#5『詳しい事は詳しい者に』
七月二十四日の午後十二時。
この日、バイト先のレストランは夏休みという事もあり、いつもの数倍の客で店内は賑わいを見せている。
それに加え、一番忙しい昼時の時間を迎えた僕は、てんてこ舞いになりながらの接客で本当に目が回る程に忙しい。
いつもならば昼前に取る休憩も、昼前からやってきたあまりの客の多さにとることが出来ず、結局休憩に入ったのは十三時過ぎ。
クタクタになりながらバックヤードの休憩室へと戻った僕は、大きなため息を付きながら、項垂れるように椅子へと腰掛ける。
休憩と言っても、貰ったのは十分程の簡単なもの。軽い水分補給をしてから、またすぐにフロアへと戻らなければならない。
とはいえ、今日は十四時にはバイトを上がらせてもらう予定なので終わるまであと少しなのが救いだ。
そんな中で、二回目の大きなため息をつくと同時に、ガチャりと、従業員用出入口の扉が開く音が聞こえた。
扉の方へと視線を向けてみると、音の正体はいつも通り昼からのシフトの梨花だった。
「お疲れ、隼人。なんか凄い疲れてるね」
「いつもに増して多いぞ今日は」
「うへぇ……」
僕の言葉に顔を歪ませた梨花は、女子更衣室へと姿を消し、その五分後にウェイター用の制服へと着替えてから僕の隣の席に座る。
「ふわぁ〜あ」
「凄い大きな欠伸じゃん、寝れてないの?」
「まぁ、そうだな」
昨晩は色々考えるべき問題があり、あれだけ疲れていたのに眠ったのは深夜一時過ぎ。
ココ最近、考える事が多すぎて睡眠不足が顕著に現れている気がする。
「あれだけ海ではしゃいでたのに夜何してたの?」
「ナニしてたんだよ」
「……最低」
冗談で放った言葉に、梨花から今まで向けられた事の無い侮蔑の眼差しを向けられる。
とはいえ『幽霊が見えるようになったせいで眠れませんでした』なんて口が裂けても言えない、そもそも信じないだろう。
「ま、それは嘘だけど 色々考えることがあるんだよ」
「隼人って悩みとかあるんだ〜」
「ソレ、僕に失礼だぞ 」
「だって『面倒臭い事は考えたくない』っていつも言ってるじゃん」
「状況が変わったんだよ」
数日前にも、『最近考えることが多くて寝不足だ』と言ったら、冬葵から『隼人にも寝れない夜があるんだなあ』なんて言われたのを思い出す。
一体、幼馴染二人は僕の事をなんだと思っているのだろうか。僕だって考えることの一つや二つ位はあるというのに。
「さて、もう少しだけ頑張りますか」
もうすぐ十分になる。嫌々ながらも何とか自分を鼓舞して立ち上がり、残り五十分程度の勤務へと戻る。
◇◆◇◆◇◆
「それじゃ後は頼むわ」
「お疲れ隼人〜!」
バイトを終え、梨花に後を任せて店を後にする。
結局店を出たのは十四時過ぎ、結衣との約束の時間を少し過ぎてしまった。
これ以上の遅刻は流石に結衣に対して申し訳なさがあるので、疲れてヘトヘトではあるが、疲れきった身体にムチを打つように、急いで待ち合わせ場所の駅前の本屋へと走る。
バイト先から走る事十分、目的地の本屋へと到着。
自動ドアを抜け、店内に入った僕は、自分の背よりも遥かに高い本棚の合間を縫いながら、店の何処かにいる結衣の姿を探す。
しかし、どれだけ僕が店内を探し歩いても、ライトノベルの並ぶ棚、参考書の棚にも結衣の姿はない。まさか、僕が時間を過ぎても現れない事に怒り、帰ってしまったのではないだろうか。
あながち有り得ない話では無いので嫌な予感がしながらも、最後に僕は、結衣がいつも読んでいる作家の作品が並んだ棚を見てみる事にした。
「結衣は…… あれ、結衣か?」
僕の視線の先で女の子が1人、著名小説家の小説を手に取って興味深そうに見ていた。
その横顔は、結衣にそっくりではあったが、髪型がいつもと違う。いつもなら左右同じ高さで髪をリボンで纏めているが、その少女は長い髪を横ではなく後ろで纏めた、言わゆるポニーテールと言う奴。どこか顔立ちが似ているとは思いながらも、人違いだと恥ずかしいなぁ と思い、僕はそのまま後ろを素通りする事に。また捜索は降り出しに戻った。
そうして、諦めて次の本棚へと向かおうとした時、突然背後から脇腹を指で突かれ、『おわっ!』というそこそこ大きな声を出してしまう。
静寂に包まれた本屋に僕の声が響き、近くにいた男性に怪訝な視線を送られ、恥ずかしさで顔が熱くなった。
「素通りとか、上坂の癖に生意気だね」
「お前は野球好きのガキ大将か……」
後ろを振り返ると、先程後ろを素通りした少女がジト目でこちらを見てくる。自分の事を『上坂』と呼ぶ女子は思いつく限り一人しか居ない、髪型が違うので確信はなかったが、間違いなく目の前にいるのは『上野結衣』だった。
「いつもの髪形じゃないから気づかなかった」
「嘘つくな、気づいてはいたでしょ」
「確信がなかったんだよ、お前っていう いつもと髪型違うし」
確かに何となくは気づいていたが、確信がなかったのは本当の事だ。嘘はついていない。
「暑いから後ろで纏めてたの」
そう言って、結衣は仰ぐ様な手振りをした。
確かに今日は暑い。と言っても夏なので毎日暑いが、今日は輪にかけて暑い。
今日は日本の各地で猛暑日だと、家を出る前に見た天気予報のキャスターが言っていた。長い髪の結衣なら横より後ろで纏めた方が確かに涼しそうだ。
「で、わざわざ呼び出して何の用?」
「ここじゃなんだから場所移さないか?」
「なら待ってて、会計してくる」
そう言って、結衣は先程じっくり眺めていた小説を一冊手に取るとレジへ向かう。
一方、一人取り残された僕は、本屋に用事は無いので先に店を出る事にした。
自動ドアを超えると共に来るムワッとした夏特有の熱気に顔を歪めながらも結衣が出てくるのを待つ。
◇◆◇◆◇◆
買った小説を片手に店から出てきた結衣と共に向かったのは、本屋から歩いて五分程度の場所にある個人経営の喫茶店。
木造の、どこか懐かしさを感じる店内へと入ると、来客を知らせるベルが鳴り、店の奥から白髪混じりのどこか優しそうな店主が迎えてくる。
「隼人、久しぶりだな」
「おじさんも相変わらずお元気そうで」
ここの店主とは顔馴染みの間柄だ、自分の父親とは高校時代の同級生らしく、幼い頃、父親に何度か連れて来て貰った事がある。こうして一人で来るのは初めてだが。
「親父さん元気か?」
「最近帰ってきてないから分からない」
「アイツも忙しそうだからなぁ…… ……って、彼女連れか?」
僕の後ろに居た結衣の存在に気づき、店主は耳打ちをするように小声で問う。思わず『なっ!』と声が出そうになったが、口に出す前に何とか堪えた。
「違うよ、友達っ!」
「なんだよ……そうか、まぁ好きな所に座ってくれ」
店内にはそこまで客は居ない。もう十五時前だ、一番忙しいであろう昼時が終わり、客足もだいぶ落ち着いて来た時間帯だろう。
僕と結衣は窓際の空いている席に座り、席に置いてあったメニューを開いた。
「なんか飲むか?」
「私はアイスコーヒー」
「なら僕はこれで… おじさーん!」
この店には店員呼び出しボタンがないので声で呼びかける以外に店主を呼び出す方法がない。呼び出しボタン位あってもいいと思うが、そこまで大きな店でもないので必要ないのだろう。
「はいはい、注文は?」
「アイスコーヒーと、オレンジジュースで」
「はいよ」
僕らの注文を聞き、店主はキッチンへと戻っていく。
「オレンジジュースだなんて、上坂はまだまだお子ちゃまだね」
「少年心を忘れない純真な青年って言って欲しいな」
今年で十七歳になったが、コーヒーはどうにも好きじゃない。まあ別に飲めないからと言って困るものではないが。
そんな僕の言葉に、結衣は『何を馬鹿な事を』と言わんばかりの表情を浮かべながら、買った本をパラパラと捲る。
ページ数でも確認しているのだろうか? 結衣の行動に若干首を傾げていると、僕らの座る席へとそれぞれ注文した飲み物がやってくる。
飲み物に付いてきたストローを差し、店主のおじさんが再びキッチンに戻るのを見送ってから、やってきたオレンジジュースを一口飲むと、僕は早速話を切り出した。
「単刀直入に言うけどいいか?」
「何?」
「……幽霊って見えると思うか?」
僕の口から出た言葉に、結衣は捲っていた本を栞を挟まずにパタンと閉じると、
「上坂、暑さで頭イカれた?」
と、突き放すように言い放った。
とはいえこちらは本気だ、本当に幽霊を見たのだ。暑さでイカれた で済むならこんな事わざわざ聞かない。
「頭がイカれたのならそれで済むんだけどさ、マジで幽霊が見えてるっぽいんだよ」
「上坂と話してると頭が痛くなってくる……」
頭を抑え、やれやれ……といいたげに、結衣もアイスコーヒーに口をつける。
女子がストローで飲み物を飲む様子は何故こんなに色っぽく見えるのだろうか?結衣の姿を見て、どうでもいい疑問が頭を過ぎる。
「で、なんで上坂は幽霊が見えるって言い切れるの?」
「一つ、僕以外に見えない 二つ、姿を消せる 三つ 、本人が幽霊って言ってた どうだ?幽霊だろこれ」
「上坂って人に言われた事を鵜呑みにするタイプなの?」
「いや、逆だな 聞き流すタイプだ」
確かに自分は人の言う話をバカ正直に鵜呑みしない。とはいえこれだけの状況証拠が揃っているので、幽霊を見た 話せる 触れられるというのは信じる他ないのだ。
それに何度も言うが、本人が幽霊だと言っていた。
「で、結局何が言いたいの?幽霊見える自慢?」
「『見えない物が見えるようになる現象』って心当たりないか?」
これこそが僕に結衣に聞きたかった事。
自分は今、幽霊という『本来見えない筈の物』が見える。もしかしたら何か結衣なら知っているかもしれない、その淡い期待でこうして結衣に話を聞くことにしたのだ。詳しい事は、詳しそうな者に聞くに限る。というか、結衣くらいしかこんな事話せない。
「上坂は私のことをなんでも知ってる便利な女だと思ってる訳?」
「いや、大事な友人の1人だと思ってる」
真剣な表情でそう語る僕の言葉は、結衣にとっては想定外の返答だったらしく、頬を赤らめながら下を俯いた。
「上坂ってよくもまあ恥ずかしげもなくそんなことが言えるね」
「本気でそう思ってるからな、結衣には一生友達をやってもらうつもりでいるから頼むぞ」
「…ばか」
「え?」
「なんでもない、それで『見えない物が見えるようになる現象』については私も心当たりがあるよ」
結衣の返答に、思わず机の下でガッツポーズをした。
結衣へとダメ元で聞いてみて正解だったらしい、やはり持つべき物は、様々な事に詳しい友人だ。
「で、その心当たりってのはなんだ?知り合いか?」
僕が投げかけた疑問に、結衣は静かに自分を指さした。
「へ?」
「いまの上坂なら信じてくれそうだし話すことにするよ、私が誰とも目を合わせない本当の理由。」
続く
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