#17『始まりがあれば』

『夢を介して未来が見える少女』神崎瑠香との共同生活が始まり五日目を迎えた。

 明日 土曜日に迫った体育祭に向け、同じく赤組の面々は優勝を目指して誰も彼もが練習に熱が入る。

 そして、それは僕─上坂隼人も同じだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「上坂」


 放課後の練習終わり、冬葵指導の元 走り込みをさせられヘトヘトになって日陰で休んでいると、同じく練習を終えた結衣がやって来た。


「隣いい?」


 僕が結衣に対して『ああいいよ』と言う前に、結衣は何食わぬ顔で僕の隣へと腰掛ける。どうやら最初から"はい"か"YES"の選択肢しか無かったらしい。


「神崎さんの様子はどう?」

「変わらない、だけど一昨日"未来を見た"らしい」


 結衣に僕が伝えたのは、二日前の夜の出来事。

 本当ならばこの事は昨日の内に伝えたかったのだが、ちょっとした予定が重なり、昨日は結衣に会う暇が無かったのだ。


「どうだって?」

「数日前に見た未来と変わってないだとよ、それに僕も"それらしい"物は見た」


 僕の言葉に、結衣は少し驚いた表情を浮かべながら首を少し傾げ、そして浮かんだ疑問を口にした。


「上坂も未来を見たってこと?」

「まぁ、多分な 瑠香が魘されてたから『大丈夫か?』って感じで肩触ったらめちゃくちゃ頭痛くなってさ、その後に"ナイフを持った黒い服の男"が瑠香を襲う光景?みたいなのが見えて、瑠香にも聞いたら全く同じ内容だった 」

「……ちょっと待って、つまり上坂は神崎さんと同じベッドで寝てた訳?」


 ここまで話をして、何故『瑠香が見た未来を見た』事ではなく、『瑠香と同じベッドで寝ていた』事に食いつくのだろうか。


「言っとくが、瑠香がソファでうたた寝していただけだからな」


 変な勘違いをされそうなので、それっぽい嘘でこの場を乗り切る事に。


「ならいいけど……」


 よく分からないが騙せたらしい、何がいいのかは分からない。


「まぁ疑問なのは、なんで僕にも瑠香が見た未来が見えたんだろうな」

「共鳴したんじゃない、『未来を変えたい』と思う者同士で」

「じゃあつまり、僕が結衣と手を繋いで、誰かと視線を合わせれば、僕にも目を合わせた人間の『残された時間』が見えるって事か?」

「私が『残された時間』を見たい と思っている前提ならもしかしたら行けるかもしれないね 残念だけど、私にその気は微塵もない」

「だろうな、僕も別に見たくない」


 知らなくていい事を知るほど辛く、また面倒な事は無い。ましてや誰かの寿命なんて見た所でなんのメリットすらも感じられない。ある一点を除いては。


「まぁ、つまる所、瑠香の未来は変わってない」

「だね」

「とはいえ、僕はどうやってでも瑠香の未来を変えたい」

「それは私も同じだよ、だけど…… 」

「だけど……?」

「もし、神崎さんが死ぬ事が"決まった未来"だとして、それを変えた場合に何かしらの代償を払わないといけないかもしれない」

「それはつまり、瑠香が助かってもまた別の犠牲者が出るかもって事か?」

「うん、それが全く知らない人かもしれないし、"上坂"かもしれない」


「私は……上坂に死んで欲しくない……」


 何時になく弱々しい声で、結衣は語った。

 確かに、仮に瑠香が死ぬ事が"決まった未来"だとして、それを変えると何らかの影響が起こる というのは有り得ない話では無い。


「とはいえ、やるしか無い。 どんな結末が待ってても、僕は瑠香に『未来を変えてやる』って言い切ったんだから」

「もしそれで、上坂が死ぬことになるかもしれないと分かっても……?」

「その時は、また別の方法で未来を変える 僕は自分に不都合な事は信じない主義なんでな」


 神崎瑠香が死ぬ未来は自分にとって、不都合な事。

 それもそうだろう、かれこれ五日も一つ屋根の下で暮らしているのだ、そのような情が湧いてもおかしくない。

 だから、僕はそんな未来を否定する。誰も犠牲者を出さない…… そんな未来に辿り着ける方法を探り出す。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 結衣と話を終えて、軽く走り込みをした後、片付けを終え、学校を後にする。

 僕と結衣、そして僕達が帰るのを待っていた瑠香と合流して、帰宅する為の電車に乗るため駅へと向かう途中、久しぶりに三人で会話をした。


「先輩、伝えないといけない事があるんです」

「なんだ?」


 何時になく真剣そうな顔つき。その後、瑠香はとても残念な顔をして、持っていたスマホを胸で抑えてこう語った。


「さっきお母さん達から連絡が来て…… 『明日、家に帰る』って なので、先輩と一緒にいられるのは今日で終わりみたいです」

「そっかあ…… なんか、少し寂しいな」


 何事にも始まりがあれば、終わりがある。 

 最初こそ、瑠香がウチに暫く泊まるとなった時は慌てたものだが、いざ共同生活が終わるとなると急に寂しくなるものだ。

また明日から家の中が静かになると思うと尚更。


「なので……! 今日までお世話になったお礼に、目一杯 料理に腕を振るいますから! あ、上野先輩もどうですか?」

「だとさ結衣」

「……上坂や神崎さんがいいなら」

「ですって、先輩!」

「まぁ断る理由はないな なら三人でスーパー寄るか 暗くなる前には帰ろう」


 どうしても、脳裏に一昨日の夜見たあの夢が過ぎる。この件が解決するまでの間は、暗い大通りを歩く事に少し敏感になりそうだ。


 その後、買い出しを終え、上坂家の自宅で瑠香の振る舞った手料理を結衣と共に食べた。

初めて食べる瑠香の手料理には結衣も『美味しい…』と好評の様。結衣の言葉を聞き、瑠香も何処か得意気なのが面白かった。

 その後は、流石に女子一人で暗い夜道を帰らせるのはまずいと考え、結衣を家まで送る為、瑠香に留守番を頼んでから家を出る。

 一応、誰が尋ねてきても絶対に出ない様に言い聞かせ、家中の鍵という鍵は全て施錠してある。ガラスを割って侵入されない限りは大丈夫なはずだ。


「今日はありがとう」


 九月になり、先月に比べ少し冷える様になった夜空の下、結衣と並んで歩いていると、突然結衣はそう言った。


「礼なら僕じゃなく瑠香に言ってくれ」


 少なくとも作ったのは僕ではない、礼を言うなら瑠香に言うべきだ。僕はただ皿を洗っただけ。


「……こうして誰かと晩御飯食べたの久しぶりかも」

「結衣の家も共働きだったよな」

「うん」


 一年前、上野結衣と仲良くなった頃に、結衣が教えてくれた事。結衣の両親はウチや瑠香と同じ様に共働きの家庭の為、家に帰ってくるのが遅くなる事もあり、晩御飯は結衣一人で食べる事が多いらしい。


「まぁ一人で寂しく食べるよりか、誰かと食べた方が美味いよな それは僕が一番分かる」


 親と離れて暮らす身として、誰かと一緒に食事を囲む有り難さは人一倍理解しているつもりだ。


「上坂は、寂しくないの?ずっと1人で」

「そりゃまぁ…… 中学生の時は寂しかったけど もう慣れた。それに僕には梨花や冬葵が居るからな 親が居なくても、幼馴染が居る それに結衣や瑠香もな」

「なんか上坂らしいね」

「なんだよそれ」

「……ここまででいいよ」


 答えをはぐらかされる様に、結衣は足を止める。


「別に家まで送ってもいいんだぞ? か弱い女子一人で帰らせたくないし」

「でも本当は?」

「結衣の家が何処にあってどんな風なのか知りたい」

「流石上坂、まるでストーカーだね」

「冗談に決まってるだろ」

「上坂が言うと冗談に聞こえない ……この通りを真っ直ぐ行ったらすぐだから、本当にここまでで良いよ 早く帰って、神崎さんとの最後の夜でも楽しんだら?」

「結衣が良いって言うなら帰るけど…… じゃ、気をつけて帰れよ 暗い道で転けるんじゃないぞ」

「うるさい馬鹿 また明日ね 上坂」

「おう」


 お互いに軽口をたたき、笑い合う。

そして家に向かって歩き始める結衣の背中を見送り、僕も家で待つ瑠香の元へと帰ることにした。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「お帰りなさい、先輩!」


 帰宅した僕を変わらずエプロン姿の瑠香が玄関まで出迎える。この感じも今日で終わると思うと少しばかり名残惜しい。


「ただいま 誰も来なかったか?」

「はい、誰も来ませんでしたよ」

「ま、もう二十一時だしな 僕も風呂入って寝るとするか」

「えぇ!?もう寝ちゃうんですか!?」

 有り得ない と言いたげな表情で瑠香は僕を見る。


「いや寝るよ」


 とはいえ、そんな顔をされた所で僕の決意は揺るがない。明日も早いのだ、それに色々あって疲れている。


「最後の夜なのに!?」

「別にもう会えない訳じゃないだろ」

「それはそうですけど……」


一瞬だけ瑠香の顔が曇る。"何か"言いたげな様子に引っかかりを覚えたが、気にはせず、また言及もしない。


「という訳で僕は風呂に入りまーす」

「なら私も〜!」

「いや駄目に決まってるだろ」


 この後、風呂に侵入しようとしてくる瑠香を制止して、ヘトヘトになりながら布団に入る。

これで瑠香と暮らす日々も終わり、とはいえ目の前の問題は無くなったわけではない。

寧ろここからだ、とはいえ未来との決戦前に、"もう一つの戦い"が僕を待っていた。














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