#26 『予感』

 月曜日の午前六時半。

 まだ眠い目を擦りながらリビングへと向かうと、一足先に由希は起きていた。

 とはいえ、僕と同じくまだ眠そうでうつらうつらとしている。

 今日は僕も由希も学校がある、眠いのを我慢をしながら簡単に朝食を作り、口に運ぶ。


「そういえば来週 お母さんが帰ってくるって昨日言ってました」

「マジか 僕にはなんの連絡も来てないけど」

「伝えてね って言ってました」

「了解、 後、今日から文化祭の用意があって帰るの少し遅れるから」

「了解です!出来る妹の私にお留守番は任せてください!」


 由希は無い胸を張る。

 そう、今日から多くの生徒が待ち望んでいるであろう文化祭の用意が始まる。ただ、僕はそこまで待ち望んでいる訳では無い。高校を過ごす中で避けて通れない行事の一つだと思っている。

 去年は出店を出したが、今年は何をやるのだろうか。


 それから皿洗いや支度を済ませ、由希より少し早く家を出る。

「行ってらっしゃい、お兄ちゃん!」という一言共に手を振る妹を見送られて家を出ると、歩いて数十分で駅へと到着した。


「おはよう隼人」

「おはよ冬葵」


 今日もいつもの様に、電車を待っている僕の隣へと冬葵がやってくる。


「昨日のニュース見たか」

「ニュース?」

「夏希ちゃんだよ、芸能活動休止するんだってよ」

「ああ、結衣から聞いた」


 夏希を襲ったストーカー騒動。

 僕と冬葵の二人で襲われそうになった夏希を守り、肝心の犯人の男は警察に捕まったらしいが、夏希はその影響で芸能活動休止と自宅の引越しをする羽目になったらしくハッピーエンドとは言えない、なんとももどかしい結末に終わった。

 人気絶好調中のこの騒動は相当なもので、冬葵によると、どのメディアもトップニュースレベルで扱っているらしい。


「ったくあの犯人の野郎! 次 夏希ちゃんを傷付けようとしたら許さねえ!」

「お前……彼女と山下夏希どっちが好きなんだよ」

「そりゃ彼女に決まってんだろ」


 簡単に言い切る冬葵がどこか腹立たしい。

 その割にはしょっちゅう喧嘩をしている気がするが、喧嘩するほど仲がいいという事だろう と自分の中で納得し、やって来た電車へと乗り込んだ。


「なぁ隼人」

「今度は何だよ」


 今日もやはり座席には座れず、並んで吊り革に捕まっている状態で冬葵が口を開く。


「お前どうやって夏希ちゃんと知り合ったんだよ」

「結衣の幼なじみなんだってよ。 ライブ連れていかれた時に紹介してもらった」

「最近女子と仲良くなること多いな隼人」

「そうか?」


 出会って仲良くなる女子の殆どに"見えない物が見えている"という共通点がある ということは口が裂けても言えない。そもそも冬葵は信じないだろう、僕に幽霊が見えているなんて。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 午前の授業が終わり、昼休みになる。

 今日も向かうのは結衣が居るであろう図書室。

 別棟にある図書室へと向かう為に廊下を歩いていると、真向かいから瑠香が現れ、こちらに気づくと共に駆け寄ってくる。


「ちょうど良かったです先輩!」

「瑠香、どうした?」

「ちょっと待ってて貰えますか?」

「別にいいけど……」


 了承すると共に、瑠香は僕を残して去っていくと、一分後に同級生を連れて戻ってきた。

 連れてきた同級生は何やら紙らしい何かを持っている様子だ。


「この子が先輩にお願いがあるらしいんです」

「あ、あのっ 上坂先輩ですよね?」

「そうだけど……」


 何やら緊張した様子の女子生徒が僕の前へとやってくると、両手に持った手紙らしき何かを僕へと手渡す。


「これ、お願いします!」

「手紙?」

「は、はい……」


 渡された手紙をひっくり返すと、『赤城先輩』と書かれてある。

 つまるところ、これは僕へではなく冬葵に向けた物。どうやら直接渡すのは恥ずかしいので、冬葵と仲がいい僕から渡して欲しいらしい。


「了解、渡しとくよ」

「おっお願いしまああす!」


 恥ずかしさが勝ったのか、女子生徒は逃げるように去っていく。


「お時間とらせてすみません!先輩ありがとうございました! ちょっと、美優ちゃん!」


 瑠香もまた、逃げるように去っていった女子生徒を追いかけて去っていった。

 目的は変更。図書室へと向かおうと思ったが、まずはこの手紙を冬葵に届ける事にして、回れ右をして教室へと戻る事に。

 二年の教室がある階へと戻り、冬葵がいる2-4の教室を訪ねてみると、ちょうど冬葵は食事を終えた頃だった。


「冬葵、お届け物だ」

「隼人!ちょっと待ってて!」


 何やら片付けをしてから廊下へと出てきた冬葵へと、手紙を渡す。


「ごめん、隼人の事は好きだけど俺が好きなのは……」

「馬鹿か、1年の女子からだ」

「何だよ隼人からかと思った」

 冬葵は笑いながら、僕から渡された手紙を受け取る。

「直接渡せないなら、住所書いて切手はって郵便局経由でもいいと思わないか?」

「でもそんな事言いながらも隼人きちんと渡すんだろ? で、なになに……」

 冬葵は手渡された手紙を黙読で読み始める。

「ボタン一つでメッセージが送れる時代にラブレターなんて珍しいよな、僕達が小学生の時は逆にこれが基本だったけど」

「隼人がよくこうして俺宛のラブレター届けてくれたっけ?」

「懐かしい、思い出したくない記憶思い出したわ」


 そう言えば小学生の頃にもこの様なことがあった気がした。それも結構な頻度で。

 そのせいで冬葵に『隼人まるで郵便配達員だな!』なんてからかわれた事があったのを思い出す。


「なぁ隼人、手紙くれた子の顔覚えてるか?」

「返事書くから渡してくれって言うんだろ、昔から律儀な奴だよな。 どうせ相手も"無理だ"ってのは分かってるだろうに」

「勇気出して手紙くれたのに、返事も何も無いのは失礼だろ?」

「はー……正論過ぎて返す言葉もない 本当に変な所まで男前で腹立つなお前」

「隼人に褒められるとか、こりゃ明日雨でも降るな

 ま、とにかく頼むよ 」

「今度は瑠香経由で頼んどくわ じゃ、僕はこれで」

「おう、わざわざありがとうな隼人」


 冬葵に別れを告げ、僕は今度こそ図書室へと向かう事にした。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「入るぞ」


 図書室へと到着した僕は、引き戸を開け中に入り、そう言うと共に近くの椅子に座る。

 斜め前にはやはり結衣が。今日も自前か、はたまた図書室の物か分からないが小説を静かに読んでいた。


「お前ずっと本読んでるけど、面白いの?」

「面白いよ、それに読んでる間 視線は活字の方に向くから誰とも目を合わせなくていい」

「大変そうだなお前」

「そういう上坂こそ、あれから幽霊には会ったの?」

「いや、昨日も近くを彷徨いてみたけど居なかった」


 日曜日の昨日、バイトは休みだったが悠未に会うために街の方をブラついて見たが成果は無し。

 色々と聞きたいことはあったが、居ないのであれば仕方はない。


「ま、元々夢乃原出身って言ってたし どっかで会えるだろ」

「最近の上坂、毎月何かしらに悩まされてるね いい気味だ」

「お前な……」

「そうだ、今週の文化祭 私のクラスには絶対来ないで」


 思い出したかの様に、結衣はそう口にする。


「理由は?」

「来て欲しくないから」

「そんなに僕と友達と思われるのが嫌なのかー 傷つくわー」

「そういうわけじゃないけど……とにかく」

「何するんだよお前のクラス」

「言いたくない 上坂は」

「僕らは今年も出店だ、たこ焼きとか焼きそばとか出すんだと」


 他人事の様に語る僕だが、実際、僕が知らない間にクラスでそう纏まっていた。クラスから孤立していると、こういう風に知らない間に意見が出ていたりするので困る。


「ま、当日楽しみにしとくわ」

「話聞いてた?」

「そもそもお前が何かしてる時間と僕がフリーな時間が被るとは決まってないだろ」

「そうだけど……」


 それでも結衣は心配そうな表情浮かべる。

 そんな顔するという事は余程見られたくないのだろう。



 ……ますます見たくなった、当日はサボってでも見に行こう。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 そんなこんなで日々が過ぎていった。

 毎日の様に放課後行われた文化祭に向けた用意も終盤、遂に前日準備となり校内も更に騒がしくなる。

 和気あいあいとした雰囲気の中、死んだ目をしながら屋台を組み立てていた僕は、クラスの同級生から『体育館裏の倉庫にあるテントを持ってきて』という司令を受けてとぼとぼ歩いていた。

 正直言って帰りたい。

 朝早くから始まった前日用意だが、想像以上の進行の遅さに休憩返上で行われている。せっかく人目の少なそうな場所へと行くので密かにサボるつもりだ。


 体育館裏倉庫へと到着した僕は、とりあえず壁にもたれる様に腰を下ろした。

 周囲に人は居ない。サボりには絶好のチャンス。

 大きな溜息を一つつきながら俯いていると、突然、横に人の気配がした。

 まさか先客が居たか、僕は恐る恐る横を見ると……


「お前……」

『隼人 サボってるの?』


 そう笑顔で聞いてくるのは、訳あり幽霊 園崎悠未だ。

 姿を見るのは、同じようにバイトをサボっていた時以来なので、おおよそ一週間前振り。


「なんでここに?」

『隼人に会いたくて』

「僕?」

『うん、私決めたんだ 自分の気持ちに決着を付けるって』


 "自分の気持ちに決着を付ける"

 つまりそれは、悠未が自ら消える事を望んでいる事を現す。この一週間、ろくに姿を現さなかったのも自分なりに悩んでいたからなのかもしれない。

 そう考える僕を他所に、悠未は真剣な顔をしてこう語った。


『隼人、力を貸して。』





『隼人もよく知ってる "上野結衣ちゃんに別れを告げる"事に』




 続く。













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