#18 『もう1つの戦い』
『未来が見える』少女、神崎瑠香との共同生活は終わりを告げ、僕─上坂隼人は再び自宅にて一人暮らしの生活へと戻る事に。
そんな中、瑠香を待つ"最悪な未来"との戦いを前に、もう1つの戦いが幕を開けようとしていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おはよう隼人」
「おはよう冬葵」
学校へと向けて走る通学の電車内で、いつものように幼馴染の冬葵は、僕の隣で吊革を握って立っている。
「いよいよ本番だな 今日」
「まぁな」
今日はついに体育祭本番の日を迎えた。
嬉しくもなければ楽しくもないなんとも嫌な一日、いっその事風邪でも引いて休もうかと思ったがそれはそれでこの一週間が無駄になるので止めた。僕は努力が無駄になるのがこの世で三番目に嫌なのだ。
「隼人の練習の成果を全員に見せる時が来た訳だ」
「そうやって、僕に変なプレッシャーを掛けるのはやめろよ」
「でも、この一週間で隼人は走れるようになったんだ、前よりかはな」
「そうでないと僕が困る わざわざ練習に付き合って貰ったんだし」
「ま、本番だからって変に緊張するなよ 横っ腹痛くなるぞ〜」
「だから変なプレッシャーを掛けるのをまずやめるんだな」
そんな会話をしていると、電車は目的地の高校の最寄り駅へと到着。
ゾロゾロと降りていく夢乃原高の生徒達の後に続き、駅を出てからもすぐ近くの高校に向けて歩き始める。
「悪ぃ隼人、俺部活で集まりあるから先行くわ」
「また変な嘘を……」
「今日はマジだって!先いくな!」
そう言い残して、颯爽と校舎へと向けて冬葵は駆けていく。流石はサッカー部と言った所か、今日も前を歩いている人混みを巧みに避けていく。正直見ていて心底関心した。
「"今日はマジ"って…… じゃあこの前のはやっぱ嘘じゃねーか」
冬葵の言葉に遅れてツッコミを入れながら歩いていると、この時間にしては珍しい人物に声をかけられた
「おはよ隼人!」
「よく起きれたな梨花」
声の主は幼馴染の梨花だ、珍しく僕らが乗っていた電車に梨花も送れず乗っていたらしい。
「あれ?冬葵は?」
「なんか用事があるとよ」
「えー……折角幼馴染三人で登校しようと思ったのに」
「お前が今日みたいにもうちょい早く家を出たら毎朝それが出来るぞ やったな」
梨花は毎日の様に僕と冬葵が乗る電車よりも遅い電車でやって来る。朝は本数があるので成立するが、もしも一時間に一本しか走らないような田舎ならばどうするつもりなのだろうか。
まぁ、それも時間にルーズな梨花らしいが。
「女の子は朝、色々忙しいんだよ?」
「知るか、早起きしろ」
少なくとも、瑠香は僕よりも早く起きて支度をしていた筈だ。梨花の言ってる事は僕からすればただの我儘にしか聞こえない。
「それは嫌だ……」
「梨花が朝が弱いのは小さい頃から変わんないな」
「そう!だから、毎朝起こしに来てくれてもいいよ?」
「面倒臭いから断る」
「えー」
幾ら残念そうにしようが、絶対にしない。
別に僕も朝に強い訳でも無いのに何故そんなことをわざわざしないといけないのか。
「あっ! 今日は敵チームだけど、容赦しないからね」
「言っとくが今年は冬葵が居るから負ける気しないんでな」
自分で言っててなんだが、これでは虎の威を借る狐だ。だが、今年は本当に負ける気がしない。何故なら同じチームに冬葵が居る。これだけでも充分心強い理由になる。
「やけに自信あるんじゃん、なら負けた方は勝った方の言う事聞くって事でどう?」
「構わないが、後で泣き言言うなよ?」
「そっちこそ! ……勝ったら何してもらおうかなー そうだ!また荷物持ちお願いしよう!」
「なら僕らのチームが勝ったらジュース奢れよ?
こうして、この一週間の成果を見せつける為、高校生活二回目の体育祭が幕を開ける。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「隼人ここに居たんだ」
数少ない出場種目の1つである綱引きを終え、僕は容赦なく降り注ぐ太陽の日差しから逃げるように日陰で休んでいると、白組のメンバーである事を示す白い鉢巻を頭に巻いた梨花と、朝の通学以来に遭遇した。
梨花も日差しから逃げてきたのだろう、『日焼けは乙女の敵』と毎年の様に言っている。
そんな梨花は僕の座ってる隣へと腰掛けた。
「隼人って何に出るの?」
「綱引きとリレー だから午前部はもう終わりだ」
一方の冬葵と言えば、ほぼ全種目に出場。
運動嫌いの自分からしたら心底恐ろしい。
そしてそれをものともせず、嬉々として楽しんでいる冬葵に対して、恐怖に近い感情が湧く。
「そう言う梨花は?」
「私は借り物競争と騎馬戦」
「なら次か」
現在は玉入れが開催中。この日陰からは先程から青組の瑠香が必死に玉を投げ入れている様子が見えている。
「あれ?と言うか上野さんは?」
梨花はそう言うと、辺りをキョロキョロと見回した。結衣なら係の仕事で居ない。
それよりも何故僕と結衣の関係を知ってるのだろうか、口にした覚えはないのに。
「冬葵から聞いたのか?」
「え、何が?」
「僕と結衣の事。」
「あー…… 隼人は知らないと思うけどクラスじゃ有名な話だよ 隼人と上野さんの二人の関係性」
「言っとくが……」
「分かってる、ただの友達って言いたいんでしょ?」
流石はかれこれ十年以上の関係。皆まで言わずとも分かるらしい。説明する手間が省けて非常に助かる。
「でも実際どうなの……?」
「……実は、ただの友人なんだ」
どう聞かれても僕の答えは変わらない。結衣とは別に恋人の関係では無い。この世に三人しか居ない気を遣わずに喋れる同年代の友人の一人。
「隼人がそう思ってるだけかもしれないよ〜」
「お前、冬葵と同じ事言ってる」
「そりゃ幼馴染だしね〜」
「なんだそりゃ……」
「ま、私は応援するよ 隼人の事。 折角あの隼人にも春が来たんだもん!」
「もう季節は秋だ それにまた冬葵と同じ事言ってる お前らは僕の親か」
「私にとったら隼人は弟みたいなもんだけどね〜」
そこは冬葵と違うらしい。男女の価値観の違いというものだろうか?
そうこうしていると、『借り物競走に出場する選手は集まってください』というアナウンスが僕と梨花が居る木陰にも聞こえて来た。
「それじゃ! 借り物競争は私も出るから応援よろしく!」
「なんで敵チームのお前を応援しないといけないんだ ま、頑張れ」
「うん!じゃ!」
そう言って、梨花は集合場所へと向け、駆けていく。
借り物競争には結衣も出場するはずだ、日陰に居すぎて少々肌寒くなってきたので、僕もそろそろ赤組のテントに戻る事にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「あれ、隼人どこ行ってたの?」
「暑いから日陰、あと梨花と話してた」
「上野さん次出るぞ」
「知ってる」
僕は冬葵の隣へと腰掛け、まもなく始まろうとしている『借り物競争』へと視線を移す。
注目の出走者は結衣と梨花。競技が始まっておおよそ五分後、まずは梨花の出番がやって来た。
スターターピストルの号砲と共に、梨花はトラックを駆ける。
お題の書かれた紙の場所へと走り、お題を確認。
何が書かれているのかはこちらからは見えないので分からないが、『○○持ってる人いませんか〜?』というお決まりの言葉は一言も発さずに、梨花は一目散に僕と冬葵の下へと駆けてくる。
「なぁ、梨花の奴こっちに来てね?」
「ああ、来てるな……」
困惑する僕達。嫌な予感は的中し、梨花は並んで座っている僕らへと、両手を差し伸べた。
「冬葵!隼人!一緒に来て!」
突然の事に、僕と冬葵は思わず顔を見合わせた。
「お題は?」
「これ!『大切な友人』! 早く来て!」
有無も言わさず梨花に手を引かれ、僕と冬葵はトラックを駆ける羽目に。大人数の生徒や教師、観覧に来た保護者達に見守られながら予め決められていたコースを回る。冬葵・梨花・僕の両手に花の男版、正直恥ずかしい。
「どうせなら冬葵だけにしろよ 走りたくないんだが」
「つべこべ言わずに走る! 私にとっては二人とも大切なの!」
「なんか青春っぽくていいなこれ! 行くぞ二人とも!」
「お前のペースに僕が合わせられる訳ないだろぉぉ!」
幼稚園からの幼馴染3人組は仲良く手を取って一番でゴール。
まさか走らされる事になるとは思わず、クタクタになりながら僕は冬葵と共に自軍のテントへと戻る。
「借り"物"って聞いてたんだが……」
「なんか偶に人のお題も入ってるらしい、生徒会の遊び心だろ」
絶対にそんな遊び心は要らない。あぁ、神様。結衣のお題が人関連で僕の下へと来ませんように。
そんな事を願っていると、続いて結衣の出番がやって来た。
スタートの合図と共に走り出す。見た目に似合わず、思っていたより結衣は走るのが速い。思わず「速っ」という言葉が漏れる。
あっという間にお題の下へと辿り着き、現在は1番手。後はお題の物を借りてゴールすれば1位は確確実……なのだが、ここでハプニング発生。お題の下へと辿り着いてから結衣の動きがまるで時が止まったかのように微妙だにしなくなったのだ。
「なんか動き止まってね?」
「止まってるな……」
他の走者は追いついてお題を確認してから『メガネ貸してくださーい!』『AB型の人ー!』と叫んでいるというのに一向に結衣はその場から動く様子は無い。
『上野さん早くー!』『どうしたー!?』
同じチームの赤組の面々からも催促に近い声が上がり始め、さすがにまずいと思ったのか結衣はようやく動き出すと、こちらへと向けて走ってくる。
デジャブ。まさかそんなはずがない。
「上野さんこっちに向かってきてね?」
「……気のせいだろ」
僕の意図とは反し、ドンドン近づいてくる結衣。そして、嫌な予感は物の見事に的中した。
「上坂、私と来て。」
何処か顔を赤くした結衣は僕へと手を差し伸べながらそう言った。
「お題は?」
「教えない、だけどこれは上坂じゃないと嫌だから」
持っていたお題の紙を背中で隠しながら、結衣はそう語る。
「見せろ」
「嫌だ」
頑なに提案を拒否する。一体どんなお題を引いたと言うのか。
「……隼人、行ってやれって!」
何処かニヤついた冬葵は僕の手を掴むと、あろう事か結衣に握らせた。恐らくお題が隙間から見えたのだろう。突然の裏切りに驚きを隠せない僕は、有無を言わさずに手を引かれた。
「上野さん、隼人を頼む」
「行こう!上坂!」
「ちょ!冬葵!お前覚えとけよ!」
「はいはい……いってら〜」
結衣に手を引かれ、僕は再びトラックを駆け抜ける羽目になった。
「なぁ……せめてお題教えろよ……」
「嫌だ」
嫌々走りながら結衣にお題について問いかけるも、決して答えようとはしない。
「殴りたい相手 か?」
「違う」
「変態だと思ってる人 とか?」
「思ってるけど違う」
「じゃあなんだよ……」
結局、答えは最後まではぐらかされたまま二着でゴール。
答えは分からずじまいだったが、最後結衣が係員にお題を渡す際に『 きな人』という所までは見えた。
「まさかな……」
相変わらず顔を真っ赤にしたままの結衣と別れ、クタクタになりながらテントへと戻る。
「お疲れ隼人」
「この競技は来年から借り人競走に変えるべきだな」
「運悪く隼人が人のお題に当たっただけだよ」
「そうかぁ〜?」
「それより面白い物見せてもらったわ」
「僕が死にそうな顔をしながら走ってるのを見るのがそんなに面白いか?」
「それもそれで面白かった」
とんでもない野郎だコイツは。そういう所は全くもってイケメンじゃない。
「これで午前の部は終わりだな」
「だな、後は隼人の見せ場だけだ」
僕が出る最後の競技、組別リレーはまさかの大トリ。しかも現時点では僕が所属する赤組が優勢。
リレーは得点配分が高いと聞いた、リレーを制せば優勝は間違いないが、その分、出場する人間としてはプレッシャーが物凄い。
「昼飯は少なめに抑えるか……」
「いやちゃんと食べろよ いざって時に力出せないぞ」
冬葵の言うことにも一理あるのだが、走っている最中に横っ腹が痛くなって半周でバテると言うのはどうしても避けたいのだ。
◆◇◆◇◆◇◆
午前の部は終わり、各生徒はお昼休憩に入る。
それぞれが教室や外で友人達と楽しく食事をしている中で、僕は人の少ない中庭で隠れる様に食事を摂っていた。
今日のメニューはおにぎり2つに焼いたウインナーが三本。瑠香お手製弁当に比べると貧しい物ではあるが、料理が出来る訳ではないので仕方がない。
三角でもなければ丸でもない歪な形のおにぎりを頬張っていると、背後から人の気配がした。
その気配は背後から、そして横に移り、僕はちらっと横を見るとそれは結衣だった。
「どうした結衣」
「お弁当を一緒に食べる相手が居ない上坂が可哀想に見えて」
「お前もだろ」
僕の言葉に特に何か返す訳でもなく、弁当を覆っていた風呂敷を解いてから無言で口に運ぶ。
周りから見れば異様な光景だろう。こんなに近くに並んで座っているのに会話の一つもなければ、笑っている訳でもない。本当に二人とも無言で食事をしているのだ。
このまま三分程沈黙が続き、僕が食事を終えた位でようやく結衣が口を開いた。
「さっきはありがと……」
さっきと言うのは恐らく借り物競争の時の事だろうか。感謝されるほどの事は……した。
「まぁ別にいいが…… で、お題は?」
「言えない……今は」
「じゃあいつか教えてくれよ 気になって死ぬに死ねない」
「なら一生教えない」
結衣は微かに笑みを浮かべながらそう言った。
食事を終え、係の用事がある結衣とは一旦別れ、ただボーッと校内を彷徨く。
こうしている間にも、瑠香を待つ最悪な未来が近づいているかもしれないと思うと何だがじっとしてられない。
「あっ、先輩!」
と、背後から呼び掛けられ振り返るとそこには瑠香の姿が。
いつも近くにいる瑠香の友人の姿は周りにない。
てっきり友人と居るものだと思っており、まさか瑠香に出くわすとは思いもしなかった。
「どうした一人なんて珍しいな」
「友達みんな係の仕事で居なくて…… 暇だから歩いてたら先輩を見つけて! 先輩はどうしたんですか?」
「僕も大体瑠香と同じ理由だよ」
「そうなんですね! あっ、そうだ!先輩」
「どうした?」
「その……明後日はお暇……ですか?」
それは突然のお誘いだった。
明後日は火曜日、本来ならばど平日なのだが振替休日で休み。その日は確かバイトのシフトを入れていないので特に用事はないはずだ。
「暇だけど」
「あのですね…… 昨日お父さんから水族館のチケット二人分を貰ったんです。 それが今週の金曜日に期限が切れるらしくて…… もし先輩がいいなら一緒に行きませんか!?」
これは所謂水族館デートのお誘い。気持ちは勿論嬉しい。水族館は嫌いではないしいい気分転換になるはず。だけれども、いま、自分がどの様な状況に追いやられているかは瑠香が一番分かっているはずだ。
"誰かに殺される未来"
しかも、数日前に見た未来が確かなら、ナイフを持った男に襲われた光景に居たのは
これは間違いなく、あの日見た最悪の未来に近しい行動を取ることになる。
「先輩……?」
「……分かった いいよ行こう」
これは瑠香なりの覚悟と受取るべきか。出来るならば断りたいが、とても断れる雰囲気では無い。
それにこの一週間、瑠香は思うように外にも出れずに生活していたはずだ。なら、後輩の気持ちに応えてやると言うのが先輩の役目なのかもしれない。
「……! なら火曜日 朝10時に駅前で待ち合わせで!」
「ああ」
「では!私はこれで!」
そう言い残して、瑠香は逃げるように去っていく。
Xデー。 それは恐らく三日後。
とはいえ、いつまでも迫り来る未来とやらから逃げる続ける訳にはいかない。
「僕もそろそろ覚悟決めるかな」
頭に巻いた赤色の鉢巻を強く巻き直し、未来との最終決戦前の、もう1つの戦いに挑む。
◇◆◇◆◇◆◇◆
昼休憩も終わり、昼の部が始まる。
休み明け一発目は騎馬戦から始まり、当然最終種目のリレーまでは特に出番が無いため、ただボーッと、冬葵が相手の組の鉢巻を乱獲しているのを見守る。
その後も競技を観戦していると、係の仕事を終えたであろう結衣が僕の隣に座った。
「さっき神崎さんと何話してたの?」
「見てたのかよ」
「チラッとだけど」
まさか見られていたとは。とはいえ瑠香に関する事を結衣に秘密にする意味もないので正直に話す。
「明後日、水族館に行かないかって誘われた」
「……それ不味いんじゃない?」
「だよな、それは僕も分かってる」
結衣が言いたい事も勿論分かっているつもりだ。その上で僕は続ける。
「どうやったって答えは出ないのに、いつまでも逃げ続けるのは辞めた」
「上坂は……諦めるの?」
「な訳ないだろ」
結衣の言葉に対して僕は鼻で笑い、そこら辺に生えていた雑草抜きながらこう返す。
「言っただろ、僕にも"切り札"があるって」
それは、この状況を打開する……いや出来るはずの最後の切り札。というよりこれが無理なら僕としてももうお手上げだ。
「教えてよ、その切り札って奴」
「お前が借り物競争の時に引いたお題教えてくれるならな」
「……」
結衣は僕の言葉で一気に黙り込む。余程言い難いお題だったのだろう。まぁ、こちらとしてはそうして黙ってくれた方が言わなくて済んで助かる。
「……ずるいよ上坂」
「大体、切り札ってのは誰にも内緒にしとくから切り札なんだよ 安心しろ、危ない事はしない」
僕は無意識に右耳を触りながら、そう結衣に告げる。
「大体、死ぬに死ねないって言ったろ お前の引いたお題を聞くまで」
「……分かった そこまで言うなら上坂を信じる」
「ああ、なんかあったらすぐ連絡するからさ せめて明後日までは僕の連絡先をブロックするのは辞めといてくれよ」
『リレーに参加する選手は集まって下さい』
「あー……もう出番か じゃ、行ってくる」
「うん、頑張って上坂 仕方ないから応援してあげる」
「なんで嫌々なんだよ、まぁ僕なりにやってくる」
どちらかと嫌々なのは僕の方だ。出場ゲートに向かうまでの間に、一気にストレスとプレッシャーで胃がキリキリしてきた。
「隼人!とうとう来たな!」
「ああ……」
「なんだよ元気ないな〜 飯ちゃんと食ったのか?」
「食べたって…… ちょっと緊張してるだけだ」
「隼人が緊張してるの見るの久しぶりかも」
「僕だって緊張の一つ位はする 相変わらず僕をなんだと思ってるんだお前は……」
「分かった分かった……ほら、行くぞ!」
会話を遮られ、冬葵と共に入場。
本番は校庭のトラックを一周。それを10人の各色の代表がバトンで繋ぎ、一位を目指す。そしてバトンを渡す順番はまさかの冬葵→僕。
正直言って、僕のような運動が出来ない人間が出るような競技ではない。その証拠に、周りを見渡してもゴリゴリの運動部ばかり。この空間に帰宅部は恐らく僕しか居ないはずだ。
「隼人、あんまり周り見んな お前はお前でこの一週間頑張ったんだから無理に周りのペースに合わせなくていい」
「ああ……」
「俺が出来るだけ他の奴らを追い抜いて差を広げる、そしたら隼人は逃げ切るだけでいい」
「今日ほどお前がイケメンに見えた日はないよマジで 僕が女なら今のでイチコロだったな」
「そう言う事言えるって事は大丈夫そうだな!」
そうしている間にも今年最後の競技は始まろうとしている。
第一走者がそれぞれトラックに並び、スターターピストルの号砲と共に一気に駆け抜ける。
得点配分が高い分、他の組も勿論本気。第一走者から第三走者までの間は赤組の調子が良かったものの、第四走者で青組がリード。そして続く第五走者で白組にも抜かれ、まさかの最下位へと転落。
劣勢に追いやられた赤組。続いての走者は、赤組が誇る最終兵器 赤城冬葵だ。
各色の観客席から湧き上がる黄色い声援を受け、バトンを渡された冬葵は一気に青組・白組の走者へと追いつき、そして……追い抜いた!
先程僕に言い聞かせた通り、追い抜いた後も他の走者と差を広げ、そして、遂に僕の出番がやってきた。心臓は既に未だかつて無い心拍数。立っているだけでも鼓動が聴こえそうな程に緊張でバグバクしている。
「隼人ー!」
「冬葵!」
冬葵から差し出されたバトンをしっかり受け継ぎ、意を決して走り出した。
『ここで赤組! バトンは赤城君から上坂君へ!』
「隼人ー!」
「先輩!」
「上坂!」
各色の組から上がる僕へ向けての応援の声。
顔は見なくても梨花、瑠香、結衣だと分かった。
僕は冬葵と違いイケメンでもなければ運動が出来る訳では無いが、それでも応援してくれる人間が居る。
そう考えると、自然と身体が軽くなった気がする。
「黄色い声援ってのは、効果あるんだな……!」
トラックの半周を周り、残り半周。
振り返らずとも、背後に人影を感じた。恐らくすぐそこまで来ている。
とはいえ、冬葵から作って貰ったチャンスを無駄にする訳には行かない。僅か残った最後の力を振り絞り、僕は追い抜かれる事無く次の走者へとバトンを繋いだ───────
◇◆◇◆◇◆◇
こうして一日のスケジュールが終わり、片付けを終えて下校の時間に。
結果は当然赤組の優勝で幕を閉じた。あの後、赤組の走者は逃げ切ったままバトンを繋ぎ真っ先にゴールテープを切り、そして優勝。
今日に至るまでそれなりに頑張ったのもあってか、これまでの高校生活で一番嬉しかった出来事かもしれない。
「さーて、梨花に何のジュース奢ってもらおうかなぁ」
もし優勝したら梨花にジュースを奢って貰う約束だったはず。どうせならもっとマシな物を賭ければ良かったかもしれない。
生憎、梨花は体育祭の打ち上げに行って居ないので、一人寂しく自分のお金で買ったコーラを飲みながら電車を待つ。
「さて、後は明後日か」
一難去ってまた一難。この数日ずっと不安の種だった体育祭が幕を閉じ、残すは迫り来る瑠香のXデーだけ。
まだ僕の戦いは終わらない。寧ろ、ここから本番だ。
僕は勝利の美酒……ではなく勝利のコーラを飲みながら明後日に迫った最終決戦へ向けて覚悟を決めた。
続く
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