#6『見えないものが見えている』
時刻は十五時前、少し小腹が空いた僕はメニューにあったパンケーキを注文する事に。
僕と結衣が座る席へと運ばれた3段積みのパンケーキを見て、想像以上のデカさに思わず『でかっ』という声が出た。店主とは顔見知りの客だからサービスしてくれたのか、それとも本当にこのサイズなのか… メニューには写真が無かったのでどちらかは分からない。
ふわふわの生地にホイップクリームとメイプルシロップがこれでもかと掛けられたパンケーキ、幼い頃父親と由希と共にこの店を訪ねた際に仲良く兄妹で分けたのをふと思い出して懐かしくなったが、これ程デカく、また厚かっただろうか。
「食べるか?」
「一つだけ貰う」
正直一人で食べ切れるサイズでは無いので有難い、一人で食べたら上にかかっているホイップクリームで胸焼けがした事だろう。店の店主のおじさんから、もう一人分のフォークを貰い、僕は結衣と二人でパンケーキを頬張った。
見た目の通り生地がふわふわしていて、何だか幸せな気持ちになってくる。久しぶりに由希にも食べさせたくなってきた。
3段重ねてあった厚めのパンケーキは結衣の助太刀もあり、何とか完食。
お腹が一杯になった僕は、おしぼりでメイプルシロップ塗れになった口周りと拭くと、早速本題に戻る。
『上野結衣が誰とも目を合わせない理由』
それが今の自分が置かれている状態と何か関連しているらしい。
「で、その理由ってのはなんだ?」
「小学生の時の話。小学生の私は今みたいに故意に人を避けるような性格じゃなかった。どっちかって言ったら一人でいるよりかは、皆といる方が多かったと思う」
「今とは真反対だな」
話を聞く限りは、いまの上野結衣は全く真反対の性格だ。本が好きで、時間さえあれば本を読んでいるような人間。昼休みは必ず教室から姿を消し、昼休みが終わるまで図書室に篭もる。それが上野結衣という人間。それ故に、同級生の女子からは"図書室の番人"なんて厨二心を擽られるあだ名を付けられているのを耳にした事がある。
今思い返してみると、上野結衣と初めて出会ったのも図書館だった。
高校一年生の夏休み、冬葵 梨花と休みの用事が合わずに退屈していたので、何となく暇潰しで訪れた市立の図書館で上野結衣とばったり出会い、珍しくまだ友人ではない人間と挨拶程度に話した結果、学校でも話す仲になった。一年生の時は結衣ともまだ同じクラスだったのでそれもあるが。
「私には悠未ちゃんっていう友達が居た 家も隣だったのもあって毎日遊ぶ仲、でもある日…」
突然言葉が途切れ、結衣は見るからに少し悲しそうな顔をして下を俯く。恐らく言い辛い話なのだろうというのは、結衣の反応を見て取れた。
「別に無理に話さなくてもいいんだぞ」
「大丈夫… それで、ある日悠未ちゃんの頭の上に『14』という数字が見える様になった 最初はなんの事か分からなかったけど、1日が経つにつれて『13』『12』『11』っていう様にカウントダウンみたく数字が減ってった」
結衣は淡々と語る。正直、この時点で僕はこの話のオチは読めた。悠未ちゃんの上に浮かんでいた数字、それは……
「悠未ちゃんの数字が『1』になった次の日、悠未ちゃんはトラックに撥ねられて亡くなった。悠未ちゃんを失ってから私は気づいた、悠未ちゃんの頭の上に浮かんでいたのは『その人に残された時間』 それ以来、目を合わせた人間に残された時間が頭上に浮かぶようになって、それを見たくない私は誰とも目を合わせないようになった これが私が誰とも目を合わせない理由。」
「なんて言うか……それは辛かったな、結衣……」
初めて結衣が告げる、誰とも目を合わせない本当の理由に、気休めにしかならないとは知りながらも僕は労いの言葉をかける。
『目を合わせるだけで人に残された時間が分かる』
正直あっても全く嬉しくない能力だ、知りたくない事実を知ってしまう程、この世に辛い事はない。
上野結衣はそんな"知りたくない事実を知ってしまう目"を持ちながらもずっと孤独に戦ってきたという事になる。誰とも目を合わせない理由としてはこれ以上の物はない。
「……上坂は私の言うことを信じるの?」
「信じるも何も、僕も本来『見えないはずの物が見えている』状態だしな、信じるしかないだろ」
今の自分に見えているのは結衣と違う物。
結衣は『残された時間』で自分は『幽霊』、違いはあるが同じ、『本来なら見えないはずの物』のカテゴリ内ではある筈だ。
「で、その話は僕以外にしたことあるか?」
「1人だけ… 私のもう1人の幼馴染にした事がある 男子は上坂が初」
「どうやら結衣の初めてになれたようで嬉しいよ」
「上坂」
「なんだ?」
「次そんなキモい事言ったら通報するから」
「冗談だよ」
半分は本気だったが、それを口にするとまた何か言われそうなのでそっと口を閉じた。
一方の結衣はアイスコーヒーに口をつけながら本を捲っていると、買ってきた時に付いてきた栞がページを捲った際に起こった風によって、ヒラヒラと床へと落ちていく。
親切心でそれを拾い上げるべく、僕は栞に手を伸ばしたのだが、結衣も同じタイミングで栞へと手を伸ばし、お互いの手が触れたその瞬間、気を抜いていたのか結衣は僕と目が合った。
直後、『しまった!』という顔をする。
そして次の瞬間、有り得ない物をみた という表情を浮かべた。コロコロと変わる結衣の表情に思わず笑いそうになる。
「なんだよ…その顔…」
こうして真正面から結衣の顔を見るのは一年間の付き合いで今日が初、前々から思っては居たが、改めて真正面から見ると可愛いらしい顔をしている。
とはいえ、今浮かべている表情の理由が分からない。恐らく上坂隼人の残された時間を見てしまったのだろうか、だとすれば…
「もしかして…… 僕は明日死ぬレベルで寿命短いか?」
「違う……」
「じゃあギネス狙えるレベルで長いとか?」
「それも違う……」
どちらでも無いならば、じゃあ一体なんだと言うのか。勿体ぶらずに早く結論を言って欲しい。
「…ない」
「は?」
聞き取れない声の大きさで呟く結衣へと、もう一度聞き返す。
「見えない、上坂の『残された時間』が……」
「え?」
「理由は分からないけど、上坂のだけ読み取れない…」
「他の人は?」
「目さえ合えば本来なら読み取れる、だけど上坂だけは…」
結衣の反応からして、僕には結衣が嘘をついているようには思えない。人って本当に驚いたらこんな顔をするのか なんて思う様な顔だった。
本当に、結衣は僕の寿命だけ読み取れないらしい。
◇◆◇◆◇◆
時刻は十六時を過ぎ、僕らは店を出た。
喫茶店から歩いて十分、駅前の大通りに出た二人は『また今度』と別れを告げて別々の帰路につく。今から夕飯の支度をしなくてはいけないが、心底面倒臭いのでコンビニの弁当にするか悩んでいた所に『おーい隼人〜』と声を掛けられ、振り返った先には部活終わりで家に帰る途中の冬葵とばったり遭遇した。
「部活帰りか?」
「そう、お前は?」
「野暮用が終わって帰る所」
「さっき上野さんに会ったけどもしかして野暮用って上野さんに会う事か?」
「まぁそんな所だな」
口が裂けても『見えないものが見えている事について相談をしていた』なんて言えない。好奇心旺盛な冬葵の事なので色々と根掘り葉掘り聞いてきそうなのもあり、説明がめんどくさいので『野暮用』についての言及は止め、また冬葵も追及はしてこなかった。
「で、そんな野暮用が終わった隼人は晩飯の買い物とみた!」
「すごいな正解だ、コンビニで飯でも買おうと思ってな」
「またコンビニ飯か…? この前もじゃなかったっけ?」
「一人暮らしは自分で食事作らないといけないんだよ、親と暮らしてる冬葵には分からないだろうけどさ」
冬葵の家庭と違い、自分には家に帰れば美味しいご飯が待っている訳でもなければ暖かいお風呂が待っている訳でもない。炊事洗濯掃除…何から何まで一人でやっている。
「なら家寄ってけよ、母ちゃんも隼人なら大歓迎だろうし」
「なんか悪いよ」
「いいって! ほら行くぞ!」
結局、この日は夕食を赤城家でご馳走になり、改めて家族っていいなと思い知ったのだった。
続く
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