#16『君が見た未来』

 夢を介して未来が見える少女──神崎瑠香との共同生活が始まって迎えた三日目の朝。

 この日、僕──上坂隼人は、ある考え事をしながら食パンにマーガリンを塗っていた。

 勿論考えるのは、自分達が置かれている現状についてだ。そもそも三日目を迎えたこの共同生活が始まったのも、『神崎瑠香が何者かによって殺されてしまう未来』を変える為。最悪の未来を変える解決方法は未だに浮かびはしないが、昨晩ある進展があった。

 僕にはもう一人、『夢を介して未来』が見える後輩の他に、『人に残された時間』が見える友人がいる。名は上野結衣。

 もし本当に、神崎瑠香に『殺される未来』が待っているのだとすれば、結衣の『人に残された時間』を見る力で、迫り来るXデーを回避出来るかもしれない……という訳だ。

 とはいえ完璧な作戦に見えて、この作戦には、ある大きな欠陥がある。それは、結衣は僕に残された時間が読み取れなかった事。

 夏休みに結衣に対して『幽霊が見える』事を打ち明けた際に分かった事なのだが、上坂隼人に残された時間だけはどうにも分からないらしい。ただ、それが "上坂隼人だから" なのか、若しくは "見えない物が見える目を持つ" からなのかははっきりとは分からない。まぁ、それも今日全てハッキリする事だ。


「先輩?」

「え?」


 目の前に座って食事をしていた瑠香に呼び掛けられ、ハッとして我に戻る。右手にはマーガリンを塗るためのナイフ、左手には少し冷めてしまった食パン。


「起きてます? ボーッとしてましたけど」

「あぁ…… 考え事しててさ」


 僕は取り繕う様にマーガリンの染み込んだ食パンはと齧り付き、よく噛んでから飲み込むと、こう続ける。


「昨晩、僕が言ったこと覚えているか?」

「お昼休みに図書室…… ですよね?」

「ああ。一応予定だけでも頭の片隅にでも置いててくれ もしかしたら現状を打開する策かもしれない」


 そうだ、いつまでもこうして未来から逃げ回る訳には行かない。とりあえず、結衣の策が現状を変えてくれると信じながら、僕は食事を続けた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 朝の支度を終え、いつもの時間に瑠香と家を出る。

 周囲に梨花と冬葵の姿はない。瑠香に合図をしてから二人で家の敷地を出ると、駅へと向かって歩き出す。

 九月になり、先月に比べて朝も過ごしやすい気温になってきた。やはり四季なんて要らない、一月から十二月までこんな気候でいいのに。

 そんな事を考えながら、瑠香と特に会話を交わすことなく駅へと到着。瑠香が駅にいた同じクラスの友人の元へと駆けていくのを見守ってから、僕も改札を抜けてホームへと向かう。


 電車は定刻通りに駅へと到着し、乗り込んで数分後に、夢乃原高校方面へ向けて発進。

 相変わらず、電車内の座席は満席で今日も座れそうにない。かれこれ一年以上この電車を使って通学をしているが、朝のこの時間帯に座席が空いていた事は覚えているだけで五回しかない。

「(今日は座りたかったな……)」

 実の所、連日の体育祭に向けての練習のせいか、運動不足が祟り、両足が筋肉痛になってしまった。手当で湿布を貼ろうと思ったが、自宅をどれだけ探してもそんな物は無かった。とりあえず、湿布は今日の帰りに買うとして、こんな状態で練習に臨んで、大丈夫だろうかと心配になってくる。


「うっす、隼人」


 と、今日一日の心配をしていると、聞きなれた声の青年が人の波を掻き分けて現れ、僕の隣へと並ぶ。


「おはよう冬葵……」

「どうした?まだ朝なのに随分と疲れた顔してるな」


 こちらの顔を見るや否や、疲れ気味なのを見事に言い当てられ、僕は返す言葉もない。

 指摘の通り、朝からもう既に僕は疲労困憊だ。


「昨日は寝たか?」

「23時前には寝たな」

「じゃあなんでそんなに疲れた顔をしてるんだよ」

「……筋肉痛なんだよ悪いか」

「湿布貼ったか?」

「無かった」

「だと思った、ちょっと待ってな」


 冬葵はそう言うと持っていた鞄を漁り始め、何かを掴んで僕に渡す。

 渡されたのはハルンパスと書かれた独特の匂いを放つ湿布二枚。


「運動後はケアも大事だぞ、それ貼って今日は無理がない程度の練習にしとけよ」

「……悪いな、冬葵」

「いいって!俺と隼人の仲だろ? 今年は隼人の成長が間近で見られる体育祭だから怪我して欲しくないんだよ」

「お前は僕の親か」

「そんな所だな」


 そう言いながら愉快そうに冬葵は笑う。一方の僕は渡された湿布を取り敢えず鞄に仕舞った。

 持つべき物は、こうして気配りができる親友だと思う。


「そういえばさ、由希ちゃんってもう退院してんの?」

「え? いや、まだだけどなんでだ?」

「いや、ここ三日くらい由希ちゃんの部屋の電気付いてたからさ…… お前、まさか!」

「いやいや!僕を妹の部屋に侵入してイケナイ事をする兄に仕立てあげようとするのはやめろ!」

「じゃあなんだよ?」

「それは……」


 ハッキリ言って由希の部屋の灯りが付いていた理由などすぐに分かった。今、家に居候している神崎瑠香には由希の部屋で寝てもらっている。まさか、冬葵がそんな所まで見ているとは思わなかったが。


「ま、特に深堀はしないけどさ なんか厄介事に巻き込まれてるなら言えよ? 俺に出来る範囲なら力貸すからさ」

「はぁ……」

「なんでそこで溜息つくんだよ」

「いや、お前のそう言う性格までイケメンな所が本当に腹立つと思ってな」


 赤城冬葵という男は本当にズルい。

 顔は全学年にファンがいるほどのイケメンで、高身長・運動神経抜群。これに加えて気配りが出来て性格も優しいなんて、上坂隼人という人間が逆立ちしても勝てる要素は無い。

 "天は二物を与えず" という言葉があるが、冬葵を見ていればそんな物は嘘だと分かる。天は此奴にいくつも与えすぎだ、少しくらい僕にも分けて欲しい。

 幾ら『幽霊が見える』目を持っていようと、冬葵の弱点は見えそうない。


「こりゃ驚いた、まさか隼人に褒められるなんてな」

「ああ、僕からしたら最大の賛辞だ」


 そんな会話をしていると、電車は減速を始めた後に、駅へと停車。

 開いたドアへと向かう夢乃原高校の制服を着た生徒達に続くように、僕と冬葵も電車を降りた。


 今日も天気は快晴、一日が始まる。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 午前中の練習が終わり、昼休みになった。

 朝、冬葵から貰った湿布が効いてきたのか、筋肉痛は最初に比べ幾分かはマシになったものの、今日は無理のない範囲で練習に取り組んでいる。

 現状、課題はやはりスタミナだ。本番ではトラックを一周して次の走者にバトンを渡す事になるので、一周を速度を落とさず、如何に走り切るかが重要になってくる。

 本当に厄介な事を託された。幾ら自分に接点がない先輩とは言え、如何にも『運動できません』という見た目をしている自分にリレー出場を命じてきたのは嫌がらせの様に思えてくるものだ。

 実際、思い返してみると、あの時の先輩は何やらニヤついていた気がする。


「僕に恥をかかそうって魂胆なら、それに真正面から向かってやるしかないよな」


 そう考えるとなんだか燃えてくる。

 冬葵の言っていた通り、この体育祭は成長のチャンスであり、活躍のチャンスなのだ。

 リレーで何とか活躍出来れば、クラスの同級生からの見る目も少しは変わるかもしれない。


 と、そんな事を考えながら、今日も瑠香のお手製弁当を片手に図書室へと向かう。

 扉を開け、『失礼するぞ』という一言と共に入ると、今日も静かに本を読む結衣の姿があった。


「ここで食事をするなら帰れ」

「断る」


 結衣の提案に対し、ピシャリと断りながら、僕は結衣の前の席に座って、弁当の風呂敷を開けた。

 このやり取りも、もう何回目だろうか。いい加減僕には一緒に食事をする人間が居ないという事も分かっただろうに。

 弁当の中身は前日とほぼ同じ。僕はまず卵焼きを口に運び、誰かに弁当を用意して貰える喜びを噛み締める。


「上坂、昨日の事だけど」

「瑠香には伝えた 多分来ると思うけど」

「もしこの策が失敗に終われば、また降り出しに戻る」

「まぁ、それでも解決の為に幾らでも考えるさ それに、結衣に言ってないだけで僕にも作戦はある」

「どんなの?」

「それは言えないな これは僕にとっても"切り札"だから」

「上坂の癖に私に隠し事?」

「切り札ってのは、最後まで取っとくもんなんだよ 誰にも教えずにな」


 正直な話、この"作戦"は最終手段すぎて自分でも余り行いたくない。それにとてもではないが結衣にも、そして瑠香にも教えられない。

 "絶対に反対される"のが目に見えて分かるからだ。

 それにこの作戦を口にすれば、無意味に終わる可能性だってある。出来るならばその時までは口にはせずに伏せておきたい。


「ご馳走様でした」


 弁当を食べ終え、弁当箱を再び風呂敷に包んだところで、図書室の扉が開く音がした。

 僕と結衣が視線を向けた先に居たのは神崎瑠香。忘れずに来てくれたらしい。


「おまたせしました!」

「ごめん、予定あっただろうに呼んじゃってさ 後、弁当美味しかったよ」

「いえ!お二人には私の未来を変えてもらう為に迷惑掛けてますから!毎日の弁当もそのお返しです!」

「それじゃ早速で悪いが…… 」


 僕は結衣に目配せをすると、結衣も何も言わずに静かに頷いた。

 結衣は深い深呼吸を一つ。本来、結衣にとって見たくない物=他人に残された時間 を見せるのはこちらとしても気が引けるのだが、本人もある程度の覚悟はしている上でしてくれた提案だ。無下には出来ない。

 深い深呼吸を終え、結衣はゆっくりと顔を上げて瑠香の目を見る。

 五秒程の沈黙の後、結衣は大きく溜息をついた。


「どうだったんだ?」

「私の反応を見たら何となく分かるでしょ?」

「……見えなかったのか」

「うん」


 どうやら、作戦は失敗。

 結衣の『その人に残された時間が見える』力は、『見えない物が見える』目を持つ人間の前では無力……という事が分かった。

 同時に、これでまた、迫り来るXデーを回避する作戦が降り出しに戻った事になる。残念ではあるが。


「マジかぁ……」


 僕は椅子に項垂れながら、脳内で次の作戦を考える。

 "切り札"は最後まで取っておくとして、次は何が出来る? そもそも、迫り来るXデーまであとどれ位の時間が残されている?


 考えろ、瑠香を最悪の未来から救う為に僕に何ができる?


「先輩……?」

「ごめん、またこっちで色々と考えておく 何か思いついたらまた呼ぶかもしれないけど……」

「はい!先輩からの呼び出しならすぐ駆けつけますから!」

「悪いな瑠香」

「私も、神崎さんを救う為に色々と考えますから」

「上野先輩もありがとうございます!」


 ちょうどよくここで、昼休み終了の予鈴が図書室にも鳴った。

 色々と言いたい事などはあるが、ここは一旦自分自身も気持ちを切り替え、昼からの練習に備えるしかない。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 昼休み明けの練習も終わり、放課後になりそれぞれが帰路につく。

 僕も瑠香と二人で駅へと繋がる海岸沿いの道を、微妙な距離感で歩き、さざ波の音に耳を傾けながら海岸の方をチラチラと見る。夕方の海岸にはいつものゴミ拾いをするおじさんと、サーファーらしき人達が数人。それに海には入らず砂浜で青春をしている学生らしき姿も見える。

と、余所見をしながら歩いてると、先程まで少し離れた位置を歩いていた瑠香が僕の隣へと並び、話を切り出した。


「先輩、帰りにスーパーに寄りたいんですけど……」


 恐らく夕飯の買い物だろう。余り外に出ないで済むよう、瑠香との"一つ屋根の下での生活"が始まる前日にある程度は買い貯めてはおいたが、冷蔵庫の中もそろそろ限界らしい。


「ああ、いいよ」

「ありがとうございます! それで……何か食べたい物とかありますか?」

「食べたい物…… 」


 僕は顎に手を当て考える素振りを見せる。これといって食に拘りのない人間である自分にとっては何とも悩ましい質問だ。ハンバーグはつい最近食べたし、この時間からカレーは……

 十秒ほどの沈黙の後、僕が出した答えは


「瑠香の作った物ならなんでもいいよ」


 という(自分の中では)当たり障りの無い解答。

 実際の所、瑠香が作った料理はどれも美味しかったので、余程高難度で初めて作るような料理でもない限りは美味しそうだと思う。


「なら、今日は豚の生姜焼きにしましょうか」

「いいね じゃあ、買い物して帰ろうか」

「はい!」


 夕陽の照らす海岸沿いの道を、後輩と二人で歩く。

 ちょっと前ではとても考えられない事だ。まさかこうして一個下の後輩と、それも女子と一つ屋根の下で暮らす事になるなんて過去の僕は思わなかっただろう。

 こう考えてみると、案外自分が思い描いている"未来"というのは出逢い一つで変わるほど単純な物なのかもしれない。


「先輩、そろそろ急がないと電車来ますよ」

「……ああ そうだな」


 僕は……失いたくない、瑠香を。この数日、二人で暮らしていくに連れてその思いは日に日に強くなるのを感じる。

 そんな瑠香の為、未来を変える為ならなんだってしてやりたい。

 例えそれが​───────。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 時刻は二十二時半。

 すっかり夜も更けたこの時間、僕は大きな欠伸を一つしながら、リビングの方から聞こえて来るテレビの音に耳を傾けて皿を洗っていた。

 皿洗いをしながら考えるのは、次の一手。

 結衣の作戦が失敗に終わり、最悪の未来を変える方法は、また一からのスタートへと戻されてしまった。こうしている間にも近づくXデー……

 はっきり言って、もはや自分には"切り札"以外の方法が思いつかない。

 せめて、いつその未来とやらがやって来るのさえ分かれば楽なのだが、なんの情報もない為にどうする事も出来ないのが現状だ。はっきりいってモヤモヤする。

 そもそも、あの日以来瑠香は『夢』を見たのだろうか。聞こうにもお風呂を上がってから部屋に戻ったまま見ていないので聞けない。

 (しょうが無い、また明日の朝にでも聞こう)

 そう決意した僕は皿洗いを終えると、テレビの電源とリビングの電気を消してから、自分の部屋へと戻った。


 残り電池が15%を切ったスマホを充電器に繋ぎ、ベッドに寝転んで十分程で眠気がやって来た。

 次第に重くなる瞼。あぁ……もう間もなく眠りに落ちる…… といった所で、突然部屋の扉が開いた。


「せんぱーいおきてますかー?」

「……寝てる」

「起きてるじゃないですか!」


 部屋を尋ねてきたのは可愛らしいピンク色のパジャマを身に包み、由希の部屋から持ってきたであろう枕を抱いた瑠香の姿だった。部屋が薄暗いのではっきりとは分からないがきっとそうだろう。そうじゃないと困る。


「まぁ、まだ起きてるけど」

「あの……隣失礼してもいいですか?」


 いつもの僕ならば、『駄目だ』とキッパリ断っていただろう。しかし今の僕は眠過ぎて判断力が鈍っており、


「ああ……うん……」


と承諾してしまう。ハッとした頃には既に遅く、


「……! 失礼しますね……!」


と、瑠香は僕の隣にゴロンと寝転がると、ピタリと身体を僕に密着させてきた。

 まさかここまで近づくとは思っておらず、驚きの余り眠気は一気に吹っ飛んだ。

 後輩と……一つのベッドで…… しかも密着して……いやいや、そりゃ目も覚める。覚めない方が無理な話だ。


「なぁ……瑠香?せめてもうちょい離れても……」

「……」

「嘘だろ……」


 焦る僕とは真反対に、瑠香は可愛らしい寝息を立てて、もう眠ってしまっている。もしくは狸寝入りか。

 とはいえ参った、非常に参った。 これはつまりあれだ、朝までこの状態という訳だ。


「もしもーし?神崎さん〜?」


……いくら呼び掛けても反応はない。本当に眠ってしまったらしい。




 ベッドに転がっておおよそ一時間が経った。いや、時計を確認した訳ではないので確証はないが、僕の身体がそれくらいの時間が経ったと感じている。

 相変わらず、瑠香は気持ちよさそうに眠ったまま。一方で寝れなくなった僕は、する事が無いのでただじっと瑠香の寝顔を見つめていた。

 分かりきっていた事だが、改めてこうして瑠香を間近で見ると、本当に整った顔をしている。

 お世辞とかではなくアイドルに居そうな可愛らしい顔、きっと学年でもトップクラスにモテている事だろう。そんな彼女と、一つのベッドでこんなに密着して寝ていると思うと、何だか一年の男子生徒達に対して勝ち誇った気分になってくるものだ。


「それより……さっさと寝たいなぁ」


 一度吹き飛んだ眠気は中々やって来ない。

 日付も恐らく変わっただろう、今日も体育祭の練習があるので疲れはなるべく残しておきたくない。

 瑠香の寝顔が見れなくなるのは名残惜しいが、眠気が来るまで目を閉じておくか。

 そう考えて目を瞑ろうとした時だった。


「ん……! ぅう……」


 突然隣で呻き声が聞こえた。

咄嗟に横を見る、魘されているか、突然瑠香が苦しそうな声を上げていた。

 そして僕はすぐに理解した、恐らく瑠香は今『未来』を見ている。


「おい瑠香、大丈夫か?」

「嫌…… 」

「瑠香?」


 悪夢に魘されている瑠香の肩に触れたその瞬間、突然頭が割れる様な頭痛に襲われ、僕はベッドの上で蹲る。


「あ…… うぅ……! (なんだよ……これ……!)」


 あまりの激痛に振り絞っても声が出ない。今までの人生で感じたことの無い強い痛み。

それに僕は耐えきれず、僕は気を失う様に、意識は闇へと落ちた。


『る、か……』


 …………


 ………………


 ……………………


『ここは……?』


 ふと気がつくと、僕は何処かの街の大通りに立っていた。名も知らない大通りには沢山の人が行き交い、賑やかな様子が見て取れる。

何となく自分の服装を見る、その姿は完全に先程ベッドに入っていた時に着ていた寝巻きのまま。

瞬時に、今見ているこの光景は夢の中だと理解した。


『先輩!何食べます?』

『そうだなぁ……』


 背後から何処か聞き覚えのある声……。

声のする方へと振り返ると、そこには瑠香と、そして"上坂隼人"の姿があった。


『あれは……"僕"か?』


 まるでカップルの様に腕を組みながら楽しそうに大通りを歩く二人。そんな二人を追うように、僕も"彼ら"の後を追っていると、背後から女性の悲鳴が聞こえた。

 悲鳴に釣られ、咄嗟に振り返る僕。

 振り返った視線の先に居たのは、全身黒ずくめの服装の"ナイフ"を持った男の姿。その姿を見て、一気に血の気が引くと共に、嫌な予感に身体がゾワっとした。


『まさか……!』


 嫌な予感は的中。男はナイフを片手に、狙いを定めた様に神崎瑠香と上坂隼人の元へと駆け寄っていく。


『おい……!やめろ!』


ここで夢のお約束が僕を阻む、どれだけ走ろうともがいても、まるで足が鉄にでもなったのかと錯覚する様に微塵も動かない。

 今、目の前で瑠香と隼人が迎えようとしている結末を目の当たりにする寸前、僕の目の前は再び真っ暗になった。


 …………


 ………………


 ……………………


 気がつくと、僕はベッドの上に居た。

 隣には変わらず瑠香が寝ていた。魘されはなくなったのか、再び『すぅ……』と可愛らしい寝息を立てている。

一方の僕は頭痛のせいか、はたまた一瞬の間に見た"夢"のせいか、着ていたシャツの背中が嫌な汗で濡れている。


「今のは……」


 間違いなく、夢を見た。

 今でも鮮明に覚えている、瑠香と僕が黒ずくめのナイフを持った男に襲われる様子を。

 魘されていた瑠香に触れたことで見えたさっきの物は…… まさか『瑠香が見た未来』なのだろうか?


「ますます寝れなくなったぞこれ……」


 目は再びバッチリ冴えてしまった。いっその事頭痛で気絶した方がマシだったかもしれない。


 先程見たものが何なのかが気になりすぎて、結局上坂隼人はこの日、一睡も出来ずに朝を迎えたのだった。



 続く









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