#13『神崎瑠香には未来がない』
『お願いします!"未来"の私を助けてください!』
少女は今にも泣き出しそうな顔で、僕達へと頭を下げてきた。
一難去ってまた一難。どうやら、僕の"ちょっと変わった日常"は終わらないらしい……
◇◆◇◆◇◆◇
2020年9月1日の学校終わり。
放課後となり、ようやく自由になった僕は大きな欠伸を一つしながら鞄片手に教室を出ると、階段前に僕が教室から出るのを待っていた人間が一人居た。
まるで人形の様な綺麗な黒髪を左右同じ高さで纏めた高校二年生にしては随分と珍しいツインテール…… この夢乃原高校にツインテールは一人しか居ない、間違いなく上野結衣だ。
「遅い」
「しょうがないだろ、帰りのHRちょっと長引いたんだから」
本来なら十五分前には教室を出ていたのだが、今日の様な放課後に予定がある日に限ってHRが長引き、結果的に結衣達を待たせる事になってしまった。
原因は自分ではないので、文句ならHRが伸びる原因を作った別の奴に言って欲しい。
「神崎さん、玄関で待ってる」
「ならさっさと行くか」
階段を降り、玄関へと向かうと、結衣の言う通り『神崎瑠香』が僕ら二人がやってくるのを今か今かと待っている。何処かソワソワした雰囲気の彼女は、こちらの存在に気づくと共に笑顔でやって来た。
「ごめん遅れちゃって」
「いえ! それより何処か行きますか?」
「結衣、ここら辺でゆっくりと話せそうな所は?」
「上坂は私の事、スマホの人工知能か何かと勘違いしてない?」
結衣は口を尖らせながら自身の扱いに文句を言う。仕方がないので自分のスマホを取り出してから周辺のお店を調べると、高校から歩いて十分の所にファミレスがあったので、僕らはそこへ向かう事した。
◇◆◇◆◇◆◇
「いらっしゃいませ!何名様ですか?」
「三人です」
「お好きな席へどうぞ〜」
ファミレスへと到着した僕達三人は席へと座り、着席早々、とりあえずドリンクバーを三人分注文。
何となくメロンソーダとホワイトソーダを混ぜていたら、結衣からは『本当に子供だね』という一言と共に蔑んだ目で見られた。
そうして、それぞれが飲み物を片手に席に戻ると、話は本題へ。
神崎瑠香は恐らく自分達と同じように『見えないものが見えている』。それが何なのかは分からないが、『未来の自分を助けて欲しい』という事は……
とりあえずメロンソーダとホワイトソーダのミックスジュースで軽く喉を潤してから、僕は話を切り出した。
「それで、神崎さんは何が見えてるの?」
とりあえず、『見えないものが見えている』事を前提に尋ねる。
「その前にいいですか? 先輩達も本当に見えているんですよね?」
質問に質問で返されるとは思っていなかったが、とりあえず瑠香からの質問に答える事にした。
「僕は『幽霊』が。 で、隣の本を読んでる通称 図書室の番人 事 上野結衣は『人に残された時間』が見える」
隣で、瑠香と目を合わさないように静かに本を読んでいた結衣を指さしながら、僕はそれぞれの『見えている物』について説明をした。
しかし、結衣は僕の説明が何処か気に入らなかったようで、履いていたローファーで、僕の左足を割と強めに踏みつけてきた。
「……あの痛いんだけど」
「上坂は女の子にこうされるのが嬉しいタイプなのかと思ってた」
「僕はMじゃない……」
こうしている間にもグリグリと足を踏みつけている。普通に痛いのですが結衣様……
「……後、隣のコイツが目を合わせようとしないのは気にしないでくれ」
「上野先輩のことは知ってます その…色々と一年の間でも有名ですから……」
「はぁ……あの話、一年の間でも広まってんのかよ……」
瑠香の言葉を聞き、僕はため息をつく。
正直呆れた、あんな小学生じみた都市伝説がまさか一年生の間でも広まっているなんて。
人の噂も七十五日という言葉があるが、結衣の場合はその百倍は要りそうだ。本当に馬鹿馬鹿しい。
「それ、嘘だから気にしなくていいよ な、結衣」
「……」
結衣は相変わらず目を合わせないように小説に視線を向けたまま。『目を合わせたら死ぬ』というのは嘘だが、目を合わせたら『残された時間』を見てしまうのは本当なので、どの道 神崎瑠香と目を合わせる事はないだろう。
と……話が逸れた、聞きたいのは神崎瑠香の事についてだった。結衣の噂じゃない。
改めて僕は瑠香に訊ねる
「で、神崎さんは何が見えてんの?」
「私は……」
言葉の途中で瑠香は下を向く。まだ『上野結衣と目を合わせたら死ぬ』という下らない噂を信じているのだろうか、結衣なら本を読んでて視線を合わせることすらしない、そもそも結衣は自ら進んで目を合わせることはしないのに
「先輩達は…本当に信じてくれますか?」
瑠香はまだ僕達が自分の話を信じてくれるのか半信半疑の様子。
とはいえ信じるも信じないもない、現に僕達自身も見えない物が見えているのだから。
「そりゃまあ… なぁ?」
僕は結衣の方へと視線を向ける
「そうだね」
結衣は相変わらず視線を小説に向けたまま応える
瑠香は、何処か歯切れの悪い僕達の反応に少し戸惑いを見せたが、ようやく自分が見えている物について口を開いた。
「実は… 私、"未来"が見えるんです」
「未来…?」
「…」
『未来が見える』という瑠香の一言に興味を覚えたのか、結衣のページを捲る手が止まった。
本当に未来が見えているのならば、それはとてつもなく凄い力だ。僕らなんかと比べ物にならない程。そして心底羨ましい。なんなら自分の"幽霊が見える目"と今すぐ変えて欲しい位だ。
「それはいつから?」
「自分が『未来』を見ていると確信したのは中学生だったと思います。 それまでただ勘が鋭い…くらいにしか思ってなかったんですけど……」
「気づいたキッカケとかある?」
「ある日、『友達が怪我をする夢』を見たんです。その数日後に、夢で見た状況と全く同じ様に友達が怪我をしました」
「成程……」
「あれ以来、たまに『予知夢』を見るようになりました。 夢で見たものと同じことが起きる… それがいい事の時もあれば悪い時もあって…… それから自分は『夢を介して未来が見える』ことに気づいたんです」
予知夢…… 未来で起きることを夢で体験する物。分類するならば超能力とかそこら辺だろうか? にわかに信じ難いが、話している瑠香の顔を見るに嘘をついているようには思えない。
「その予知夢で見れる未来ってのはいつ起こることか分かるの?」
「それが…分からないんです 数週間後の事もあれば短くて数時間後の時もありました。」
「未来が見えるとはいえ、好きな時間軸は見れないか…」
だとしたら、とてつもなく不便だ。もし好きな様に未来が見えたら……自分なら競馬で一山当てたりしたかもしれない……。
すると、隣の結衣は突然小説を閉じると、マグカップに入ったコーヒーを神崎瑠香と目を合わせないように下を向いたまま器用にずずっと飲んでからようやく自分から口を開いた。
「神崎さんが言っていた『未来の自分を助けて欲しい』というのはどういう事ですか?」
結衣の発言に僕は『そういやそんな事言ってたな』とハッとした。完全に頭から抜け落ちていた、そんな事。
『未来の自分を助けて欲しい』
恐らく、神崎瑠香は予知夢を介して自分に不都合な未来を見た…… と考えるのが妥当だろう。
ただしその場合足枷になるのは、未来視で見た未来がいつ起こり得るのか分からないという物。
結衣は続ける。
「神崎さんが見た未来がなんなのかを教えてください」
結衣からの言葉に、瑠香は一瞬顔が曇ったが、その直後に何かを決意した様な顔をして、僕らへと自分が見た未来について話し始めた。
「私は… 自分が殺される未来を見ました」
瑠香の口から出たものは、大方僕が想像していたものだった。
それもそうだろう、怪我程度ならば『未来の自分を助けてください』なんて頼みはしない。未来が見えるなら尚更、見えた未来の通りの行動をしなければいいだけの話。
しかし死ぬのは例外だ、神崎瑠香は『殺される未来』を見たと言った。瑠香の口振りから見るに、神崎瑠香が死ぬ原因は交通事故による死ではなく、誰かによって殺される未来。
仮に神崎瑠香を殺そうとする者が向かってきたとして、非力な女子高生に抵抗できるだろうか?
…恐らく無理だろう。自分の力を知っているならば、尚更の事『未来の自分を助けてくれ』と誰かに縋りたくもなる。
そうなるとすると、本当に見た未来が訪れるのであれば、これから先 "神崎瑠香には未来がない"。
「その殺される未来ってのは、どこで殺されるのか分かってるの?」
「それが… その時は未来が見えたのが一瞬だったんです。気づいたら包丁で刺されてて、自分がどこにいるかも分からないまま意識が戻って…」
「そっか…」
『誰かに殺される未来』が何処で起こり得るのか分かっていれば最悪な未来は回避できるが、分からないと来ればお手上げだ。
どうすればいい…? どうすれば神崎瑠香を助けられる…?
険しい表情を浮かべて思考を張り巡らせる。恐らく結衣も同じことを考えているだろうか?
俯いたまま無言になった僕ら二人に、瑠香は泣きそうな声で
「私は、このまま死ぬんでしょうか…?」
と声を震わせ、俯きながら消え入りそうな声で呟く。
そんな瑠香の様子を見て、僕はいつの日かの由希を思い出した。
由希に心臓の病気が見つかり、今よりも何度も入院と退院を繰り返してた時期の事。両親は仕事で家を空けることが増え、お見舞いには今と同じ様、僕一人で行くようになった頃、ある日由希が病室で
『私は…後どれだけ頑張ったらいいんでしょうか…?』
と病院のベッドの上で涙を流しながら呟いていた。
あれ以来出来るだけ 悲しい思いはさせまい と、由希の面会には時間を見つけて出来るだけ向かうようになったのだが、今の瑠香はあの時の由希と同じ表情をしている。
未来を諦めたそんな表情、だとすれば助けたくもなる。
無意識の内に、僕は胸の内にあった思いを口にしていた。
「……未来は僕が変えてやる」
「えっ…?」
「上坂…」
勿論、どうすればいいかなんて分からない。
神崎瑠香を助けられるかどうかも、迫り来る残酷な未来を変えれられるかどうかも。
それでも、今は曇ったままの瑠香の表情を変えたい、もしかしたら未来が変わるかもしれないという希望をあげたい… その思いから出た言葉だった。
「……本当、ですか?」
「上坂、本気…?」
「僕らを信じて話してくれた後輩が死ぬかもしれないってのに助けない訳にはいかないだろ」
「それはそうだけど……」
自分に何が出来るのかは分からないが、神崎瑠香が数週間後はたまた数日後か数時間後に殺されるかもしれないというのは見過ごす訳にはいかない。
こうして話を聞いた以上は何か手助けをする必要があるはず、そもそも『助けて欲しい』と思ったから自分達へと頼んだはずなのだから。
「僕に出来ることなら何だってするよ」
「本当ですか!?」
「ああ、本当だ」
僕の言葉に多少は救われたのか、瑠香の顔はパァっと明るくなった。うん、やっぱり女の子には笑顔が似合う。隣の奴にも是非ともこれくらい明るい笑顔をして貰いたい。
だが次の瞬間、神崎瑠香は僕の想像を超える事を口にした。
「じゃあ!今日から先輩のお家に泊めてください!」
「……」
「え、は?」
聞き間違いだろうか?
瑠香の放った、想像の斜め上を行く言葉に思わず身体が固まる。
「一応聞くけど、なんで……?」
「私の両親、昨日から出張で家を開けてて…… あの夢を見てから一人で家に居るのが怖くて……」
想像してたよりはまともな理由だった。とはいえ、『そうか… ならうちにおいで!』とは言えない。言えるはずもない。
僕は視線を隣に居た結衣へと向けるが、『お前が助けると言ったんだろ』と言いたげな視線を返してきた。
「先輩のご両親にはちゃんと挨拶します!安心してください!それに家事もできますから!」
「上坂の両親なら同じく家に居ないよ ね、上坂」
「おぃぃぃい!結衣!?」
突然の結衣の裏切りに、思わず大声を出しながら僕は席を立つ。近くに座っていた学生や、談笑をしていた奥様方の怪訝な視線が一斉に僕に突き刺さり、僕は萎縮しながら席に座る。
「あの…駄目、ですか?」
瑠香は瑠香で、女の最終兵器である上目遣いを仕掛けてくる。
はっきりいって、神崎瑠香はめちゃくちゃ可愛い。
髪型はふんわりした感じのショートボブ、顔もテレビで見る様なアイドルに引けを取らない程に整っており、こんな可愛い後輩に上目遣いでお願いをされて断れる訳が無い。
(結衣様 お助け下さい)
再び僕は結衣の方へと視線を送るが、相変わらず『お前が助けるって言ったんだろ?』と言わんばかりの視線を返してくる。
何でもするとは言った手前、まさかこんな事になるなんて……
悩むに悩んだ結果、僕が出した答えは……
「うん…… ご両親帰ってくるまでの間 家においで……」
僕は遂に折れ、今日から神崎瑠香との共同生活が始まる事に。
「(大変な事になった…)」
自分がまいた種とは言え、まさかこうなるとは…
これからどうしよう…と頭を抱える僕と、それを哀れそうに、そして何処か愉快そうに見つめる結衣。そして神崎瑠香は楽しそうに『まず荷物取りに帰りますね!』と語るのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
僕達はファミレスを後にすると、僕は瑠香と共に荷物を取りに行く事に。
神崎瑠香が殺される未来はいつ起こるか分からない。
そう考えると、一人で荷物を取りに行かせる訳にはいかないので僕もついて行くことにした。荷物を取りに帰らせている途中で襲われて死ぬなんて事になれば胸糞悪いと思ったからだ。
夢乃原高校前駅から夢乃原駅まで電車で二十分、駅で結衣と別れる前に少しだけ会話をした。
「上坂って、他人に関わるのが面倒くさい って私に言ってた癖に神崎さんは助けるんだ 可愛いから?」
「さすがにあんな表情されたら助けない訳にはいかないだろ」
「もしかして、神崎さんと妹さんが重なった?」
結衣の一言に、僕は図星と言わんばかりの無言になる。
結衣の言う通り、僕が瑠香を助けようと思ったのはあの日の由希とおなじ表情を浮かべたからだ。
未来を諦めた様な悲しい顔…もうそんな顔見るのは沢山だ。
「男は誰でも、誰かを助けるヒーローに憧れるんだよ でもまあそれ以上に、誰かが辛い思いをしているのを知った上で見て見ぬふりはしたくないだけかもな」
「本当にお人好しだね、上坂は」
「そうだ、なんなら結衣も家に来ていいぞ」
「上坂の家に行ったら何されるか分からない…」
結衣は汚らわしい物を見る目で僕を見る。
はっきり言ってめちゃくちゃ心外だ…
「結衣は僕の事をなんだと思ってるんだ…」
「私の、高校に1人しか居ない大事な友達。」
少し前に僕が結衣に言った言葉を、今度は結衣があの時の僕の様に真顔で告げる。
面と向かって言われると確かに少し恥ずかしい。あの時結衣が顔を真っ赤にしたのが何となくわかる気がした。
「もっと友達作れよ」
僕は照れを誤魔化す様に結衣へと言う。
「上坂が言えたセリフじゃないでしょ」
「悪いな、僕は三人いる」
「一人も三人もそんなに変わらないよ」
「それもそっか… ま、とにかく頑張ってみるよ 神崎瑠香の秘密を共有した以上、結衣も力貸してくれよ」
「分かってる。私も神崎さんに死なれるのは後味悪いから。」
「だよなぁ…」
僕と結衣は目の前を楽しそうに歩く神崎瑠香の背中を見つめながら黙り込んだ
『神崎瑠香には未来がない』
彼女を待つのは誰かに殺されるという残酷な未来。
そんな未来は訪れさせない……
未来は僕が(どうにか)変えてみせる。
続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます