第3章『君が一番したい事』

#21 『超能力アイドル 山下夏希』

『2020年 10月3日、僕はこの日『人の心が読めるアイドル』と出会った。 名前は山下夏希、彼女は​───────』


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 神崎瑠香と、最悪の未来を変えてから数週間が経った。

 月は九月から十月になり、季節は秋から冬になろうとしているこの頃。

 この日、アラームが鳴る五分前に目覚めた僕─上坂隼人は、目を覚まして早々、右腕に違和感を感じていた。

 違和感と言っても別に痛む訳では無い、ただ何故か重い。

 寝起きで朧気の頭でチラッと横を見ると、布団が見るからに膨らんでいる。

 僕はため息を一つ吐き、唯一自由な左手で、膨らんでいる布団を掴んで捲ってみると、そこには僕の右腕にしがみついたまま寝ている妹・由希の姿があった。

 上坂由希かみさかゆき、中学一年生の妹で心臓に病気を患っている。先月まで病院に入院していたのだが、つい一週間前に一時退院の許可が降り、自宅に帰ってきた。


「んにゃ…… あっ、おはようございますお兄ちゃん」


 寝起きでまだ眠そうに目を擦りながら、由希は軽くぺこりと頭を下げる。


「由希……もう中学生なんだから、兄の布団に潜り込むのは止めろ……」


 帰ってきてからというもの、毎日の様に僕の布団に潜りこんでは、朝、僕が起きると隣にいる。

 由希はもう中学生だ、いい加減兄離れをして欲しい。


「嫌です! 入院していた間に補給出来なかったお兄ちゃんパワーを補給するまで止めません!」

「なんだよお兄ちゃんパワーって……」


 十七年間生きてきて、初めて聞いたワードだ。


「という訳で、お兄ちゃん!ギュッってしてくださ〜い!」


 両手を広げ、抱きつこうとしてくる由希を、僕は間髪躱す。兄を舐めてもらっては困る、それにその行動は今日で七回目だ。

 僕に躱された事で、由希は虚空を抱きしめたまま枕にダイブ。その直後に顔を上げ、何処か不満気な顔をして口を尖らせて文句を垂れる。


「どうして ギュッ ってしてくれないんですか!?」

「兄妹だからに決まってるだろ……」

「なら、私!妹辞めます!」


 一体朝から何を言い出すのだろう、僕は呆れかえりながらベッドから降り、朝の支度をするためにリビングへと向かう。

 いつまでも由希の戯言に付き合っていられない、今日の僕には予定があるのだ。


 十月三日の土曜日 午前八時。

 リビングにやってきて早々、僕はラジオ代わりにテレビを付け、朝食の支度を始めた。

 フライパンに油を引いてから火を付け、卵を二つ落とす。その間に食パンを二枚トースターに入れて、摘みを三分にセットしてから、食器棚から皿を二枚とコップを二つ出して机に並べて、冷蔵庫からケチャップとオレンジジュースを取り出すと、コップにオレンジジュースをコップに注ぐ。 その間に、熱せられた卵がいい感じの目玉焼きに仕上がり、直後にパンが焼けた。

 小麦の香ばしい香りを放つパンを皿に乗せ、その上に目玉焼きを乗せて完成。お好みで自分の分の目玉焼きの上にケチャップを満遍なく掛けてから、未だに僕の部屋から出てこない由希を呼ぶ。


「おーい、由希出来たぞー」


 僕の呼びかけでようやく出てきた由希と真向かいになる様に座り、行儀よく食前の挨拶で手を合わせてから、パンを口に運ぶ。

 ……うん、美味しい。瑠香に作ってもらっていた朝食に比べると手間が掛かっておらず質素で簡単な物だが、朝食なんてこれで充分だ。オマケに洗い物も少ない。


「お兄ちゃん、今日は出掛けるんですよね?」

「ああ、夕方までには戻ってくるよ 由希は?」

「私も、久しぶりに玲奈ちゃんに会ってきます!」


 玲奈ちゃん……確か、由希が入院していた時に由希にノートを届けてくれた友達だったはずだ。

 まだ会ったことはないが、夏休みが明けてからもちょくちょく由希に会いに来てくれていた。

 いつか挨拶だけでもしておかなければ。


「お兄ちゃんは何の用事ですか?」

「え?あぁ……なんかよく分からないけど付いてこいって言われてて……」


 用事の主は上野結衣。理由は分からないが、先週『土曜日、空いてる?』と聞かれ、バイトのシフトを入れていなかったので二つ返事で『空いている』と答えた結果、隣町の朝陽市まで行く約束をした。しかし、いくら聞いても用事の内容は教えてくれなかった。


「まさか……お兄ちゃん、怪しい人に……!?」

「いやいや……ちゃんと友達だって」

「梨花ちゃんか冬葵君ですか?」

「いや、別の奴 別のクラスの女子」

「別のクラスの女子!?」


 由希は『そんなの有り得ない』と言いたげに驚いた顔をする。梨花以外の女子の友人が居るだけでまさかここまで驚かれるとは想像も付かなかった。というか、ここまで来ると心外だ。


「まずいです……!」

「何がまずいんだよ」

「私は今、妹史上最大のピンチを迎えてます! 」

「おーい、何か勘違いしてないか? ただの友人だけど……」

「お兄ちゃんがそう思ってるだけで向こうはそう思ってないかもしれないじゃないですか!?」

「……」

「これはまずいです!一刻も早く、妹を卒業しなくては!」

「妹って卒業したくてもできるもんじゃないだろ……」

「まずいです……まずいです……」


 一人でブツブツ言いながら錯乱している由希は放っておこう。僕は時計の方へと視線を移すと、時刻はまもなく九時になろうとしていた。

 約束の時間は十時半。移動時間に約三十分と仮定して、あと一時間で家のあれこれを終わらせないといけない。

 とりあえず食事は二人とも終わっているので皿を洗う事にして、由希には飲むように病院から言われている薬を飲む様に促してから、皿洗いを始める。

 そこから簡単に掃除機を掛け、家を出る支度を済ませると、時刻は十時前に。


「じゃあ、僕はそろそろ出るから なんかあったらすぐ連絡しろよ」

「はい!行ってらっしゃい、お兄ちゃん!」

「あと、戸締り忘れずになー!」


 先程までの調子は何処に、満面の笑みで手を振る由希に見送られて家を出た僕は、気持ち急ぎ足で駅を目指す。

 天気は快晴、いい外出日和だ。予報では雨の気配は0。傘は一日要らないらしい。もし、これで雨でも降ったら暫く天気予報は信じない。

 急ぎ足で向かったお陰か、予想よりも五分早く到着。

 遅刻は免れた、後は結衣が来るのを待つのみ……。

 目印の時計台の下で時間を確認していると、背後から脇腹を人差し指で突かれた。


「うおっ!」


 突然の衝撃に、条件反射で声が出る。

 僕が振り返った先には、案の定結衣が居た。変な声を出した僕に対して、笑いを堪えた様子で。


「もっと普通に来たことを知らせてくれよ……」

「普通じゃつまらないかと思って」


 お陰で、周囲に居た人々からは怪訝な視線を送られている。それもそうだ、駅近くでいきなり大声を出したら怖いもの見たさで嫌でもチラ見はする。


「じゃあ、行こう上坂」

「いい加減用事の内容教えてくれよ」

「着いてからのお楽しみ」


 相変わらず、結衣は今日の用事を教えてくれない様子。この調子だと目的地に着くまで伏せられたままだろう。

 結局何も分からないまま、結衣に指定された駅までの切符を買ってから、電車に乗ると、四十分程電車に揺られて、夢乃原市から五駅先の朝陽市へと到着。

 『ここで降りるよ』と、結衣に促されるまま電車を降りて改札を抜けると、待っていたのはビルの立ち並ぶ駅前。ここに来るのは夏休みに梨花も買い物をしに来た時以来だ、この辺は僕の暮らす夢乃原市よりも栄えており、人の往来は多い。気を抜くと一瞬で離れて離れになって迷子になりそうだ。


「こんな都会までなんの用だ?」

「着いてきて」


 そう言って、結衣は独りでに歩き出す。この辺の土地勘は僕にはない、置いていかれない様に僕はその後を追いかけ、歩き続ける事十分。

 ようやく結衣が歩みを止め、目的地を指差す。


「ここ」

「ここ……?」


 辿り着いたのは、少し古ぼけたビルの地下へと続く階段。カフェやらが入っているこのビルの地下には、何やらライブハウスがあるらしい。

 ここに来て、ようやく結衣の用事の理由が分かった。成程、一人じゃライブに行くのが心細いから付いてこいという訳か。そして、なんならお前もハマれ と。


「入ろ」

「おう」


 促されるままに地下へと繋がる階段を降りて、中に入る。

 既に内部では、ライブを待つ観客で溢れている。サイズ的にもそこまでのキャパはないが、中々の数の人だ。


「あっ、そうだ」


 隣に立っていた結衣は、何かを思い出したかのように、掛けていた鞄を漁ると、何かを取り出して僕に握らせた。


「はい、これ上坂の分」

「なんだこれ?」


 渡されたのはペンライトらしき物。その証拠に、スイッチを押すと赤く光る。


「これ振り回せってか?」

「そう」


 結衣は頷き、同じペンライトを取り出して赤く光らせる。

 まさかこれ、アイドルのライブか何か? 今更ながら僕は気付く。


「驚いたな、結衣 アイドル好きなんだ」

「別に、そういう訳じゃない」

「ライブまで来て、言い訳にしては下手すぎないか?」

「本当に別に興味は無い、上坂に会ってほしい人がいるだけ」

「わざわざこんな所に来る意味が?」

「ある、とりあえずペンライト振ってるだけでも良いから ……始まる」

 結衣の言う通り、明るかったライブハウス内の明かりが落ち、ステージのみがライトで照らされる。

 騒がしかった客も、その合図と共に一度静まりかえると、舞台袖から出てきた五人組の女の子達の登場と共に再び声を上げ、ペンライトを振ったり奇声を上げ始めた。

 僕も周りの空気に右に習えで、持っていたペンライトをわざとらしく大きく振りかざす。


「皆さんこんにちは〜!」


「5☆STARS です!」


『うぉぉぉ〜!』『なつきち〜!』『凛た〜ん!』


 ステージ上に現れたアイドルの挨拶により、様々な場所から歓声が湧き上がる。


「アイツら……」


 そして僕も、今目の前にいるアイドルには既視感があり思わず言葉を漏らす。


「はーい!5☆STARS リーダー! 皆を照らす太陽でありたい!山下夏希で〜す!」


 ココ最近テレビで見る 別名:『人の心が読めるアイドル』事、山下夏希。アイドルに興味がない僕でも、前々から、冬葵の口から名前をちょくちょく聞いていたので知っていた。

 あの冬葵がファンになるくらいだ、上から目線にはなるがそれなりに顔は整っている。

 その後も、ユニットのリーダーである山下夏希の挨拶から始まった五人全員の挨拶兼自己紹介が終わると、早速曲に入る。


「それじゃあ一曲目! 『アイドル宣言』!」


 アップテンポな曲調のイントロから入るこのユニットで一番有名な曲らしき物のリズムに合わせ、僕はペンライトを振りながら、ただ静観。

 曲を知らないのでリズムには乗れないが、割と好みなタイプの曲、案外僕にもドルオタに素質があるのかもしれない。

 チラリと横を見ると、隣の結衣も何処か楽しそうにペンライトを振っている様子。別に興味はないなんて言いたげ様子だったが、こなれた感じを見る限り何度か来ているのだろう。リズムにも乗れている。

 そんなこんなで立て続けに三曲披露し、トークタイムへ。

 毒にも薬にもならないようなトークが繰り広げられた所で、歌パートが再開。

 そこから再び三曲歌い、アンコールで最初に歌った『アイドル宣言』を再び披露し、観客の熱も最高潮なったところで閉幕の挨拶。

 沢山のファンに見送られ、舞台袖へと捌けていくアイドルを見送り、ライブは終わった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「どうだった?」


 ライブが終わり、ゾロゾロと出ていく客の後に続いて会場を後にする中、僕は結衣にそう尋ねられた。


「まぁ、悪くはなかったかな ハマる人間の気持ちも分かるって感じ」

「なら良かった、つまらないって言われたら足踏んでたから」

 おぉ、コイツ怖。

「で、もしかしてだけど ここに連れてきた理由って」

「うん、とりあえず待ち合わせしてるから行こ」


 "結衣が僕に会わせたい人間"について粗方予想はついた。僕は結衣に着いていく形でライブ会場から歩いて十五分程の場所にある喫茶店へと向かうと、中に入って、案内された窓際の席へと座った。

 とりあえずアイスコーヒーとオレンジジュースを二つ頼み、席へとやってきた自分のオレンジジュースに口をつける。

 人を待ち始めて数十分後、遅れてやってくる形で、帽子を深く被り、黒縁のメガネをした少女が、僕と結衣の真向かいの席へと腰を掛けた。


「久しぶりだね、結衣。 "ソイツ"が言ってた人?」


 開口一番、チラリと僕の方を一瞬見てから、少女はそう言った。

 ソイツ…… 多分僕の事だろう、目の前の少女はどうやら口が悪いと見た。


「うん、上坂 私の高校の同級生」

「初めまして、上坂は……」

「上坂隼人でしょ?言わなくても知ってる。結衣から聞いたから」


 自己紹介を遮られたのは十七年生きてきて初めてだ、故になんて続ければいいのか分からなくなる。


「私の事、誰だか粗方分かってるでしょ?」

「ああ、山下な……」

「あー別に名前言わくてもいい ……バレたらめんどいし」


 周囲の客をチラ見しながら少女……山下夏希はそう語る。最近はテレビにも出ている、ここに居るのがバレれば厄介な事になりそうだ。そう思うのは、近くの席に、先程LIVE会場で見た顔をした人間が見えたから。僕らと同じ様に三人組で席に座り、先程のライブの感想を熱く語り合っている。


「あっ、悪い……」

「いいよ別に謝んなくても。 ま、正体はアンタが思った通りだよ ……なんで変装してるかもわかるでしょ?」

「そりゃまあ ……で、なんで僕を会わせたかったんだよ」


 はっきり言って僕と山下夏希を会わせたい理由が浮かばない、僕は隣に座っている結衣の方へと顔を向けながら尋ねた。


「ここに居る三人には共通点があるから」

「そ、共通点」

「共通点……?同い歳とか?」

「そんな理由なら別にわざわざ会わせない」

「だよな、だとしたら……」


 だとすれば、思い当たる事は一つしかない。


って事か」


「正解だよ上坂」

「で、アンタは何が見えんの?」

「一応…… 幽霊、お前は?」

「私?わざわざ言わなくても分かるでしょ」

「あー成程、"人の心"か」

「正解〜、でもやっぱ結衣が言ってた通りだね〜 本当に"見えない物が見える"人間相手には心が読めないや」


 やはりコイツ山下夏希も……。どうやら見えない物が見える人間相手には、力が干渉しないという事か……。

 結衣に僕や瑠香の"残された時間"が見えなかった様に、山下夏希からも"僕の心"が読めないという事になる。

 だとすれば、何故あの時僕には"瑠香が見た未来が見えた"のか。見える物によっては例外があるのか、もしくはある条件下では干渉しないはずの力が干渉するのか……。


「おーい」


 夏希に呼び掛けられ、ハッとして我に返る。


「上坂?」

「悪い、考え事してた」

「あーあ、思考が見れたらさっきアンタが考えてた事分かるのに」


 少し残念そうにしながら夏希は語る。

 夏希の考えとは裏腹に、僕は心が読まれなくてよかった と感じていた。なんせ卑猥な妄想をしていたらそれが見られていると思うと気が気でない。


「ま、"あの"結衣の友達なら多少は信用出来そうだし、変な目を持つ者同士仲良くしようよ これ連絡先ね」

「ああ、こっちこそよろしく」


 まさか友人が増えただけでなく、それがこの前テレビで見たアイドルだとは…… 人生とは何処で誰と繋がるか分からない物だと改めて感じる。


「じゃ、私次の仕事あるから またね」


 そう言って夏希はオレンジジュースを一気に飲み干すと、伝票片手に席から去って行き、僕と結衣はそんな夏希の背中を只只見守る。


「飲み物代くらいは僕が出すのに……」

「夏希は昔から他人に借りを作るのが嫌な性格なんだよ」

「で、結衣とアイツの関係性は友人でいいのか」

「前に私の視える物について話した時のこと覚えてる?」

「まぁ、何となくは」


 あれは約二ヶ月前だっただろうか?結衣が初めて『人に残された時間が見える』とカミングアウトした時の事だろう。


「あー……思い出した、あの時言ってた幼馴染か」

「そう」


『一人だけ… 私のもう一人の幼馴染にした事がある』


 僕がその話を誰かにした事あるか?と訊ねた際に言っていた幼馴染こそ、山下夏希だった訳だ。


「いつから山下夏希が僕達と同じって事に気付いた?」

「ずっと前からだよ、それに、気付いたというよりも、夏希から私に『人の心が読める』って言った」

「まぁ言いたくもなるよな」

「で、上坂の友人を増やしてあげた私に感謝は?」

「なら見返りに、僕も梨花を紹介してやろうか?」

「いや、いい……」


 何処か少し嫌そうな顔をする結衣の顔は面白かった。



 続く

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