬葵 ちょっと先行くわ」
「おい!隼人!」
嫌な予感が的中した。
微かに感じていた違和感。心のざわつき。
どうにも、
「結衣……っ!」
大切な友人兼恋人の名前を口にしながら、僕は玄関で靴を履き替え廊下を駆ける。
教室は二階、死に物狂いで階段を駆け登った踊り場で人とぶつかった。
「うおっ!」
「痛た…… あっ、すみません!前見てなくて!」
「こっちこそ……って瑠香?」
ぶつかった相手は一年の後輩 神崎瑠香だった。
九月頃、"誰かに殺されてしまう未来"を変える為、一週間程一緒に暮らした仲。
"夢を介して、自分の未来が見える"少女だ。
「あの……すみません、先急いでるので。ぶつかってしまってごめんなさい」
「あ……あぁ」
瑠香は頭をぺこりと下げて再び階段を降りていく。
降りた先に同級生が居たのか、何やら会話をしていた。
「瑠香、どうしたの?」
「階段で先輩とぶつかっちゃって」
「知ってる人?」
「え?ううん、知らない先輩」
思わず、歯を食いしばり拳をぎゅっと握る。
おそらく、梨花同様に神崎瑠香も僕を覚えていない様だ。
だが、ここで止まっている暇は無い。僕はそのまま階段を登り、その足で上野結衣のクラスを尋ねた。
「上野結衣来てる?」
「ううん、今日は来てないけど」
「そっか、ありがと」
教室に結衣は居ない。だとすれば……
僕は急いでいつもの図書室へと向かい、ドアに手をかける。
……開いてない。
直後に、朝のHRの始まるを告げるチャイムが鳴った。
後ろ髪を引かれる想いで、僕は渋々自分の教室へと戻る事にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
結局、その日上野結衣が姿を現す事は無かった。
メッセージを送ってみても既読はつかないし、電話を掛けてみても応答は無い。
モヤモヤとした気持ちが残るまま、放課後を迎えた僕は、久しぶりに夢乃原市へと向かう電車を一人寂しく待っていた。
まだ十六時だと言うのに、空は何処か薄暗い。
それに、雪は結局降らなかった。
「はぁ……」
溜め息をつく。
吐いた息は白くなり、蒸気の様になって空へと消えていく。
遠くから微かに聞こえる車輪の音で、電車がまもなくやって来るのを悟った。
案の定、到着を知らせるメロディが鳴り、駅へと電車がやって来る。
鉄が擦れるような不快な音を立てて止まった電車へと乗り込む寸前……
「大切な人に忘れられる気持ちってどんな感じ?」
聞き覚えのある声がした。
何処かで聞いた様な声。それが過去になのか、それとも夢でなのか、もしくはその両方か。
振り返った先にいた声の主の姿を見て、僕は目を見開いた。
後ろで括られた長い黒髪の活発そうな女の子。
その姿はまさに、偶に夢に出てきた少女と同じだから。
幾ら名前を思い出そうとしても、脳がそれを拒んでいたが、生憎名前なら今朝の夢で思い出した。
だから僕は、夢乃原市向けの電車の扉が完全に締まり切る前に、少女の名前を口にした。
「上野優衣……」
と。
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