#22 『記憶の断片にあるもの』

 昔の夢を見た。

 昔と言っても、それほど昔ではなくて、凡そ二年か三年程前。

 そう結論付けられる理由としては、夢の中の僕が、中学生の時に着ていた制服を纏っているからだと思う。

 この頃の僕は輪にかけて友人が居らず、梨花と冬葵しか友人と呼べる人間が居なかった。

 そんな僕はクラスでも浮いた存在で、『居てもいなくても変わらない』空気みたいな存在だったと思う。そしてそれは、高校生となった今でも変わっていない。


 とはいえ、だからと言って僕はそれを重く見ている訳ではないし、何なら 気が楽だ とも思う。

 僕にとって、現代社会の友人付き合いというものは厄介で面倒な物に思えるからだ。

 皆が皆、僕が冬葵や梨花、結衣と築く関係の様に、気にせず軽口を叩きあえるという友人……という訳では無い。この子はクラスのリーダー格だから仲良くしよう……、怒らせると面倒だしそれならグループの友人として居よう…… なんて考えの下、表面的な友人関係を築いている人間だっている。


 だからこそ、その関係は脆く、いとも容易く簡単に壊れる。昨日まで仲がいいグループだった人間が、(僕からしたら)しょうもない理由でハブられ、孤立する様を僕は何度も見てきた。そんな息苦しい関係で友人をするなら、まだ少ない友人とバカ言い合う方が余っ程マシだ。


 そんな事を思いながら、校舎を歩いていると、背後から『上坂君』と、聞き覚えのない透明感のある声で呼び掛けられた。

 思わず止まる足。記憶の中で、僕の事を『上坂君』と呼ぶ人間は居ない。中学・高校関わらず、殆どのクラスの女子からは『上坂』と呼び捨てにされているし、それにこの声を僕は知らない。故に振り返らずとも誰かが認識出来ない。

 見れば誰か思い出すかも……。そう思い、僕は意を決して振り返った。振り返った先に居たのは、長い髪を後ろで纏めた活発そうな女の子。

 けれども、顔を見ても僕の脳は少女の名前を導き出さなかった。

 "知らない"。目の前の彼女の名前を。

 だけど、断片的に彼女の事を覚えている。遡った記憶の中に、僅かに彼女の笑顔がある。


「君は……?」


『忘れちゃった? 私は……』



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 身体が大きく揺さぶられる。

 我に返り、起き上がると、目の前には言いたい事をグッと堪えて我慢している様な表情をしている国語の担当教師が、机に突っ伏していた僕を見下ろしていた。

 置かれている状況を把握する為に辺りを見渡すと、笑いを堪える様子をした生徒が数人、その中には梨花も居る。


「上坂、悪かったなぁ 眠たくなるような退屈な授業で」


 今にも怒りだしそうな声色で、教師は言う。

 ……そうか夢か。未だに眠い目を擦ろうとする手をグッと堪え、


「おはようございます、先生」


 と、寝起き一番、とりあえずそれらしい言葉を返した。

 そんな僕の言葉を聞いて、耐えきれず吹き出す生徒が居た。この声は多分梨花。そしてそれに釣られて周りの生徒も笑い出す。

 最初こそ、今にでも怒りだしそうな雰囲気の先生だったが、クラスの空気が変わり、 もうどうでもいい という表情を浮かべ、『次授業で寝たら今度の中間考査はとびきり難しい問題にするからな』という脅しを一つしてから授業に戻る。一番前にある僕の席の背後からは『えー!』『上坂のせいじゃん』という声が上がる。

 僕はそれを聞こえないフリをして、大きな欠伸を一つしてから、教科書を再び開いて再開した授業に戻る。その中で、先程の夢にでてきた少女が何度も脳裏にチラついた。


「(あれ、誰だっけ)」


 それから授業が終わるまでの三十五分間、どれだけ記憶を遡っても結局答えは出ないまま。

 思い出せそうで思い出せない、まるで味のないガムを噛み続けさせられている様な不快感の中、この日の僕は放課後を迎えた。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 放課後を迎え、学校に居続ける理由がない僕は教室を出る。

 掃除当番ではないし、誰かに呼び出された訳でもない。バイトも今日は無いし、部活は帰宅部なので家に帰るまでが部活だ。

 周りに目もくれず、駅へと向かい、二十分程電車に揺られてから自宅からの最寄り駅である夢乃原駅に到着すると、自主学習で使っているノートが無くなりそうだった事に気付き、本屋に寄って帰る事にした。

 道中、考える事はやはり夢に出てきたあの少女の事。

 どれだけ記憶を遡っても名前は出ないが、やはり顔は浮かぶ。とはいえ名前すら覚えていないという事は、大した関係でもないはずだ。それに中学時代に僕に話し掛けて来たのは冬葵と梨花しか居ないはず。

 思い出せない事を考え続けても仕方がないので、一旦忘れる事にして、駅から本屋に向けて歩き出した所で、


『あ、あの時のお兄ちゃん』


 と、何処からか聞き覚えのある声で呼び掛けられた。

 咄嗟に辺りを振り返る、周辺には『お兄ちゃん』と呼ばれそうな年齢の人間は僕だけ。目の前を歩いているジャージ姿のおじさんは流石に『お兄ちゃん』と呼ぶには年齢が行き過ぎている。

 だとすれば僕の事だろう、声のする方向へと身体ごと向けると、僕の後ろに居たのは数ヶ月前に朝陽市の駅で出会った、訳ありの幼い女の子だった。


「お前、あの時の……!」

『お兄ちゃんも迷子?』

「迷子……まぁ人生の迷子かもな」


 ははは と笑いながら、僕は女の子の目線に合うようにしゃがみ込む。女の子も釣られてどこか愉快そうに笑った。


「で、なんでここに居るんだ」

『なんでって、私ここら辺に住んで"た"の』


 "住んでた"。過去形なのは、女の子が既に命を落として居るからだと僕は分かっている。

 数ヶ月前、春奈と時を同じくして現れた二人目の僕にのみ可視できる幽霊。

 あの駅で出会った時は迷子とばかり思っていたが、実際の所は"迷子の幽霊"で、僕に掛けた『お兄ちゃんには私が見えるの?』の一言で、霊視が出来ると気づく切欠になった。


「じゃあ、なんであの日あそこに居たんだよ」

『お母さんを追い掛けたら迷子になって……』

「で、母親とは会えたか?」

『うん!お母さんは私の事見えないけど!』


 満面の笑みで少女は語る。

 でも、その少女の笑顔は僕にとっては胸が締め付けられるものだった。

『お母さんは私の事見えないけど』

 当然と言えば当然、幽霊が見える人間などこの世にそう多くはない。僕だって、そもそもは幽霊の存在に否定派だった。"見える様になる"までは。


『お兄ちゃんもここら辺の人なの?』

「まぁな、生まれも育ちも夢乃原 バイト先もあそこ」


 そう言って、僕が指さした先にはバイト先である駅前のファミリーレストランが建っている。

 店内を遠巻きから見る限り、今日は客足が少なそうな様子が伺える。


『そうなんだ!じゃあいつでも会えるね!』


 少女は笑顔で語る。

 確かに、僕は恐らく唯一少女が見える人間なので話相手くらいにはなれるだろう。


「確かにまた会いそうだし、自己紹介しとく 僕は上坂隼人 君は?」

『私? 園崎悠未!』


 少女の口から出た名前に、僕は何処か引っかかりを覚えた。

 誰かの口から聞いた様な……聞いてない様な名前、これまた思い出せそうで思い出せなくてもどかしい。


『あ!私帰らないと!』

「帰るって何処に?」

『お家に決まってるじゃん! じゃあばいばーい!人生の迷子のお兄ちゃん!』


 少女…… 悠未は笑いながらそう言うと、手を振ってその場から消えた。

 消えると言っても、花火大会の夜に春奈が消えた時の様な消え方では無い。単に透明になっていく様な感じ。


「あー……聞きたかった事あるような気がしたけど……いいか」


 少女とはまた何処かで会う。そんな気がして、微かに胸の中に浮かんでいた違和感は掻き消してから、僕は本屋に行く用事に戻った。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 本屋での用事と夕飯の買い物を済ませて自宅に戻ると、由希が一足先に戻っていた。

『おかえりのハグです!』と両手を広げる由希の横を素通りしてから、手洗いとうがいをして、自分の部屋に戻って服を着替える。

 その間、ドアの隙間から構って欲しいアピールを醸し出す由希の視線を感じとり、渋々頭を撫でると、満足したかのように由希は部屋から去っていく。


「これじゃ、まるで犬だな」


 笑いながらそんな事を零しながら、着替えを終えた僕はベッドへと腰掛けた。

 すると、机の上に置いていたスマホが振動した。珍しく誰かからのメッセージ…… そう思い、腰を下ろしていたベッドから立ち上がってスマホを開く。メッセージが届いたのは意外な人物からだった。


『今大丈夫? 助けて』


 それは、数日前に出来た友人、『人の心が読めるアイドル』事、山下夏希から僕に向けたSOSだった。





 続く。

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