#4『疑惑を確信に』

 

 燦々と輝く太陽。立っているだけで足の裏が焼けそうな熱さの砂浜、そして輝く青い海…

 僕​─上坂隼人と、小宮梨花 赤城冬葵の幼馴染3人でやって来たのは、夢乃原高校前駅を出て直ぐに見える夢乃原海岸。

 幸いにも天候に恵まれ、今日はまさしく海日和。それもあって、今日は朝十時から海水浴客で砂浜は賑わっていた。


「さーて、今日は泳ぎまくるかな!」

「私もー!」

「がんばれよー…」


 テンションMAXの冬葵 梨花と違い、僕は一人だけテンションが低い。

 確かに休みの間に一度、海に行こうかなとは思っていたが、別に『めちゃくちゃ泳ぐぞ!』という気分でもない。ただぼーっと海を眺めて波の音に癒される… やりたかったのはそれであって、海ではしゃぎたい訳では無いのだ。


 数分後、3人で水着に着替えて再集合。

 僕は先日買った赤色のサーフパンツに、上は鍛えていないだらしない身体を晒すのが恥ずかしかったのでコンビニで買った白いシャツ。安いやつなので濡れようがどうでもいい。

 冬葵は僕と違い、恥じる様子もなく、日々の部活と筋トレで鍛え上げられた肉体を披露。

 梨花も先日買った黒いオフショルの水着を纏いお披露目。


「どう?隼人チョイスの水着!」

「いいじゃん、似合ってる 隼人もいいセンスしてんな」

「偶然手に取ったのがそれだっただけだ……」


 決して梨花に着て欲しかったから選んだ訳では無い、本当に偶然手に取ったのがそれだっただけの話。梨花もわざわざ"隼人チョイス"など言わなければいいのに…。

 そんな僕の心境を他所に、二人は僕を置いて『泳ぐぞー!』『おー!』なんてまるで小学生の様にはしゃぎながら海に向かっていく。

 唯一人取り残された僕は、特に二人を追いかける事もせず、その場に立ったままボーッと海を眺める。

 本当に泳ぎたい訳では無いのでこうして二人が満足するまで何処かをぶらついていよう。

 そう考え、僕は宛もなく砂浜を歩き始めた。



 砂浜を歩き始める事五分。海水浴客で溢れかえる海岸から少し離れた岩の堤防にやってきた僕は、堤防に無言で座り込み、ボーッと水平線の向こうを眺めていた。

 少し前に結衣が言っていた『人間の目で見える水平線の長さは4.5kmしかない』という言葉を思い出す。あれは確か、結衣と海の見える歩道を歩きながら帰っている時に僕が尋ねたから教えてくれたんだったか。

 あれだけ遠くに見えるというのに、実際は思っているよりかはそんなに遠くないだなんて、世界には不思議で溢れている。

 不思議と言えば自分は今、本当に不思議な事に巻き込まれている。

 思い返すのは昨日の夕方の事…


 ◇◆◇◆◇◆


「春奈さんって、幽霊ですよね」


 茜色に染まった夕焼けの下、何故か春奈さんに後ろから抱きつかれている状態の僕は、視線を屋上からの景色に移したままで問いかけた。

 僕が意を決して投げかけた疑問に、春奈さんはすぐには答えてくれなかった。三分程の沈黙が続き、そのかん春奈さんは前みたいにこの場から姿を消しているのではないかと思ったが、変わらず背中には、仄かな温もりと感触がある。

 余程答えにくい質問だったのか、ようやく長い沈黙を破った春奈さんから出たのは…


「はい、そうです」


 という肯定だった。

 予感は的中、春奈さんはやっぱり幽霊だった。

 だとすれば新たな疑問が生まれる、何故自分は幽霊が見え、そして触れられるのか?


「隼人君はどうして私が幽霊だと分かったんですか?」

「あの場からまるで最初から居なかったように姿を消せるなんて、幽霊か瞬間移動ができる超能力者しか居ないでしょ」

「その二択で隼人君は前者を選んだんですね」

「ま、有り得ない2択ですよね」


 ははは と笑いながら僕は答える。

 はっきりいって自分でも馬鹿げてる2択だとは思う。でも、そう考えるしかなかった。本当なら霊やら超能力を信じたくはない。そもそも僕はそういう非科学的な物に対して否定派の立場なのだ。


「…はっきりいって、最初は賭けでした」

「僕に春奈さんの声が届くか ですか?」

「はい、でも隼人君はちゃんとこうして気づいてくれました」

「え、本当に幽霊なんですか…?」

「はい、こうして隼人君にちゃんと触れられるのに幽霊なんです」


 そう言いながら、春奈さんは僕をさらに強い力で抱きしめる。不思議な事に、抱きしめられている感覚はちゃんとある。とても幽霊とは思えない。


「最近の幽霊ってのは触れるんですね」

「そうですよこうしてちゃんと触れられるんです」


 そう言いながら、今度は後ろから僕の頬を突く。これまた、頬にはちゃんと突かれている感覚があった。ますます春奈さんが幽霊なのが不思議に思えてきた。実は自分を騙す為に嘘をついているのではないかと思う程に。


「まあ、こうして触れたり、私の姿を見れるのは隼人君だけみたいですけどね」

「……それってどういう意味ですか?」

「隼人君も何処か心辺りがあるんじゃないですか?『見えないものが見えている』という事に」


 春奈さんの言葉で思い出すのは、駅での出来事。

 バス停の裏で号泣していた少女に話しかけた際に、少女に掛けられた一言は今も耳にこびりついている。


『お兄ちゃんには私が見えるの?』


 現に、周囲にいた人々は誰一人として泣いている少女に声をかけることも、心配する様子も無く素通りしていた。最初は『現代社会は薄情な人間ばかりだ』と僕は思っていたが、今思い返してみると、本当に自分以外には見えていなかったのだろう。

 そう考えるとますますゾッとしてきた。


「マジで幽霊見えるようになったのか…?」


 小さい頃から幽霊なんて微塵も信じて居なかった。テレビでやっている心霊特集は全て作り物、単に見ている人を驚かせるための紛い物でしかない そう考えて生きてきた。

 しかし今、自分はこうして幽霊を見る事ができるようになっている。

 今までの人生で否定し続けて来たものが、見えるようになってしまったのだ。


 ◇◆◇◆◇◆


「はぁ……僕の身に何が起こってるんだ……」


 堤防に腰を下ろしながら、潮風を感じている僕の右頬に、突然冷たい感覚がピトリと当たる。

『うわああ!!』という驚いた声を上げると共に振り返った先には、ペットボトルを持ったままニヤニヤしている冬葵と梨花の姿がそこにはあった。

 幽霊の類は怖くないとはいえ、驚かせてくるのは怖い。というか誰でもビビる。

 バクバクする心臓を抑えながら、少し恨みの籠った目で僕は二人を見る。


「どこいったのかと思えば、こんな所で黄昏てたのか」

「隼人も泳ごうよ!」

「いや、僕はいい……」

「いいからいいから!」

「ほら泳ぐよ!」


 遠慮する僕の思いは何処へ、幼馴染二人に手を引かれて僕は砂浜の方へと連れ戻されると、二人と一緒に海で遊ぶことに。

 冬葵が海の家で借りた浮き輪でぷかぷか浮いてみたり、何故か砂浜に埋められたり、口では『僕はいい』とは言いながらもなんやかんやで海での遊びを満喫している。


「波で崩れない城作った奴が1位な」

「最下位は?」

「焼きそば奢り!」


 砂で城を作る3人、何だか初めて出会った幼稚園の頃を思い出して懐かしくなる。

 昔もこんな風にして無我夢中で砂で遊んだ記憶があった。まさかこの歳になってまでこの三人で砂で遊んでいる事に驚きだが。


「よっしゃあ!俺の城の勝ち!」

「私のも形保ってるから隼人が焼きそば奢りね!」

「畜生ぉ…」


 結果は僕の敗北、押し寄せた波によって必死に作った城とは形容し難い何かはいとも簡単に、波に攫われてしまった。

 対決に負け、僕は渋々3人分の焼きそばを購入。腹ごしらえをしてから午後も海辺で遊び、そしてあっという間に夕方になった。


「さーて、そろそろ帰るか〜」

「今日楽しかったな〜 隼人は?」

「楽しかったよ、幼稚園の頃を思い出してなんか懐かしくなった」

「俺も! なぁ、最後に写真撮ろうぜ!」

「賛成!」


 冬葵はそう言いながらスマホを持ってくると、カメラを内カメラへと切り替えてから3人で身体を寄せ合う。写真は苦手だが、断れる様子ではなさそうなので仕方ない。


「隼人もうちょい寄りなよ〜」

「こうか?」

「なんで 寄って って言ったのに見切れるの?」

「ほら寄れって!」

「わかったわかった…」


 梨花が水着なせいで密着しずらい、こうしている間にも梨花の肌と自分の肌が当たっている。女子への免疫がないのでこういう些細な事でも反応してしまう自分が憎い。


「よし!隼人そこから動くなよ!」


 どうやら満足のいく構図になっているらしい、これで動けばまたボロクソ言われそうなのでじっとしたまま、カメラのレンズを見つめた


「1+1は〜?」


「2〜!」


 冬葵と梨花の掛け声と共にパシャッ!というシャッター音が響く。

 撮れた写真を見せてもらう、若干自分の笑顔がぎこちない様に見えるが、これでも頑張って笑顔を作っている方だ。


「隼人の笑顔なんか変〜」

「まぁ隼人らしくていいんじゃないか?」


 梨花からは若干不評だったが、冬葵は何とかフォローしてくれた。

 写真を撮り終え、服を着替えると帰路へ。

 時刻は十七時半、丁度タイミング良くやってきた電車へと乗り込んでから3人は夢乃原駅につくまでの間、電車内で『今日は楽しかったな』『また来よう』『お前はいい加減彼女と行け』という他愛のない会話を繰り広げている間に電車は夢乃原駅へと到着。

 三軒並んだ『小宮家』『赤城家』『上坂家』の家の前で『また今度な〜』と別れてからそれぞれが自宅に入る。

 鍵を開け、自宅に帰った僕は誰も居ない家へと『ただいま〜』と言いながら、持っていた鞄を放り投げなげてソファにダイブ。

 横になると共に、どっと疲れが押し寄せてきて眠たくなってきた。

 意識が半分夢の中へと落ちそうになった時、やるべきことを思い出して無理やり立ち上がると、放り投げた鞄からスマホを取り出す。

 電話帳を開き、あ行に登録されていた『上野結衣』の電話番号をタップすると、スマホを耳に当てる。

 正直出ないかと思ったが、4回コール音が鳴った所で通話に切り替わった。


「もしもし、結衣か?」

『珍しいね上坂が電話かけてくるなんて 何かあった?』

「会って話がしたい、明日14時以降に会えないか?」


 色々聞きたい事がある、詳しい事は詳しそうな者に聞くことにしよう



 _______続く。

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