#24『冬葵へのSOS』
冬葵に連絡してから数十分が経った頃、机に置いていた僕のスマホが鳴った。
着信……相手は冬葵、恐らく駅に着いたのだろう。
「もしもし?」
『駅に着いたけど隼人どこ?』
「近くの喫茶店の中に居る」
『……ああ あそこか 着いたらなんの用事か絶対教えろよ』
「勿論だ」
電話を切り、再びスマホを机に置く。
そうして、ちらっと喫茶店の中から外の様子を見た。
一目散にこちらへと向かってくる冬葵の姿と、相変わらず夏希を探しているのかキョロキョロしている謎の男。とっくの昔に帰ってもおかしくないのに相当な執着さだ、余程の夏希のファンなのだろうか。
数秒間を置いて、カラン という来店を知らせる音と共に、店内に冬葵が入ってくる。
僕は席から少し立ち上がり、冬葵へと合図をすると、向こうも僕に気付いたのかこちらへとやって来て、僕の隣へと座った。
「……誰?」
帽子とサングラスをした如何にも怪しい少女を前に、冬葵は僕へと問いかける。
「こいつの正体言って、声上げないって誓うか?」
「……まぁ誓うけど」
「山下夏希」
僕が夏希の紹介をしようとする前に、夏希は自らの名を名乗った。
「山下……夏希…… ってえ(ガバッ」
驚いて大声を上げようとする冬葵の口を、僕は咄嗟に手で塞いだ。
声を上げたくなるのも無理はない、冬葵は5☆STARSのファンなのだ。それも夏希の。
憧れの人がまさか目の前に居るとなると声を上げたくなる気持ちも分からないではないが、ここで夏希の正体がバレるとなると色々と厄介になる。
既に周囲や店員から怪訝な視線を送られてはいるが、冬葵なんとか落ち着かせてから、本題へと入った。
「もしかして隼人が俺を呼んだのって、夏希ちゃんと会わせたいからか?」
「じゃなくて一緒にストーカーを止めて欲しいんだよ」
「ストーカー?」
僕は冬葵へと、今 夏希が置かれている状況を説明した。
毎日の様に学校帰りなどに後ろを尾けられている事等や、夏希の口からも相手がどんな人間か語られた。
初めて聞く話もチラホラあったが、どうやら中々に厄介なファンらしい。
「で、隼人達はストーカーを辞めさせたいって事か」
「話が通じる相手ならな 揉み合いになったりするのはもう勘弁」
「隼人が言うと説得力あるな〜」
僕の肩を軽く叩いて笑いながら冬葵は言う。
僕からすればあの出来事は笑い事では無いが……。
その後もどうやってそのストーカー(仮)に接近するか話し合い、結論が纏まった所で店を出た。
後はこの策が吉と出るか凶と出るか……。そこら辺は神のみぞ知る……と言った所だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
喫茶店を出たのは十八時半を過ぎた頃、街灯の灯りが眩しく感じる程に辺りが暗くなり始めた具合い。
そんな状況で、夏希は一人で家の方角へと歩き始める。
変装用のサングラスは外し、帽子も取った状態。まさに"気づいてくれ"と言わんばかりの姿で歩き始める夏希の背後を、やはりストーカー(仮)の男は後を追うようにして歩き始め、そんな男の後ろから僕と冬葵も追いかける。
作戦は一つ。無防備に歩く夏希に何かをしようとする男へと接近してストーカーを辞めるように促す。
作戦はこれしかない。
「あんぱんと牛乳欲しくなるよな〜」
「何言ってんだお前……」
なんて会話もありながら歩き始めて十分経った頃、男の歩みが気持ち少し早くなると共に夏希へと距離を縮めていく。
あと十メートル……五メートル……三……二……
次第に縮まってく二人の距離を見ながら、僕達二人の足も自然と早くなる。
そして、男がついに夏希へと話しかけた。
「あ……あの5☆STARSの山下夏希さんですよね?」
「え?は、はい」
「お、俺ずっとファンで!握手してもらっていいですか!?」
「はい!どうぞ!」
握手を求める男へと、アイドルモードになった夏希が快く応える。流石は"神対応アイドル"だ、相手にストーカー疑惑があってもファンサは欠かさない。
この感じならタダのファン(付き纏いは別として)だが、何だか夏希の様子がおかしい。動作ではない、顔がだ。僕から見ればどうにも怯えているように見える。
「なぁ、なんか顔が怯えてるよな」
「……暗くてよく見えないけど確かに」
夏希にはある隠し事ある、僕と結衣しか知らない隠し事。
それは"相手の心が読める"目を持つ事。
恐らく夏希が怯えているのは、男が考えている事を呼んだから。
「冬葵、もしかしたら不味いかもしれない」
「なんで分かるんだ?」
「そんな予感がするから!行くぞ!」
「ちょ!隼人!」
男と夏希の元へと、嫌な予感を感じた僕は急いで駆け寄り、冬葵が後を追うように走る。
「お、俺…… 実は少し前から夏希ちゃんの事 ストーキングしてたって言うか…… 通ってる学校も、帰りに何処を通るのかも……全部知ってる…… あとは家だけ知らないんだ、だからさ…… 教えてよ 夏希ちゃんの事もっと…… 他のファンが知らないような事も全部……!」
男はポケットからある物を取り出して、夏希へと見せつけた。
"ソレ"が何かは暗くてよく見えないが、危ない物だという事は、完全に怯えきった夏希の表情から分かった。
「い、嫌だ……!」
「怯えないでよ……夏希ちゃん 」
後ずさる夏希へと、男は一歩、また一歩と歩み寄る。
街灯の明かりで、男の手に握られている物がキラリと光った。その瞬間に嫌な記憶がフラッシュバックする。
数週間前に起こった嫌な出来事。全身を走る嫌な感じを振り切りながら……
「させるかああああああああぁぁぁ!!!!!」
と大きな声を上げ、右脚で思いっきり踏み込んで飛び上がると、勢いのまま両足を前に出して男へと蹴りを入れる。
人生で初めて放つドロップキック。
僕が放ったソレは、男の身体へと物の見事に命中し、大きな身体を弾き飛ばす。
「大丈夫!?夏希ちゃん!?」
冬葵は夏希の元へと駆け寄り、無事を確認。
危害が加わる前だったのでどうやら無事な様子。目の前では、僕の蹴りをまともに食らった男が何とか立ち上がり、声を上げる。
「な、なんなんだよお前!?」
「何だよって、決まってんだろただの友達だ!」
「ふざけんな…… 何が友達だ!人を蹴って正気かよ!?」
「折りたたみナイフで、夏希を襲おうとしたお前よりかは幾分か正気のつもりだよ」
男は僕の言葉にハッとして、持っていた折りたたみナイフをサッと自らの背後に隠す。
「舐めんなよこのガキが……!」
「やる気か……?」
男の態度が更に高圧的になる。相手は凶器を持っている、これ以上の挑発はこちらが不利になりかねない。
ならば……、僕は大きく息を吸い込むと……
「すいませーん!!!誰かー!! この人ナイフ持ってまああああす!!!!」
と、周囲に聴こえる声の大きさで叫んだ。
突然の行動に、男も面を食らった様子。
「誰かー!!!!」
「襲われました!!!助けてー!!!!」
僕に続く様に、夏希と冬葵も声を上げて叫ぶ。
「やっ!やめろお前ら!」
「誰かー!!!」
人通りが少ない場所とは言え、僕達の声に釣られて何処からか人が集まってくる。会社帰りのスーツ姿のサラリーマンやOL、学生なんかもやって来た。
更には、運がいい事に自転車で巡回中の警察の姿まで。
「お前ら!おっ、覚えてろ!」
「おい待て!」
分が悪いと思ったのか、逃げ出す男の後を追うように警察が自転車で追いかける。
ただでさえ逃げ足は遅そうなのに、相手は自転車となると捕まるのも時間の問題だろう。
何とか難を逃れ、疲れきった僕はその場に座り込む。
「お疲れ隼人」
「お前もわざわざ来てくれてありがとうな、冬葵」
お互いにお互いを労い、僕らは笑いながらハイタッチをして、この騒動を締めくくった。
続く
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