#23『夏希からのSOS』

 まもなく、時刻は午後十七時を回ろうとしていた。

 いつものこの時間帯は、バイトがない限りは妹の由希と共に夕食の用意をしている頃だろう。

 今日はバイトのシフトを入れていない上、夕飯の買い物はとっくに終わらせているので、本来なら外に出る用事は無いのだが、数十分前に届いた『人の心が読めるアイドル』事、夏希から届いたメッセージを見て、僕は一心不乱に駅に向かっていた。

『今大丈夫?たすけて』

 その本文と共に、いま夏希が居るであろう現在地が送られて来た。一体何があったのかは分からないが、中々にヤバそうな雰囲気がしたのでこうして急いで駅に向かっている次第だ。


 運良く、目的地方面へと向かう電車が、僕が駅に辿り着いた二分後に到着した。

 今から向かう目的地は隣街の朝陽市。数日前に結衣と共に行った場所、そして、初めて夏希と出会った場所でもある。

 電車に揺られている間に、由希には先にご飯を食べるように伝え、夏希には 何かあったらすぐ連絡するように とだけ送った。

 直後、由希からはすぐ返信が来たが、夏希は数分経っても既読すら付かないまま。

 一体どんなトラブルに巻き込まれたのか。

 アイドルで、それにココ最近はテレビでも見る様になったので、考えてみればトラブルには幾分か巻き込まれやすそうではある。厄介なファンの一人や二人は居てもそう驚かない。

 そんな事を考えている内に電車は朝陽市に到着。

 時刻は十八時を回りそうだ、急いで電車を降り、改札を抜けてから駅前のロータリーに出ると、ズボンのポケットに入れていたスマホが鳴った。

 電話の相手は……夏希だ。


「もしもし?」

『……あっ、上坂隼人?』

「ああ上坂隼人だ 駅に着いたけど何があった?」

『私も今 駅の近くにいる あっ』


 何かに気付いた様子を見せた直後に通話が切れる。

 僕は咄嗟にスマホを見る。アンテナは四本立っているし電波は悪くない筈だ。

 すると後ろから肩を叩かれ、僕が振り返った先には深く被った帽子にサングラスとマスク姿の見覚えのある変装をした夏希が立っていた。


「ごめん、こんな時間にわざわざ呼んで」

「そりゃあんなメッセージ飛んできたら来るだろ で、何用」

「ここじゃなんだから、一度別の場所に行こ」


 夏希の提案に乗り、僕らは近くにあった駅前の喫茶店へと入る事に。

 入るやいなや、奥の席へと案内され、椅子に座った僕らはオレンジジュースを二つ頼み、それは直ぐにやってきた。

 付いてきたストローを指し、一口で半分近く飲んでから早速本題に入る。時間も時間だ、ダラダラと世間話をしながら過ごす時間はない。家には由希が待っているし、僕もまだ夕飯を一口も食べていないのでお腹が空いている。用件はさっさと済ませたい。


「で、そろそろ話してもらおうか 僕を呼んだ理由」

「……最近、帰り道に誰かにつけられてるの」


 夏希を悩ませ、僕にわざわざ助けを求める理由は、夏希に付き纏っているであろうストーカーの事だった。何となく、想像は出来ていた物だ。


「帰り道って何処の」

「劇場終わりとか 学校帰りとか 最初は気の所為だと思ってたけど、最近似たような顔した人がよく後ろを着いてきてて」

「パパラッチって説は?」

「それはないと思う、よくライブで見る顔だし……」

「なら、僕じゃなくて運営とか警察に言えよ 出禁にするとかさ」

「逆上されて襲われたりしたら、嫌じゃん それにまだストーカーとは決まってないしさ……」

「……まぁ確かに」


 とはいえ、僕に出来る事はそう無いと思う。

 魔法が使えるわけでもなければ、腕っ節が強い訳でも無い。精々人より違う事は『見えない物が見える』事だけ。それも、幽霊が見えるだけだ。

 この状況をどうにか出来る力は無い。


「なんで、僕なんだ?」

「この前の動画は私も見た。」

「……あー、アレね」


 夏希の言う動画とは、恐らく僕が刺されている奴だろう。

 アレは相当拡散されているらしく、あの事件から数週間経った今でも、『アイツ動画の奴じゃね?』というヒソヒソ話と共に、電車や駅なんかで好機の視線を感じる程。あの一件以来、ますます生活しにくくなった様に感じる。


「正直カッコいいと思った、ナイフ持った人間に立ち向かえる人なんて滅多に居ないし」

「あの時はどうかしてたからな、それに"ああなる未来は知っていた"。」


 あの時の僕は、瑠香が見た未来を僕も見たので何が起こるか分かっていたのだ、だからこそ立ち向かえた。もし今同じ状況になっても、間違いなく僕は真っ先に逃げると思う。


「で、ナイフ持った人間に立ち向かえるならストーカーも撃退してくれるかも ってか?」

「……そう」


 バツが悪そうに夏希は首を縦に振る。

 ナイフを持った不審者の次は、アイドルに付き纏うストーカー……。

 瑠香の時よりかは余っ程マシだが、ストーカーが何かしらの凶器を持っていないとは限らない。

 故に正直、気が乗らない。

 これ以上危ない目に合うのは避けたいという気持ちが強いのだ。そう思わせるのは、あの一件で自分が取った行動で(結果的には無事だったとは言え)結衣や瑠香や梨花を泣かせたから。もうあんな表情をさせたくない。

 とはいえ、目の前に居る助けを求める人間を突き放す事は出来ない。したくない。


「はー……分かった、だけど僕に出来ることなんて無いだろ」

「あるよ、一つ。」

「なんだよ」

「しばらくの間、私と一緒に帰って欲しい」


 真剣な眼差しで、夏希は僕を見ながらそう言った。


「嫌だ」

「何で〜!?」

「あのなぁ…… 僕の家は夢乃原市の方だぞ? お前、この辺だろ?真反対じゃないか」

「そうだけどぉ…… 怖いんだもん……」

「ていうか、お前そのストーカー(仮)に追われて僕に連絡したんだろ? ソイツは何処なんだよ」

「安心して、ここに来るまでにちゃんと撒いたから!」

「信用できねー……」


 そう言いながら僕は、ふと、視線を窓の方にやる。

 視線の先には夕刻の駅前を行き交う人達の波、そして、何やら執拗にチラチラとこちらを見てくる如何にもな黒い帽子の男が目に入った。


「ストーカーの服装ってさ、黒い帽子か」

「え?なんで分かるの!?」

「馬鹿、さっきからこっちの事見てんだよ……! 撒くの失敗してるじゃないか」

「えぇーっ!?」


 僕の言葉に釣られ、夏希もチラリと視線を窓からの景色へと移す。

 その直後に、『ほんとだ』という一言と共に頭を抱えた。

 救いがあるとすれば、まだ完全に見つけきれてないという事だろう。


「変装セット、もう一種類ないのか?」

「そんなに用意してないよ〜…… どうする?」

「取っ組み合いになったとしても、僕じゃ勝てなさそうだな……」


 ストーカーらしき人物は横にデカい。つまり、少々太っており、仮に揉み合いになった場合に、細身の僕が真正面から立ち向かっても勝てる確率は相当な低さだと感じる。


「お手上げだな、救援頼むか……」


 僕はスマホを取りだし、電話帳を開くと、世界一頼りになる親友事、『赤城冬葵』へと電話を掛けた。


「頼むぞ冬葵……あとはお前が頼りだ……」


 コール音が鳴る。3コール目が鳴った所で、呼び出しから通話に変わった。


『隼人〜?』

「ああ、僕だ 暇か?」

『いま部活終わりだけど、何だよ?』

「お前、ちょっと前に僕が困ってるなら手を貸すって言ってくれたよな?」

『え?あぁ〜まぁ言ったけど 困り事か?』

「まぁな、頼むから朝陽市駅前の喫茶店に急いで来てくれ」

『了解、待っとけ』


「やっぱ持つべきは困った時に助けてくれる仲間だよな」

「はぁ?」

「喜べ、助けが来る」

「本当!?」

「ああ、僕がこの世で一番信頼してる奴だ」


 後は冬葵、お前が頼りだ……!




続く





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