#3 『秘め事』
何かを予兆させる小さな女の子の出会いから一時間後、夢乃原市から電車で二十五分程の場所にあるショッピングモールでは、僕と梨花の二人が食事を摂るべく食事処が建ち並ぶエリアをぐるぐると回っていた。
「いい加減決まったかー?」
「もう少し考える時間を頂戴!」
「もうどこでもいいだろ……」
「隼人がそのスタンスだから決まらないんでしょ! 何が食べたいとかないの?」
もうかれこれ20分は吟味している、はっきり言って僕にとっては何処でもいい。なんせ自分は焼いてない食パンをそのまま食べる様な人間だ、そこまで食に対して拘りがある訳ではない。
「……僕はなんでもいい」
「それが1番困るの!」
結局、僕らはレストラン街をもう一周した後に最初に話題に上がっていたオムライス専門店へと入る事にした。
店内は女性の店員ばかり、男性スタッフや男性客の姿はほぼないので梨花同伴とは言え、少し居心地が悪い。
しかしメニューを見る限りはとても美味しそうなので、少しばかりの期待を胸に梨花と向かい側になるように席に座ると、メニューとお冷を貰ってから早速何を頼むか決める事に。
僕と梨花は結局同じメニューを頼み、頼んで十分程で料理は到着。
SNSに上げるのか、様々な角度からオムライスの写真を撮る梨花を尻目に、僕は写真を撮ることはせずに早速口に運ぶ。
……美味い。 卵はとてもフワフワで、オムライスの上に掛けられているデミグラスソースもコクがあり美味。オムライスにはケチャップ派だったがデミグラスソースも悪くないかもしれない。
「隼人は写真撮らなくていいの?」
無我夢中にオムライスを口に運ぶ僕の姿を見て、梨花は不思議そうな顔で尋ねてくる。
「撮って誰に見せるんだよ 由希か?」
「SNSに上げるとか?」
「SNS殆どやってない」
「え!?」
梨花はとてもなく驚いた表情。この時代にSNSをやってないなんてまるで有り得ない と言わんばかりの反応。それはとても心外だ。別にやっていない人間なんて探したら幾らでもいる。
現に、目の前に一人。
「別にやらなくても生きていけるだろ」
「生きていけないよぉ!」
「お前はSNS中毒だな」
やれやれ といった様子で食事を再開する。
SNSをやってないと言うだけでこれほどまでに驚かれるとは思わなかった。
しかし本当にやっているのは通話アプリのみ、それ以外には全くもって興味ないし、見せる相手がいない。大体、友人が少ないのもあり、スマホに登録している連絡先が家族含めて8件しかないので通話アプリの方もほぼ妹と冬葵梨花、そしてたまに結衣と連絡を取る程度にしか使っていないのだ。
「なら始めてみたら?意外と楽しいかもよ?」
「いや、つまらんだろ 誰に見せるんだよ」
「世界中の人…とか?」
「世界中の人間に僕のつまらない日常を見せてどうする」
恐らく自分には一生、SNSに縁がないだろう
そう思いながらオムライスの最後の一口を口に運んで完食した。
一方の梨花はいま食べ始め、梨花が食べ終わるまで暇になった僕は、スマホを出して何となくネットサーフィンを始める。
「何見てるの?」
「秘密」
「えっちな奴……?」
「食欲満たしたから次は性欲ってか? そんなんじゃない、ただの暇つぶし 別に焦って食べなくてもいいぞ」
五分後に梨花もようやく完食。
会計は自分が2人分持ち、二人は店を出た。
「本当にいいの?」
「たまにはカッコつけさせろ」
確か待ち合わせに遅刻をしたら昼飯奢りという約束をした気がしたが、僕自身は最初から遅刻をしようがしまいが昼飯位は奢るつもりだった。2人で会計1600円。決して安い訳では無いが、近々バイト代が入るので大した事は無い。多分。
そんなこんなで腹も満たした僕らはようやく目的の買い物へ。
正直服には大した興味が無い、現に今も無地のTシャツに半ズボンというファッションセンスの欠けらも無い服装。
そんな僕も梨花の後を追って様々な服屋に入っては『これ似合う?』という梨花からの問いかけに、適当に『似合う』と返すのを繰り返し、あっという間に両手は服が入った紙袋で埋まった。
「…まだ買うのか?」
「うん、そうだけど 次は明日着る水着!」
「そういや明日だったか…」
先日、梨花と冬葵と共に海に行こうという約束をしていたのを、梨花の一言で思い出す。
丁度いいので、僕も水着を買う事にした。
「ねぇ!これどうかな!?」
水着コーナーへとやって来た2人。色んな種類の女性用水着がある中で梨花が僕に見せたのは、布面積が小さい如何にもセクシーなビキニ。
「いやいやこれもう裸だろ」
「私がセクシーなの着たら悩殺しちゃうから駄目?」
「お前、よくそこまで自分に自信が持てるな…」
「隼人は自分に自信無さすぎ」
「そうか?」
「そう! ま、やっぱりこれはちょっと私的にもナシかな〜」
梨花はそう言いながら手に取った水着を戻し、再び吟味を再開する。
その間に僕も自分が着る用の水着探しへ。特にこだわりがある訳でも無いので、何となく手に取った赤色のサーフパンツにする事にして、ササッと会計を終わらせて梨花の元へと戻ると、まだ悩んでいる様子。なぜ女性は買い物が長い生き物なのだろう、永遠の謎だ。
「まだ決めてなかったのか?」
「悩み中〜…」
「もうこれでいいだろ」
痺れを切らし、そう言って僕が選んだのは黒色のオフショルの水着。
「隼人がそれがいい! って言うならそれにしようかな〜」
「別に、僕がこれが好きな訳じゃないからな」
勘違いされそうなので一応釘を指しておく。
その後、梨花は結局、僕チョイスの水着を買う事にしてレジへ、これで買い物の用事はどうやら終わりの様だ。
◇◆◇◆◇◆
ショッピングモールを後にした僕らは両手に一杯に服の入った紙袋を持ったまま、帰りの電車へと乗る為に駅へと戻ってきた。駅前の広場を歩く途中に先程の女の子が居ないかを探したがやはり姿はない。
「なんだったんだアレ……」
今でも脳裏にこびりついているのは、女の子の『私が見えるの?』という発言。
まるで他の人には女の子の姿が見えていなかったのに、僕には見えていたかような、あの言葉を思い出す度に鳥肌が立つ。
夢乃原駅までの切符を買い、駅のホームへと到着した僕らの元に、丁度電車がやってくる。
電車へと乗り込み、運良く空いていた席へと座ってため息をついた。3時間程ずっと歩き回っていたのもあり足が痛い、久しぶりに座ったのでどっと疲れが襲ってくる。何だかとても眠いが、寝過ごすのは避けたいのでじっと堪え、欠伸を噛み殺した際に滲み出る涙を指で拭っていると、電車は出発。
電車が走っている間も特に何かをする訳ではなく、ただぼーっとしていると、急に左肩がズンっと重くなる。
左横を見てみると、梨花の頭が僕の左肩へと乗っていた。流石の梨花も歩き回って疲れたのだろうか、すぅ… という可愛らしい寝息を立てながら熟睡している。
「……ますます寝れなくなったな」
自分まで寝てしまえば起こす人間が居なくなる、そうなれば間違いなく乗り過ごすだろう。
仕方が無いので寝るのは今度こそ本当に諦めて、この状況を役得と自分に言い聞かせると、ただぼーっと夢乃原駅にたどり着くまで待ち続けた。
そうして電車が走ること二十五分、僕らを乗せた電車はようやく目的の夢乃原駅へと到着。
1つ前の駅を出た辺りで梨花を起こし、夢乃原駅へと到着した僕達は電車を降りてから改札を抜ける。
正直な所、睡魔は限界。しかしこの後は由希の元へと行く用事がある。
梨花を家の前まで送り、別れてから眠い目を擦りながらも病院へと続く長い登坂を登る。
疲れと寝不足のダブルパンチは、まるで目に重りでも乗っているんでは無いかと錯覚させるほどに瞼を重くさせる。
梨花を送り届けて自宅の前を素通りした際に、今日はこのまま家に帰るか悩んだが、自分の睡魔よりも由希の面会を優先して今こうして歩いている。
そんなこんなで、再び歩く事二十分。ようやく病院へと到着した。
時刻は既に十六時を回っている、長居は出来ないが行かないよりはマシだ。早速受付のお姉さんへと面会に来た旨を伝え、由希が待つ病室へと歩みを進める。
「僕だ、入るぞ」
ドアを2回叩き確認を取る。ドアの向こう側からは『どうぞ!』という可愛らしい声が聞こえ、了承を得た僕はドアを引いて中に入った。
「悪いな遅くなって」
「いえ!来てくれるだけで嬉しいです!」
なんとも嬉しい事を言ってくれる妹だ、なんだか愛おしく感じたので思いっきり頭を撫でる。『や、やめてください〜』という由希からの抵抗もあったが無視して撫でまくった。
充分満足した所で撫でるのをやめ、丸椅子へと腰掛けると、由希の前にある机にノートと教科書が広げてあるのに気付いた。
「勉強してたのか?」
「はい!また学校に行けるようになったら置いてかれないように! 今日玲奈ちゃんが来て、いま学校でやってる授業までのノート持ってきてくれたんです!」
玲奈ちゃんというのは恐らく由希の中学の同級生だろうか。
余り学校に行けていない妹の事を案じて、面会に来てくれる同級生が居るという事実を知り、僕は心のどこかで安堵した。
クラスという閉鎖的な空間が、『上坂由希』という人間を受けていれてくれるか、心底心配だった。別に由希は人見知りが激しいタイプだからという訳では無い、寧ろ由希は、兄の自分とは違って誰とでも仲良くなれるタイプだ。
心配は別の所にある、由希は幼い頃から心臓が弱く入退院を繰り返している。それ故にあまり学校へと通うことが出来ずにいたので、中学生という新たなスタートで学校に馴染めるか心配で仕方なかった。しかし、いまの由希には心配してくれる友人が居るようで、少なくとも孤独では無いようで安心した、そもそも学校に行きたいと本人が思っているという事は、心配は杞憂らしい。寧ろ杞憂に終わっていい事だと思う。
その後も由希と他愛のない会話を続け、時刻は十七時前。
とても短い時間ではあるが、今日はこの辺でお暇する事にして、ベッドの上から手を振る由希に見送られて病室を去る。
後は帰って風呂に入って寝るだけ、その前に確認したい事がある。
僕はその足で屋上へと繋がる階段へ向かった。
◇◆◇◆◇◆
長い階段を登ること数分。
行き止まりと言わんばかり聳え立つ鉄の扉を押し開け、屋上へと足を踏み入れた僕は、昨日と同じ様に転落防止用の柵へと寄りかかる。
すっかり日も暮れ、家を出た時はあれだけ青かった空は綺麗な茜色に染まり、その上空をカラスか何かの鳥が群れを作って飛んでいるのが見えた。
そんな風景を眺めながら心地よい風を感じていると、突然背後に人の気配を感じた。
誰かが今、自分の背後にいる。
しかし僕にとってその正体は、わざわざ振り返る事をせずとも誰なのかは分かっていた。
「昨日はなんで急に消えたんですか?」
僕は視線はそのままに、背後に居るであろう
「振り返らなくても私だって分かるなんて、隼人君は超能力者みたいですね」
「急に姿を消せる春奈さんほどではないですよ」
背後に感じた人の気配の正体は、僕の予想通りやはり春奈さんだ。
知らない人ではなくて安堵する。
「えいっ!」
次の瞬間、春菜さんは掛け声と共に、背後から僕に抱きついた。
背中に柔らかい感触が当たり、「おほっ」という変な声が出る。
驚きのあまり思わず出てしまった変な声と、背中に当たっている、柔らかく幸せな感触に顔がとても熱い。きっと傍から見れば林檎の真っ赤になっているだろう。
「急に抱きつかないで下さい… 驚きますって……」
「ふふっ、私に意地悪を言った罰です。」
「僕、意地悪なんて言いました?」
「言いました。 …隼人君、心臓凄いドキドキしてる…」
「そりゃあ綺麗な女の人に後ろから抱きつかれたらドキドキしますって」
僕だって年頃の男の子だ、思春期真っ盛りの。
そんな人間が綺麗な女性の人に抱きしめられ、何も反応しないはずが無いのだ。
僕の反応を見て、面白半分か春奈さんはさらにぎゅっと抱きしめる力を強めた。
「ちょっと春奈さん、さっきより強くなってませんか?」
「これは罰ですから、受け入れてくださいね」
……罰なら仕方ない、これが罰なら甘んじて受け入れよう。世の中にはなんとも幸せな罰があったものだ。
「というか、こんなに密着してるのに春奈さんはドキドキしないんですね」
背中で春奈さんの感触や温もりを感じては居るものの、自分とは違い心臓の脈拍を感じない。
ここまで密着しているのに感じないとなると、まるで春奈さんの心臓そのものが止まっている様で何だか不気味。
もしくは春奈さんが経験豊富な女性で、歳下男子に抱き着く位ではドキドキしないのか。それはそれで何だか興奮する自分がいる。
「…これは大人の余裕です」
「大人って抱き着いてもドキドキしないんですね」
「はい、大人は抱きついた位じゃドキドキしないものなんです」
「大人って凄いなぁ」
「大人って凄いんです」
「早く大人になりたいなぁ」
「隼人君 なら きっとなれますよ、大人に。」
「そう信じてます。それで、ドキドキしないのは大人の余裕って訳じゃないですよね?」
正直、気づいていた。気づかない振りをしていた。
春奈さんの隠し事に、そして自分の身に何が起きているのかに。
「春奈さんって、幽霊ですよね」
自分の中でずっと渦巻いていた疑惑を、きちんと確信に変えるべく、僕は意を決して春奈さんへと問いかけた。
──────続く。
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