スマホの中の誰かさん

こめぴ

スマホの中の誰かさん

 はじめは単なる違和感だった。


 たとえば、スマートフォンのホーム画面。壁紙上に並ぶ数々のアプリの並び方が、気が付けば変わっていたり。

 たとえば、メッセージアプリ。「あづらねお」みたいな、送った覚えのないメッセージが送られていたり。


 そして極めつけは。


「……」

「すぅ……すぅ……」


 見知らぬ女性が、眠っていたり。

 しかも、スマホの画面の中で。


 なんだ、これ。だれだ、これ。なんか俺、変なアプリ入れたっけ。

 記憶をたどるがこれといって思い当たることはない。そもそも僕、スマホなんて電話とメール意外だと趣味の写真を撮ることくらいにしか使わないし。


 改めて見てみても、確かに女性……というか、女の子だった。腰あたりまで伸びた長い黒髪。服装はそれとは逆に、まぶしくなるくらいに真っ白なワンピース。同い年、高校生くらいだろうか。

 彼女はスマホの画面の一番下で横になって、気持ちよさそうに寝息を立てていた。


「うーん……『スマホ 女の子 寝ている 対処法』」


 今は深夜、機械に強い友人ももう寝ているだろう。となると、とりあえずググってみた。でも出てきたのは『眠れないのはスマホが原因かも!?』みたいな記事くらい。役立たずめ。

 一応全アプリを確認、変化なし。スマホの容量も確認、変化なし。


 つまりこのスマホに何か悪いアプリが入ったとかじゃないということだ。

 一生懸命あれこれ検索しているところに、バカみたいに穏やかな寝顔をした彼女が目に入った。


「…………」

「むにゃ……カレーより……肉じゃがの方が好きぃ……」


 ムカついたので、思いっきり左右フリックした。


「ぎゃー!! なに!? 地震!?」


 この女の子はそのページに固定されているらしい。彼女は飛び起きて、大きく声を上げた。ドタバタとあわただしく暴れまわり、ぶつかったアプリのアイコンがめちゃくちゃに散らばる。どういう原理なんだ。


「い、椅子! 椅子に隠れないと!」

「机ね」

「あ、そうか、机よ机――はっ!」


 固まる彼女と目が合う。いたずらがばれたみたいな表情をすると彼女は突然走り出し、画面の右側へ消えていった。試しに右にフリックすれば、彼女は右のページで座り込んで僕を睨みつけている。


「ずるい!!」

「ずるいも何も僕のスマホなんだけど」

「そ、それは……」

「で、キミ誰? っていうか、なんなの?」


 そう問いかけられた彼女は、恨みがましいような、気まずいような顔で僕を見ていた。



 彼女――優奈ゆうなというらしい――の話をまとめるとこんな感じになる。


 一つ、彼女は幽霊である。

 二つ、なぜかスマホの中から出られなくなった。

 三つ、僕に写真を撮られたと思ったら、なぜかスマホの中にいた。


「AIじゃないんだ」

「悪かったわね!!」


 いやだって、だいたいこういうときスマホに入ってるのって、謎のAIとかじゃん。

 優奈はへそを曲げてしまったらしい。アプリのアイコンの向こう側に隠れてしまった。


「だいたい謎のAIとか現実味がなさすぎるのよ。アニメの見すぎなんじゃないの?」

「否定はしないけど、幽霊のほうがよっぽど現実味ないよ」

「でも私はこうして存在するもの」


 そう言われると何も返せない。スマホの中に誰かがいて、そして実際にしゃべっている限り本当に存在しているのだろう。

 ふと、昔は写真を撮ると魂を取られるなんて言われていたらしいことを思い出した。彼女もそういう原理でこのスマホにいるのだろうか。


「ていうか、あんたのせいなんだからなんとかしなさいよね」

「まあ、確かにスマホの中に誰かがずっといるのはぞっとしないな」


 でもはたして、どうやったら元に戻るのか。さっき優奈が言っていたみたいに、まるでアニメみたいな話だ。解決方法が全く思いつかない。


 とりあえず、原因をはっきりしよう。そう考え、優奈に尋ねる。


「で、どの写真に写ってたんだよ」

「これよ」


 彼女は写真アプリのアイコンに手を突っ込むと、一枚の写真を取り出した。


「これ、さっき帰り道で撮った写真か」


 住宅街と、差し掛かる夕日の写真。なんでもない風景だ。

 しかし探しても彼女が見当たらない。


「どこだよ」

「ここよ、ここ」

「あ、ほんとだ」


 写真の中央部分、電柱の陰に見えずらいけど、確かにいた。なるほど、彼女の言うことは間違っていないらしい。


 ということは、僕は気が付かないうちに心霊写真を撮っていたのか。


「……売れるかな」

「肖像権ッ!!」

「死人に肖像権ってあるの?」

「あんた、ほんとデリカシーないわね」


 優奈は、呆れたように僕を見ていた。気分を害してしまったわけではないらしい。小さく、胸をなでおろす。


「……ま、これから付き合うことになるんだし、よろしくって言っておくわ」

「付き合う?」

「だってすぐに出る方法が見つかるとは思わないし」


 正直それには僕も同意だった。なにせ僕には機械の知識もオカルトの知識も皆無だ。


「だから、よろしくね、拓斗たくと

「何で僕の名前」

「この中にあなたの情報なんて余るほどあるわよ」


 プライバシーの侵害はお互い様じゃないか。

 弱みを見つけたとばかりに、優奈は得意げな顔をしていた。


「よく見る動画とか、サイトとか。……へーあんた、結構きわどいもの好きなのね。これとか――」

「やっぱメーカーの修理に出すのが手っ取り早いと思うんだよ」

「それこの本体壊されちゃうやつじゃない! だめ! 絶対だめだからね!!」


 表情は一片、随分と余裕のなさそうな顔をする彼女を横目に、ため息を吐いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スマホの中の誰かさん こめぴ @komepi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ