#25 『やり残した事』

 夏希からのSOSから数日が経った。

 月日は進み、十月も中旬に。

 体育祭のノリで誕生したカップルの仲が冷めきって別れ話が多くなるこの時期……この日、開店からバイトに勤しむ僕は店の前の掃除を頼まれ、無気力ながらも箒でゴミを巾いていた。

 枯れ落ちた葉っぱを巾いては集め、用意したゴミ袋へと詰めていると、『お兄ちゃん!』と活発な幼い女の子で呼ばれた気がした。

 背後を振り返る、そこにはニコニコした訳あり幽霊幼女 園崎悠未の姿があった。


「久しぶりだな」

『お兄ちゃん何してんの?』

「見て分かるだろ、バイト」

『あっ!そう言えばここで働いてるって言ってたね』

「で、お前は?」

『私は散歩! ねえ、お兄ちゃん暇ならお話しようよ!』

「ん……まぁいいよ」


 今日は客足もそこまで無い、現に暇だからこうして掃除を命じられたのだ、少しくらいサボっても影響はないだろう。

 そう考え、僕は持っていた箒と口を縛ったゴミ袋を店の裏へと置くと、ほんの少し離れた場所にある公園へと向かい、ベンチに悠未と共に並んで座った。


『そう言えばお兄ちゃんって何歳なの?』


 開口一番、悠未は僕の年齢を聞いてくる。

 確かに名前やバイト先は言った気がするが、そこまでの自己紹介はしたつもりはなかった。


「十七 お前は?あっ、生きてたらな」

『奇遇だね、私も十七だよ じゃあ同い歳なんだ!』


 別に見た目が幼いのに同い歳という事に驚く事はない、何故なら僕は既に似たような人間に出会っているからだ。

 あっちは大人になる事を望んだ結果、成長した姿で僕の前へと現れたが、悠未の場合は今の姿を望んでいるのだと、脳内で勝手に結論付ける。


『でも同い歳ならお兄ちゃんはおかしいな…… そうだ、今日から隼人って呼ぶね!』

「呼び方は別に好きにしろ それより、お前に聞きたいことがあるんだよ」

『何?』

「お前が本当に幽霊だとして、何かやり残した事があるからこうして成仏せずに残ってんだろ?」

『……どうしてそう思うの?』

「僕の姉ちゃんがそうだった」


 脳裏に、夏休みのあの出来事が過ぎる。

 一生忘れられない、夏の夜の出来事。


『隼人のお姉ちゃんも、私と同じだったの?』

「ああ、"成長した弟と花火が観たい" それが僕の姉ちゃんの願いだった」

『だった…… って事は』

「ああ叶えたよ、それで満足そうに消えてった。 姉ちゃんが幽霊だって気付いたの、実はお前のお陰何だよ」

『私が?何かしたっけ?』


 梨花と共に朝陽市へと向かった際、初めて出会った悠未に掛けられたあの言葉。


『お兄ちゃんには、私が見えるの?』


 あの一言により、僕の"見えている"物に確信がついたのだ、疑惑だったものを確信に変えたのは間違いなくあの日の悠未の一言だった。


「で、お前は何をやり残したんだ? 別に話したくないなら言わなくていいけど」


僕の言葉を聞いて、悠未は下を俯いた。

言うか言うまいか悩んでいるのだろうか、しかし数秒の沈黙の果てに口を開いた。


『……私は お別れが言いたいの』

「母親にか?」

『ううん、友達に……』


「上坂」


 突然背後から名前を呼ばれ、驚きながらも咄嗟に振り返る。

 そこに居たのは僕の友人No3事 上野結衣。


「びっくりした!店長かと思うだろ!」

「やっぱりここでサボり? バイト制服着てるのに意外と大胆にサボるんだね」

「お前こそこんな所にどうした?」

「今日なら上坂がバイトしてると思って、お昼ご飯食べに来た途中に上坂らしき人間がサボってるの見つけたから 投書に送ってもいい?」

「やめろ、やめてください」

「というか、上坂こそこんな所で一人で何してんの?」

「何って、コイツの話…… って居ねえ」

「……? やっぱり遂に頭おかしくなった?」


 辺りを見回しても、隣に居たはずの悠未の姿がない。

 幽霊とは唐突に消えるものらしい、春奈もよく唐突に消えていた。


「まぁいいや、店戻るから 結衣も来いよ」

「うん」


 ベンチから立ち上がり、僕は大きな伸びをひとつしてから店の方へと戻る。

 唐突に消えた悠未も、そして『やり残した事』についても気になるが一旦考えるのは止め、バイトに切り替える事にした。


『結衣ちゃん……』


店へと向かって歩き出した時、そう呟いた悠未の声がした気がした。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「おう隼人、掃除お疲れ様。早速で悪いけど客応対頼むよ」

「了解です」


 店に戻ると店長にホール対応を任され、早速向かうと共に結衣が来店した。

 空いている席へと結衣を案内し、注文を聴く。


「じゃあ、このミートソースパスタで あとドリンクバーを一つ」

「ミートソースパスタとドリンクバーを一つですね」

「なんか上坂が敬語で私に話してるの面白いし、悪い気がしないね」

「僕だって嫌々だよ…… それでは少々お待ち下さい」


 そうして、色んな人へと応対をしていく内に時間は経ち、待ち望んだ退勤の時間がやって来る。

 服を着替え、制服をロッカーに仕舞い、『お疲れ様でした』と挨拶をしながら裏口の方から出ると、僕が出て来るのを結衣が待っていた。


「別に先に帰ってもよかったのに」

「家に帰ってもする事ないし暇だから」

「まぁいいけど 帰ろうぜ」


 僕は結衣と並んで、並木道を歩く。

 数ヶ月前まで綺麗な緑色に色付いてた葉は色を変え、ヒラヒラと風に揺られては散っていく。

 吹く風も少しヒンヤリとして、まもなく冬が来るのを知らせていた。


「夏希の事、ありがとう」

「別に、感謝なら僕だけじゃなく冬葵にも頼む」

「あの後夏希から何か聞いた?」

「いや、連絡もしてないけど なんかあった?」

「芸能活動休止するんだって、昨日連絡があった」

「マジかよ!? まぁあんな事があればなあ……」


 あの後 男は警察に捕まり、所持品からナイフが見つかり連行されたらしい。

 男は、夏希から相談を受けた運営から接近禁止令を告げられたが、結局夏希一家は安全の為に引っ越す事になった様だ。


「アイドル辞めるのか」

「悩んでるって」

「まぁ辞める 辞めないはアイツが決めることだし、僕達に出来る事はないだろ」

「それより上坂、今日誰と話してたの? また幽霊?」

「ん……まぁな やり残した事聞いたら『友達に別れを言いたい』から現世に留まってるんだと」

「今回も叶えてあげるの?」

「本人が望むならな、でも今回ばかりは無理だろ 条件の前提として別れを告げたい人間にも姿が見えないとなんだから」

「確かに厳しいかも」

「だろ?」

「でも無理とは言いきれない」

「いや、無理だろ」

「でも上坂は見たんでしょ、神崎さんの未来」

「まぁ、そう言えば……」


 一か月前、神崎瑠香を襲った最悪の未来。

 その未来を変えるべく、僕は瑠香の提案で一つ屋根の下で暮らしていたのだが、『夢を介して未来が見える』力によって魘されていた瑠香へと触れた際に、僕も瑠香が見た未来を見た。

 結衣が言うに、これは共鳴と言う物らしい。


「まぁ、どうするかはアイツ次第だからな 望むなら手助けはする」

「本当にお人好しだね 上坂は」


 突然、結衣の歩みが止まった。

 確かここは結衣の家の近く、どうやら結衣とはここでお別れらしい。


「私 家こっちだから またね上坂」

「おう また学校でな」


 自宅へと向けて歩いてく結衣へと、見ていないと分かっていながらも手を振る。

 ふと、このまま着いて行って結衣の家がどんな風か見てみるか という悪い考えが浮かんだりもしたが、行動に移すことなく妹の待っている自宅へと急いだ。




 続く











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