〜間奏〜

 学校が嫌いだった。


 明確にそう思い始めたのは、小学生三年生の頃。

 家が隣だった幼馴染は両親の仕事の都合で引っ越し、大切な友達だった子は、ある日トラックに撥ねられ亡くなり、その上、私は"目を合わせただけで人に残された時間"が分かる目を手に入れてしまった。

 神様が私に与えたのは的外れのプレゼント。

 この目のせいで、目を合わせただけで頭上に数字が浮かぶようになり、私は自ら人と接する事を避けるようになりクラスから……学校から……そして社会から孤立していった。


 そんな私の唯一の安らぎは、本を読んでいる時だった。

 本を読んでいる間、視線は文字の方へと自然に向き、誰とも目を合わせなくて済む。それに、本が与えてくれる知識が糧になるのが堪らなかった。

 やがて、私にとって"本"は肌身離せない大切な物になった。


 だけれどもう一つ、手放せない物があった。

 それは、生前の悠未ちゃんが、私に誕生日プレゼントとしてくれた、赤い髪留め用のリボン二つ。

 悠未ちゃんを失ってから、私はこれを悠未ちゃんだと思って付け続けた。

 小学生 中学生……高校生になっても。例えぶりっ子だとか、痛いだとか、どんな陰口を言われようとも気にもせず付けた。


 そして、そんな事がありながらも成長して高校生になった私は、ある一人の人間と出会った。

 名前は────上坂隼人。

 同じクラスの同級生、性格は根が曲がった変人でサボり魔。嫌な事は嫌だとハッキリ言えるタイプ。

 その性格も災いしてか、上坂は一年生の一学期が終わる頃にはクラスから、そして学年皆から避けられる存在になっていた。二人の幼馴染を除いて。


 そんな上坂と知り合ったのは、一年の夏休みの中旬。

 いつものように本を借りる為、市が所有する図書館を訪れた時に上坂は居た。

 上坂が本を読むタイプとは思わなかった私は、珍しく声を掛けた。

 今思えば、あの時の私は上坂と自分を重ね合わせていたのかもしれない。だから何となく仲良くなれる気がした。少なくとも、自ら人と距離を置いた私と、性格が災いして人が離れていた上坂では理由が違うが。


 上坂に話し掛けた私はこう聞いた、『本読むんだ、性格的に本なんて読ま無さそうなのに』。

 今思えば初の会話で言う台詞では無い、失礼だ。

 それでも上坂は怒ったりする事はせず、寧ろ笑いながら『お前結構口悪いな』と、そう言った。

 これが私と上坂の初めての会話。

 それから、上坂は昼休みに図書室によく来る様になり色んな話をした。家族の話、趣味…… 上坂に心臓に病を患った妹が居る事と、仕事で家を空ける両親の存在もここで知った。

 変に気を使わず、気軽に軽口を叩き合える上坂との会話は、正直楽しかった。それに一生つまらないと思っていた学校生活が、上坂のお陰で少し楽しいと思えるようになった。

 そして、友人として見ていた上坂を……



 ​───好きになるまで、数ヶ月も掛からなかった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 だから、私は玉砕覚悟で上坂に伝えたい。

 ついさっき言っていた上坂の言葉の通り、"伝えたい気持ちは伝えたい内に言わないと後悔する"。

 私みたいな根暗よりも、上坂にお似合いな人は沢山いる。神崎さんや、上坂の幼馴染の女子。

 それでも、例え無理だとしても、この気持ちだけは伝えたい。

 緊張で、心臓が飛び出しそうになる。

 高鳴る胸の鼓動は抑えが効かない。


「私が今から言うこと、上坂は笑わないで聞いてくれる?」

『勿論』

「ずっと言うか、悩んでた 。けど、さっきの上坂の言葉でやっと決心がついた」

『僕なんか言ったか?』


 上坂らしい、言い濁し方だ。

本当は分かっているのに、照れ隠しなのか知らない振りをしようとする。


「伝えたい気持ちは、伝えたい内に言わないと後悔するんでしょ?」


 恍けようとする上坂へと、さっき私達へ言った言葉を用いて、言い返す。


『……まあな』


 上坂なら私が今から言おうとする言葉を何となく想像するかもしれない。もしかしたら、既にしてるのかも。それでもいい、ちゃんと自分の言葉で伝えたい。

 心を落ち着かせる為、目を閉じて大きく深呼吸をする。少しは落ち着いたけど、緊張して唇の震えが止まらない。


「ねぇ、上坂 今こんなこと言うのは変に思われるかもしれないけど、今じゃないと言えない気がするから 言うね」


『ああ』


 私の初恋を、そして初告白を貴方に捧げる。


「……私は」



「……私はっ! 上坂のことが好きっ!」



どうか、私の気持ちが貴方に届きますように。




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