恋人の可処分時間割り振りに関する忌憚なき意見
熊坂藤茉
まあ要するにやきもちですが
たん、たん、とリズミカルに画面をタップする音が部屋に響く。ちらりと視線を下に落とせば、ワイヤレスイヤホンでスマホの音ゲーを楽しんでいる恋人の姿。こちらは在宅パソコン仕事だから別段気にならないけども、向こうは向こうでさっぱり気にしていないらしい。
「疲れ目には気を付けるんだよ」
ほんの少し大きめの声で呼び掛ければ、たたん、とポーズ画面に遷移してからこちらに軽く手を上げにこやかに頷いた。イヤホン越しでも、どうやらちゃんと聞こえたらしい。それに満足すると、互いに目の前の画面へ向かい直した。
* * * * * * * * * *
こちこちと時計の針が音を立てる。時刻を確認すれば、先程から随分と時間が経っていた。息抜きにホットチョコでも飲むかと立ち上がれば、同じタイミングで恋人が腰を上げた。
「ん、キッチン行く?」
「ホットチョコが欲しくなったんでね」
「じゃあ電子レンジでカップ蒸しケーキでも作るか」
にしし、と笑い掛ける恋人の表情が愛しくて、頭をくしゃくしゃと撫でてみる。
「撫でても菓子しか出ないぞー」
「撫でたらお茶請けが出て来るとか最高じゃないか」
「まあ確かに」
「で、どうやって作るのかな? レシピは――」
「スマホで見た」
ほい、とレシピ画面を渡される。成程、ホットケーキミックスを使うのか。買い置きがあったから取り敢えずそれでよさそうだ。
そのままスマホで動画サイトを開き、ショートアニメを見ながらさくさくと調理を進めていく。
「あっ、待って待って今の爆発シーン瞬きして見逃した」
「ほいほい、じゃあちょっと戻すな」
そんな風に和気藹々と話しながら、生地を入れたカップをレンジに掛ける。後は出来るのを待つだけだ。
「ん、それは?」
ふと隣を見れば、恋人が今度はまた違う事をしている。スマホの画面に指をドラッグさせて……
「仕事で使う絵のラフ画ー」
ぐりぐりとやってるのは、どうも指で厚塗り的な技法をしていたらしい。絵の事はあんまり詳しくないけど、楽しそうにスマホと向き合う姿が可愛く――そして少しばかり憎らしくて。
「もしもし」
「はいよー、どうし――」
ちゅ、とこちらに向いたタイミングで口付けた。
「は、え、ちょ、ま、なんで!?」
「君がスマホとばっか仲良くしてるから?」
「電子端末にやきもちは大人げが微塵もねえんじゃないか!?」
そう言われましてもね。焼いてしまったものは仕方ない。そして狼狽える恋人をよそに、レンジがピー、と鳴り響く。いつからチンじゃなくなったんだろうな、などと思いつつ、取り敢えずチョコで蒸しケーキをデコってご機嫌取りでもするとしようか。
* * * * * * * * * *
「――で、カノジョサマはチューして気が晴れたんで?」
「
「ちくしょうぜってえ何かで恥じらわす……」
ぐぬぬと悔しげな恋人が可愛らしい。気遣いが出来て料理がおいしくて程良く負け癖(私限定)が付いているなんて、やはり私の恋人は最高だ。
うむうむとドヤ顔で頷いていたら、特に断りもなくよいしょと横抱きで持ち上げられる。……うん?
「食べ終わったから移動するぞー」
「それはいいけど、作業部屋は向こうでは」
「そうだなー」
「そっちは寝室なのだけれど」
「そうだなー」
ぱたんぱたんとスリッパを鳴らしながら私を運ぶと、可愛い恋人は寝室のベッド上にすとんと私を着地させた。
「……ええと、カレシサマ?」
「人がスマホ触っててやきもち焼いたとか言われてさあ」
「はひ」
ぎし、と彼もベッドに腰掛け顔を寄せる。
「あー可愛いうちの恋人マジ最高もっと可愛い顔が見てえ、ってテンションにならないと思う?」
「……思わないでしょうねえ」
あははと笑って誤魔化してみたものの、距離的にもちょっと駄目そうだ。額、鼻先、頬、唇。順番に口付けを落とされるのが酷くくすぐったい。
「ん、こら、ステイステイ。というかスマホはいいのかい?」
「仕事のラフは急がないし、やりたい事も見たい事も大体やったから今はいいかな」
そう返す彼が、するりと頬を撫でながら瞳を覗き込む。
「スマホの液晶で見るものより、こっちの方が綺麗だしな」
「……まあ、あちらよりこちらに意識が向いたなら結果オーライか」
若干釈然としないものの、着地点としてはそう悪くない。彼のスマホには小休憩を取ってもらうとして、私達はのんびりアナログな触れ合いでも楽しむとしよう。
恋人の可処分時間割り振りに関する忌憚なき意見 熊坂藤茉 @tohma_k
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます