#27『アイドルはお悩み中』

 遂に、全校生徒が待ちに待ったであろう夢乃原高校文化祭当日となった。

 僕達のクラスの出し物は、焼きそばやたこ焼きと言った食べ物の出店。『レストランでアルバイトしているから』という理不尽極まりない理由で客の応対を任され、開場の時刻から雪崩のようにやってくる地元の人や他校の生徒、先輩後輩への応対に目が回りそうになっていた。

 文化祭開幕から時刻が二時間程経った所で、ようやく交代をしに梨花がやってくる。


「お疲れ様〜 隼人」

「梨花、後は頼んだ……」


 客足は未だ減る様子は無い。

 この調子なら売り上げも中々の物だろう。

 後の事を梨花に任せ、交代した僕は彷徨う様に自クラスの出店を後にした。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 校舎へと入った僕は、特に目的も決めずに一階の廊下を歩いていた。

 すれ違う人間の殆どが楽しそう。寧ろ、今この状況で死んだ目をしているのは僕くらいだろう。

 折角の休憩とはいえ、やる事も特にない僕は、各クラスや部活の展示品などを見ながら適当に時間を潰す。

 しかし、余りの人の多さに何とも落ち着かない。

 普段なら人が滅多に居ない棟も、見知らぬ誰かが楽しそうに話していたり、動画を撮っていたりで騒がしい。

 そうして喧騒から逃げるように彷徨い続けた結果、僕が辿り着いたのは校舎の屋上だった。

 本来ここは生徒でも立ち入り禁止、教師にバレたら説教は逃れられないだろうが、今は気が休まりそうな場所がここにしかない。


「涼しい〜」


 海のすぐ横に立つ学校なだけあって、風通しの良い屋上は海からの心地の良い風が吹く。

 一応安全のために設置されたであろう転落防止用の柵へと寄りかかりながら、僕は遥か遠くの地平線をぼーっと見つめる。

 こうしている間にも考える事は一つ。

 それは、昨日再会した訳あり幽霊 事『園崎悠未』からのお願い。


『上野結衣ちゃんに別れを告げたい』


 あの一言で、ずっと胸にあったザワザワとした感覚がスっと消えた様な気がした。

 園崎悠未。 何処かで聞いた様な名前だとずっと思っていたが、その正体は、上野結衣が"人に残された時間が見える"事に気づいた切欠の少女であり、結衣を長年苦しめていた後悔の原因。

 今思えば辻褄は合う、夢乃原出身で僕と同い歳。


「どうすっかな……」


 勿論、悠未が望んだ事ならば叶えてやりたい。

 でも、どうやって結衣に悠未の言葉を伝えればいいのだろうか。『今ここにお前の死に別れた友達居るから代わりに伝えるわ』なんて、ふざけてると思われそうだ。


「いっそ、結衣にも幽霊が見えるなら楽なんだけどな」



「何独り言喋ってるの?」


 突然背後からした呼びかけに、僕は肩を大きく上げて驚いた。

 本来ならここは、誰も来ないはずの場所なのに……

 僕は恐る恐る後ろを振り返り、声の主の姿を確認する。

 帽子にサングラス、更にはマスク。

 絶対に素性がバレたくないという強い意志を感じる見た目をしたその人の正体を僕は瞬時に理解した。


「夏希……だよな?」

「やっほー 暇だから来ちゃった」


 そう言いながらサングラスを外してマスクをズラす。

 やはり正体は5☆STARSリーダー そして現在芸能活動休止中の山下夏希だ。


「お前どうやって……」

「ずっと後ろつけてたけど、気付かなかった?」

「今度はお前がストーカーかよ」

「はぁぁ!?一緒にしないでくれる!?」


 少し怒り気味にそう語る夏希は、ゆっくりと僕の元へとやって来て、隣に並んで同じように柵に寄り掛かる。


「海が近い学校って憧れだったんだよねー。 私も夢乃原高校通ってたら結衣や隼人が居て、高校生活もう少し楽しかったのかなー」


 屋上を通り抜ける心地の良い風が、夏希の綺麗な長い黒髪を靡かせる。

 海の近くなので吹いてくるのは潮風、恐らく髪には良くないと思うが面白いので黙っておいた。


「さっき幽霊がどうとか喋ってたけど何かあったの?」

「聞いてたのか」

「まぁね 」

「……園崎悠未って知ってるだろ」


 愚問だとは思っている。

 夏希は結衣の幼馴染、ならば園崎悠未とも何らかの交友はあったはずだ。知らない筈がない。


「……悠未が見えるの?」

「ああ 園崎悠未から頼まれたんだよ 『上野結衣にお別れを言いたい』って」

「……」

「人は何かしら思い残したり、やり残したりしたことがあると成仏出来ずに現世に留まるんだ 僕の姉ちゃんもそうだった」

「隼人のお姉ちゃん もう亡くなったの?」

「僕が産まれてすぐな だから覚えてなかったしそもそも存在を知らなかった。で、夏休み初日に出会った不思議な女の人が死んだ筈の姉ちゃんだった。悠未と同じ様に、やっぱり姉ちゃんも現世にやるべき事を残してずっとさまよってた」

「それで、叶えたの?隼人は」

「ああ叶えたよ、『大きくなった弟と花火見たい』が姉ちゃんの願いだったから叶えた。直前まで悩んだし、姉ちゃんが消えてからもずっとこれで良かったのか悩んだ。けど、忘れられないんだよ あの時の姉ちゃんの顔。ずっと夢だった、叶えられないと思ってた想いが叶って満足そうに消えた時の顔」

「……」

「だから僕は、悠未の願いを叶えてやりたい。」

「私はいいと思うよ、悠未が望んだ答えがそれなら

 あーぁ、私も久しぶりに悠未と話したくなったなぁー…… 私、結衣ほど悠未とは仲良くなかったし、最後は喧嘩別れみたいになっちゃったけど引っ越してからも手紙くれたし ……それに、アイドルになった私を見て欲しいと思ってた。」

「見てるよ、夏希に見えなくてもきっと悠未は見てる」

「そうだったらいいな……」


 そう言って、夏希は遠くを見つめる。

 そして二人の間に沈黙が流れた。

 聞こえて来るのは、風の音と、下の階から聞こえて来る笑い声。

 数分にも及ぶ長い沈黙の果てに、漸く、夏希が静寂を破るように口を開いた。


「私ね、アイドル続けるか悩んでるんだ」

「結衣から聞いた」

「……隼人はどう思う? 続けるべきか、辞めるべきか」


 僕にとって、夏希から投げかけられる問い掛けに対しての答えは一つしかない。


「知るか」

「はぁ!?」

「続けたいなら続ければいいし、辞めたいなら辞めろ」

「何それ!?普通こういう時は『辛いだろうけどアイドル続けてみろよ』とか言う場面じゃないの!?」

「結局、お前はそうやって誰かが背中を押してくれるのを待ってんだろ」

「……ぅ」


 夏希にとって、僕の言葉が図星だと言うことは言葉にせずとも、沈黙が教えてくれた。


「別に僕は無理に続けろとは言わない。けもお前はどうなんだよ アイドル、好きなのか?」

「私は…… "人の心が読める"目を活かせるのはこれしかないと思ってた。最初の頃は気持ち悪い事考えてるファンの考えまで読み取っちゃって嫌になる事もあったけど…… 心の底から応援してくれるファンの人に出会うにつれて、どんどんアイドルが好きになった…… それにメンバーの仲間も。色々喧嘩したりしたけど、皆心の底からリーダーの私の事を信頼してくれてる……」

「待ってくれてる人が居るんだろ、仲間もファンも」

「……うん」

「もしお前にまだ"アイドルが好き、やりたい"と思える気持ちがあるなら 続けてみれば。少なくとも僕はやらないで後悔するより、やって後悔する方がマシだと思ってる。」

「……なんか隼人が言うと、なんか説得力あるかも」

「僕のアレはただの無謀だ、だけどやって後悔はしてない」


 少なくとも、瑠香を庇い刺された事も、夏希の為にストーカーへとドロップキックを喰らわせた事も無謀ではあったが後悔はしていない。

 ちゃんと方向は良い方へと繋がった。

 だからこそ僕は、やって後悔する方がいいと、胸を張って言える。


「なら私も、やって後悔する方を選んでみる。」

「それでいいんじゃないか、辞めるか続けるかはその後決めればいい」

「そう決まったら、メンバーの皆にも伝えないと! そうだ、復帰公演決まったら来てくれる?」

「ああ分かった 行くよ」

「決まりね!結衣も連れてきてね! それと、出来れば悠未も……!」

「会ったら聞いとく 楽しみにしてる」

「うん!」


 これで、僕の中のやるべき事リストの内の一つが解決し、内心ほっとして胸を下ろす。

 後は……悠未と結衣をどうするかだ。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 再び変装をした夏希と共に屋上を後にして下の階へと戻った僕は、ある場所へと向かっていた。

 ある場所とは、結衣のクラス 2-5の教室。

 結衣からは絶対来るなと言われていたが、つい先程瑠香から『上野先輩のクラスの出し物見ました?』というメッセージが届き、それで思い出して向かっている所。


「ここだ、結衣のクラス」


 2-5の教室の前へと到着。教室前に置いてある看板には、執事・メイド喫茶店と書いてある。


「成程、確かに来て欲しくない訳だ」

「入ろうよ隼人!」


 もしかしたらメイド服姿の結衣が見れるかもしれないと、ウキウキな夏希に手を引かれて僕も中へと入る。


「いらっしゃいませ…… ご主……」


 僕らを出迎えたのは見るからに嫌々やらされている感満載な不機嫌なメイド。

 そして、やって来た客が上坂隼人と、本来居るはずの無い山下夏希だと分かると、表情からの読み取れる不機嫌さは限界を超える。


「帰れ、今すぐ帰れ」

「それが客を迎える態度かよ」

「……私は来るなと伝えた」

「結衣すっごい似合ってるー!可愛いー!」


 今にも怒りだしそうなご機嫌斜めなメイドへと、夏希はスマホのカメラを向け、容赦なく写真を撮る。


「後で写真頼む」

「OKー!」

「……上坂に夏希を紹介したのは間違いだったかも」


 呆れ返る結衣を尻目に、僕と夏希は空いている席へと座った。

 いつもの黒髪ツインテールにメイド服。刺さる人間には刺さりそうだ、よく似合っていると思う。


 この後、結衣に『手が滑った』というふざけた言い訳でお盆で頭を叩かれたり、わざとお冷を零されたり、見えない様に足を踏まれたりしたりしたが、大盛況の中、今年の夢乃原高校文化祭は幕を閉じたのだった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 文化祭終了後、片付けを終え帰路につく僕は一人で駅のホームに立っていた。

 夏希は打ち合わせやらなんやらで先に帰り、結衣は不明。冬葵と梨花は打ち上げへ。僕は勿論そんな物に誘われる事無く、こうして暗い中電車を待っている。

 当然、誘われても行くつもりは無い。家には心臓に病気を患った妹が待っているのだ。

 なんて強がりを自分に言い聞かせながらも、少し寂しくなった。


「今頃アイツら楽しんでんだろーな」


 突風の様に吹く風が冷たい。まもなく冬がやってくる。

 数ヶ月前まで暑かったのが嘘みたいだ。


『一人で可哀想だね 一緒に家まで帰ろうか?』

「同情すんなよ、もっと悲しくなる」


 いつの間にか横に立っていた悠未へと、反対のホームへと顔を向けたまま笑いながらそう言い返す。


「どうせ聞いてたろ夏希との会話」

『アイドルに復帰するまでしか聞いてないよ』

「全部聞いてるじゃん ま、言った通り 今度の夏希の復活LIVEまで頼まれ事待っててくれないか」

『いいよ、私も夏希ちゃんのLIVE見たいもん それにもう決めたから、心変わりする事はもう無いよ。隼人こそ、どうやって結衣ちゃんに伝えるか決めたの?』

「一個だけ方法がある、それで無理なら無理」

『信用していいの?』

「きっと未来の僕が何とかしてくれる」


 自慢ではないが、この数ヶ月で様々な逆境を超えてきたのだ。

 きっとこの事も、何とかなる。

 言い切れはしないけどそんな予感がする。


「だから、結衣になんて伝えるか決めとけよ。中途半端だと成仏出来ないぞ」

『言われなくても分かってるよぉ ……ほら電車きたよ』


 悠未の言葉の通り、遠くから、ライトが眩い光を放ちながら暗闇を掻き分けて電車がやってくる。

 定刻通りやってきた電車は、僕一人と幽霊一人しか居ない駅へと停車した。

 そして、中に入った僕と悠未を乗せて、次の駅へと向けてゆっくりと走り出した。


 続く






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