#28 『君の一番したい事』


「お兄ちゃん!朝ですよ! 起きて下さい〜!」

「分かった……起きるから、布団持ってくな……寒い……」


 文化祭が終わり、月日は経って十一月になった。

 朝は随分と冷え始め、布団から出るのが億劫になる季節になり始めた。

 来月になれば更に寒くなると思うと、やはり季節は春春秋秋でいいと思えてくる。


「なら、妹パワーで暖めてあげます! ぎゅ〜」

「さーて、起きるか!」


 僕に対して抱擁を求める由希の行動を阻む様に起き上がり、ベッドから降りて大きく伸びを一つする。背後から、不満気な表情浮かべる由希の熱視線を感じるが、反応をしない事にした。


「ほら由希、朝ご飯用意するから手伝ってくれ」

「はい!出来る妹にお任せください!」


 態度を一転させた由希と共にキッチンへと向かい、朝食の用意をする。

 今日の献立はトーストとスクランブルエッグ。

 本来なら、仕事で外国にいる母親が既に帰ってきている予定なのだが、帰国寸前に大きな仕事が入りまた一週間程伸びたらしい。

 僕からすれば一日でも早く帰国して、僕を早起きから解放して欲しいものだ。


「お兄ちゃんは今日何処か行くんですよね?」

「5☆STARSのライブ見てくる 由希は?」

「私も友達のお家へ行ってきます!」

「なら、僕はもうすぐしたら家を出るから戸締りだけ頼むよ」

「任されました!」


 時刻はまもなく九時になる、約束の時間まで後三十分程しかない。

 僕は急いで支度を済ませてから、家の前まで着いてきた由希に見送られて家を出た。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 遅れまいと死に物狂いで走り、何とか約束の九時半よりも前に待ち合わせ場所の駅前の広場へと到着。

 これだけ死ぬ気で走ったのは体育祭以来だ。息を切らしながら時計台の下へととぼとぼ歩きながら向かうと結衣は既に待っていた。

 そして、その隣には『園崎悠未』も。

 分かってはいたが、結衣にはやはり見えていない様だ。


「『 遅い(!) 』」


 悠未と結衣が、声を揃えて僕へとそう言う。


「まだ約束の時間前だろ」

「上坂の癖に私を待たせるなんていい度胸だね」

『そうだ!そうだ!』

「……」

「早く行こう、電車来るよ それに今日は絶対人が多い」

「ああ、そうだな 行くか」


 僕、結衣、そして悠未。

 僕達二人と幽霊一人は駅構内へと入り、二人分の朝陽市までの切符を買い、やってきた電車へと乗り込む。

 心做しか、朝陽市方面へと向かう電車の中はいつもより人が多い気がする。今日は日曜なので人が多いのは分かりきった事だがそれでもだ。

 見当はつく、今日は芸能活動を休止していた人気アイドルユニット 5☆STARSのリーダー 山下夏希が復帰し、久々に表舞台に姿を現す。それを一目見ようとする人も多いのだろう。ましてや今日のライブは前回の場所ではなく屋外ライブだ。会場のキャパも、いつもよりはあるだろう。


「上坂、最近ずっと私に言いたい事あるでしょ」


 座席に座れず、吊り革に捕まりながら車窓からの風景を眺めていた僕へと、暇なのか結衣は話しかけて来る。


「……ない って言ったら嘘になる そんなに顔に出てたか?」

「なんか落ち着きがないし、ソワソワしてる。言いたいことあるなら言って」

「いや、結衣のメイド服可愛かったなって あたたたたっ!」


 突然足に鋭い痛みが走った。

 足元を見ると、結衣の靴が僕の靴へと覆い被さっている。強い力と共に。

 

「上坂はこうされるのが嬉しいんでしょ?」

「それをやるならまたメイド服姿でお願いします ……あたたたたた!!!」


 痛みに喘ぐ声を出す僕に対して、周囲に居る人達の怪訝な眼差しがグサリと刺さる。

 公共の場でSMプレイなんて勘弁して欲しい。


「冗談だってっ! ライブが終わってから言うからっ!」


 ようやく結衣からの攻撃が止んだ。踏まれた所がヒリヒリする……。

 ふと前を見ると、車窓からは幽霊らしく空中浮遊して電車と並走している悠未が、足を踏まれて痛がっている僕を見て笑っている姿が見える。


「……あいつ」


『次はー朝陽市ー お出口は左です。』


「ほら降りるよ」

「おう……」


 電車がブレーキを掛け始め、車内が少し揺れる。

 それを吊り革に捕まってグッと耐え、電車は朝陽市駅へと到着、やはり車内の人々が続々と降りていき、僕達もそれに続いて電車を降りた。


 改札を抜け、駅を出た僕らは目的地である会場を目指す。

 先程電車で見た人達の多くも同じ方向へ向かっているので、目的はやはり5☆STARSのライブだろう。

 駅から歩き始めて数十分が経った頃、ようやく会場へと到着した。


 ライブのチケットは有難い事に夏希が特別に用意してくれ、僕と結衣の二枚分きちんとある。悠未は幽霊なので多分無料だ。イベント要項に『幽霊は○○円』という表記があるなら話は別だが、きっとそんなものは無い。


「なんか、僕の方が緊張してきた」

「その調子でステージに上がったら」

「つまみ出されるだろ」


 そんな他愛も無い会話を結衣と繰り広げている内に、ステージ開幕の時間になる。

 ユニット曲のイントロと共に壇上に上がる5☆STARSのメンバー達。各場所からからは『凛ちゃんー!』『優花ちゃーん!』という風にメンバーの名前を叫ぶファンの声が響く。

 しかし、そこに夏希の姿はない。


「アイツは?」

「分からない……」


「皆さん、今日は私たち5☆STARSのライブに来て下さり、ありがとうございます!」

「ライブを始める前に、リーダーの夏希から挨拶があります」


 メンバーのその一言の後、山下夏希が遅れて壇上に上がった。

 数週間ぶりに表舞台に姿を現した夏希の姿を見て、ファンのボルテージは最高潮へ。騒がしくなる会場を他のメンバーが必死に諌め、静かになってからようやく夏希は口を開いた。


「皆さん…… ご迷惑おかけしてすみませんでした! 正直言うと、あんな事があってから今日こうやって再びアイドルとして皆の前に姿を現すか ずっと悩んでいました!」

「夏希……」


 夏希の言葉に、会場がザワつき始める。

 メンバーも同じ様に驚いた表情を浮かべていた。きっと、辞めるか悩んだ事は僕と結衣しか知らないのだろう。


「だけど、私の信頼出来る友人達の支えもあり、こうして再び皆の前にアイドルとして現れるのを決意しました! そんな私を受け入れてくれますか?」


『当然じゃん!』『ずっと待ってたよー!』『なつきちがまたアイドルやってくれて嬉しいー!』


「私たちもずっと夏希の事待ってたんだから!」

「また一緒にアイドルしようねー!」

「勝手に辞めようなんて、私たちが許すわけないじゃん!」

「そうだよ!夏希が辞める時は私も辞めてやるんだから!」


 方々から上がるファンの声、そしてメンバー仲間の言葉を聞き、感極まったのか夏希は涙ぐむ。


「ちょっ!夏希!」

「泣いたらメイク落ちちゃうよー!」

「ごめん……でも、嬉しかったから……! やっぱり私、アイドルが好き……!」


「良かった良かった、やっぱりアイツはアイドルがお似合いだわ」

「これも上坂の仕業?」

「僕は特に何も。ただ、辞めたいなら辞めればいいし続けたいなら続ければ って言っただけだ、答えを出したのはアイツ」


 今回ばかりは僕が何かした訳では無い。

 ただ少し背中を押しただけ、それも小突く程度に。

 "アイドルを続ける"、この結論を出したのは夏樹自身なのだ。


「それじゃあ早速、一曲目行きましょう!」

「ほら夏希、泣くのはやめて歌おう!」

「私達はアイドルなんだから!みんなに笑顔を届けなきゃ!」

「勿論最初はあの曲! ほら夏希、コールお願い!」


「……うん! 聞いてください、私たちの原点の曲 『アイドル宣言』っ!」


 数週間振りの踊りや歌、それでも夏希の動きは衰えている様子は無い。なんなら寧ろ、僕が初めて見たライブの時よりもキレが増したような気がする。

 きっと、辞めるか悩んでいるなんて言ってる裏では練習を怠る事無く続けていたのだろう。


「(見てるか、悠未 お前の友達、凄いぞ)」


『うん、夏希ちゃん…… 凄い……!』


 この後、計七曲とアンコール一曲を歌い上げ、山下夏希復帰LIVEは大盛況のうちに幕を閉じた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ライブ終了後、僕と夏希が初めて出会った喫茶店にて夏希の合流を待つ。

 この後やるべき事が残っている。どっちかと言うと、メインはこっちなのだ。

 オレンジジュースを飲んでいる僕の横顔を羨ましそうに見つめる悠未の視線を感じながら待っていると、いつもの変装姿で夏希がやってくる。


「お疲れ、夏希」

「お疲れ〜」

「来てくれてありがとう!隼人、結衣!」

「良いライブだった、もうしばらくは辞めるとか言えないな」

「大丈夫!辞める気ないから! 私は私で頑張ってみる」

「それでいいよ それが一番お前らしい ……さて、来て早々だけど場所移そう」

「どうしたの?上坂」

「ライブが終わったら言うことがあるって言ったろ? ここじゃちょっと言い難い」

「怪しい……」


 結衣は疑いの目を向けてくる。

 とはいえ、本当にここでは言い辛い事なのだ。


「ほら結衣行こ?」

「腑に落ちないけど、分かった」


 僕は悠未へと目を配らせると、悠未も何も言わずに頷く。

 ここから先は、悠未と結衣と夏希次第だ。僕はただその仲介をするだけ。


 喫茶店を出て、近くの広場へと三人と一人で向かう。その間も、結衣からは訝しげな目でずっと見られたが気づかない振りをした。

 冬になり、日が暮れるのも早い。

 まだ十七時だと言うのにすっかり薄暗くなった誰も居ない広場の中心で、僕は足を止めた。


「ここら辺でいいだろ」

「ねぇ、上坂 本当に何? 私には何も分からない」

「夏希 結衣、今一番会いたいと思う人の顔を強く思って目を瞑りながら、僕の身体の何処かに触れてくれ 肩でも、腰でもいい」

「何それそういう性癖?」

「人を変態にしようとするな 頼む、これしかないから」

「なら私は肩」

「……なら腕で」


 恐る恐るではあるが、結衣は僕の腕に、夏希は肩に触れる。その間に、悠未は僕達三人の真ん前へと立つ。

 僕が瑠香に触れて未来を見たように、夏希と結衣が"悠未に会いたい"と願いながら僕に触れれば、一時的に霊視が可能になるかもしれない。

 寧ろ、可能になってもらわないと困る。


「いいぞ、目を開けて」


 僕の合図と共に、結衣と夏希が目を開く。

 そして、目の前に立っていた人物を見て、二人とも震える声で名前を呼んだ。


「悠未……」

「悠未……ちゃん……?」


『久しぶり!十年振り……かな?』


 二人に名前を呼ばれた悠未は、優しく微笑んだ。


「上坂、どうして?」

「僕が"幽霊が見える"ことに気付いた切欠が悠未だった。 で、なんか仲良くなった。そして頼まれた、『ちゃんと別れを告げたい』って」


 十年前、この世を去ったはずの友人が目の前にいるという事実に、いつも冷静な結衣の感情が揺らぐ。

 止めどなく流れる涙、そして震える声と共に、結衣は悠未へと謝罪を口にした。


「……ごめんね悠未ちゃんっ! 私、悠未ちゃんに残された時間が分かってたのに……何も出来なかった……」

『結衣ちゃんは悪くないよ 寧ろ私のせいで苦しめたよね? 後悔させたよね?』

「そんな事ない……! 私は……!」

『……私があげたリボンの髪留め まだ付けてくれてるんだ』


 泣き続ける結衣に対して、悠未が手を伸ばし、髪留めへと触れる。


「手放すつもりは無いよ…… 私はこれをずっと悠未ちゃんだと思って付けてきたから。」

『嬉しいな ありがとう結衣ちゃん』


「……私のアイドル姿、悠未は見てくれた?」

『うん!夏希ちゃんすっごくかっこよかった!』

「……悠未、ごめんね。 私が引っ越す前 喧嘩別れみたいになっちゃって。 引っ越してからも送ってくれた手紙 今も大事に持ってる! ずっと言いたかった!ごめんなさいって!」

『私もごめんね、手紙じゃなくて ちゃんと面と向かって私も謝りたかった』


 結衣と夏希。それぞれが胸に秘め、ずっと言いたかった想いを、涙ながらに悠未へとぶつける。


「夏希も結衣も、言いたい事あるなら今の内がいいぞ。伝えたい事は、伝えたい内に言っとかないと後悔する」

「……分かってるよ、けど!」

「……多すぎて伝えきれない」


 散々泣き続ける二人は、いつの間にか僕の服を、涙を拭うティッシュ代わりにするように寄りかかる。

 二人の涙が触れた部分が熱い。けど今それを言うのは不粋な気がしてぐっと堪えた。


「悠未ちゃん、私と友達になってくれてありがとう」

『ううん、私の方こそありがとう!』

「ずっと私達の事見守っててくれる?」

『うん、空の上から夏希ちゃんと結衣ちゃんの事 ずっと見守ってるねっ!』


 直後、目の前に立っている悠未の身体に異変が生じる。

 身体の一部が光の粒となり始めたのだ、僕はこの先に何が起こるかを知っている。


『もう時間みたい…… 隼人っ!』

「えっ僕?」

『最期に二人に会わせてくれて…… 私の願いを聞いてくれて ありがとうっ!』

「……今更だけど良かったのか?」

『うん、いつかこんな日が来ると思ってた。 だからもう怖くないよ。 』

「そっか、なら天国で僕の姉によろしく頼む」

『分かったっ!会えたらちゃんと伝えとくね!』


 既に身体の下半分は消えた。悠未の身体が完全消滅するまで時間の猶予はない。


「私は……悠未ちゃんの事 絶対に忘れないから……!」

「私達は悠未の分も頑張って生きるから!」


『ありがとう、二人とも本当に大好きだよ 隼人も、二人を宜しくね』

「ああ、またな」


 最後に静かに頷き、悠未は満面の笑みと共に、完全に光の粒となって天へと登っていく。

 これで、人生で二回目だ。誰かをこうして見送るのは。

 流石の僕も、笑顔のまま消えていった悠未を見て少し、言葉に出来ない悲しさに襲われる。

 きっとこれで良かった、悠未もあの時の春奈と同じ様に、思い残した事が無くなって満足そうな顔をしていたのだ。


「……うぅ うわあああああ……!」

「ゆうみ……ちゃぁん……」


 そして隣の二人も、完全に力が抜けてその場で泣き喚く。

 我慢なんてしない とばかりに、止めどなく瞳から溢れる涙は二人の頬を伝い、重力に従う様に地面へと落ちていく。

 その気持ちは、僕には痛いほど分かった。姉と別れた時に味わった感情。

 だからこそ、『泣き止め』なんて言葉は掛けない。泣きたいときは、涙が枯れるまで泣けばいい。

 結局の所、悲しいという感情なんて堪えようと思って堪えられるものでは無いと、僕はこの身体をもって散々痛感したのだから。


「元気でな、悠未」


 闇夜の中を綺麗に煌めいている星々へと向けて、僕はそう呟いた。

 もうここには居ない、六人目の友人に思いを馳せながら。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 家が逆方向の夏希とは駅前で別れ、結衣と共に駅のホームで電車を待つ。

 時刻はまもなく十九時になる。思ったより二人が落ち着くまで時間が掛かった。

 それよりも、もう掴む必要のない僕の腕を結衣がずっと触れているのが気になって仕方ない。


「落ち着いたか?」

「……」


 口にはせず、結衣は首を横に振る。

 多分否定。もうとっくに落ち着いたと思っていたがマジか。


「なら、落ち着くまでは一緒に居てやるよ」

「落ち着くまでじゃ嫌だ……」

「え」


 珍しく甘えてくる結衣に、僕は思わず素っ頓狂な声が出る。その反応は、僕の想定外だ。


「じゃあ今日はずっと居てやる」

「足りない……」

「じゃあ……」

「今から私が言うこと、上坂は笑わないで聞いてくれる?」


 僕の言葉を遮り、いつになく真剣な表情で結衣は僕にそう告げる。


「勿論」

「ずっと言うか悩んでた、けどさっきの上坂の言葉でやっと決心がついた」

「僕なんか言ったか」

「……"伝えたい気持ちは、伝えたい内に言わないと後悔する"んしょ?」

「……まあな」


 結衣がこれから言おうとしている事が、何となく読めた。

 だからこそ、身体中に緊張が走る。今までに経験が無いことだから。

 だけれどそれはきっと結衣も同じ。


 そして結衣は、掴んでいた僕の腕から離れ、改めて僕の方へと向き直る。

 僕もそれに倣って、身体と顔を結衣の方へと向けて、お互い見つめ合う形になる。何だか恥ずかしい。

 よく見ると、結衣の口が震えている。まだ散々泣いた後の余韻が続いているのか、もしくは緊張しているのか。

 心を落ち着かせる為に目を閉じ、大きな深呼吸を一つしてから、再び先程の様な真剣な眼差しで僕の目を見て、口を開いた。


「ねぇ、上坂 今こんなこと言うのは変に思われるかもしれないけど、今じゃないと言えない気がするから 言うね」


「ああ」


 心臓がドクンと高鳴る。

 周りに鼓動が聞こえていないか心配になった。

 体全体が震えそうになる緊張感の中、そして結衣はこう口にした。





「私は……」






「……私はっ 上坂の事が好きっ!」






 続く。







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