第27話 チルチル14 -賞品はワタシ-

 チルチルは、四打席目も、リリーフ投手からホームランを打ち、ジャガーズを一人で粉砕した。


 またしてもいやいやながら、ヒーロー・インタビューのお立ち台に立った。また笑われるのかとドキドキしたが、ママ・ティナに言われたことを思い出し、今日はうまくやろうと決心した。


「昨日に引き続き、四本のホームランです。今の感想を聞かせてください」

「サイコウデス」

 チルチルは、ママ・ティナに言われた通りに、思いっきり目尻を下げ、口角を上げて、わざとらしい笑顔を作った。スクリーンに大きくその顔が映し出されると、余りのわざとらしさに、球場はまた笑いに包まれた。


 あれ、話が違う。チルチルはまた恥ずかしくなった。


「日本のプロ野球の投手はどうですか」

 何を答えていいか判らず、またあざとい笑顔で「サイコウデス」と言うと、またまた場内は笑いに包まれた。チルチルは前の日と同じように、恥ずかしさのあまり涙が滲んできた。涙をこらえるチルチルが大きく映し出されると、観客もこれはまずいと思い、拍手に変わった。


 次の日の新聞に出た、人差し指で涙をぬぐう写真があまりにもキュートで、多くの男子の心を鷲づかみにしてしまう。「#チルチルかわいい」が、SNSの話題キーワードのトップになり、チルチルのおっかけをたくさん作ってしまうことになった。



 

 スズノスケは、喜びで顔がほころんで仕方がなかった。最近、グループ企業の一つが、30万人分の顧客情報が漏洩するという事件を起こしたにもかかわらず、スズノスケは上機嫌だった。


週末の開幕二連戦を連勝で終えた。しかも、自分が見付けた南の島の少女が、二連戦で八本の本塁打を打ち、日本中が常識を超えた少女のことを話している。革命、既成概念の破壊。これこそ自分のビジネスの目指すところなのだ、思い知ったかと、ホームランを打ったチルチル本人よりも得意げになっていた。


 スズノスケは、早速監督のサギザワと連絡を取った。

「どうだ、チルチルはずっと打ち続けると思うか?」

「はい、練習でも一度もミスしません。多分、バットが届く範囲なら全てホームランになる気がします」


 絶対にミスしない。打率十割。いやホームラン率十割。こんな大スターは、とことん売り出せねばならんと、スズノスケは考えた。早速、知り合いの芸能プロダクションの社長に電話を掛けた。




 月曜日、チルチルは火曜からの札幌での試合のために、羽田から新千歳空港への飛行機の中にいた。確かに、ママ・ティナに言われた通り、野球選手というのはひたすら移動していくようだ。


 この二日間で、チルチルは日本で一番の話題の人になってしまった。気を付けないと、マスコミだけではなく、普通の人にも取り囲まれてしまう可能性もある。チルチルも女の子なので、半グレやおかしな連中に狙われ、事件に巻き込まれる可能性だってある。ママ・ティナは、チルチルにマスクと眼鏡に毛糸の帽子という格好をさせて、絶対にチルチルだと判らないようにして、虫が寄り付かないようにした。


「ホッカイドウは遠いの?」

「飛行機ならそんなにはかからないさ」


 チルチルは、飛行機では相変わらず手を合わせて祈っている。「アニメでも見るか?」と、気をまぎらわせられるよう、ママ・ティナが親切に声をかけても、チルチルは、ひたすら神様に、飛行機が無事に到着しますようにと祈っていた。


着陸してほっとしたのもつかの間、空港のロビーからバスに向かうわずかな時間だけでも、外の寒さに驚いた。四月になったとは言え、北海道はチルチルの経験したことのない寒さだった。


「こんなところで野球やるの?死ぬ人がいるんじゃない?」

「まだ寒さで死んだ野球選手はいないねえ。そのうち慣れるわよ」


 チルチルはホテルに入ると、暖房を掛けてから、ベッドの上でバットを百回ほど振った。とにかくバットの感触だけは毎日手に残したかった。


夕食はバイキングだった。見たことのない食べ物が沢山並んでいた。耳のような形をした食べ物は「ギョウザ」というらしかった。ママ・ティナがおいしいから食べてみろと勧めるので、恐る恐る口にすると、意外にもいけた。日本人の選手は、寿司とかいう生の魚がのったご飯を喜んで食べているようだったが、怖くて口に入れる気にはならなかった。


 アメリカ人の大男、ライトを守るガルシアが、近寄ってきて、果物の盛られた大きな皿を指差し、何事か話すと、一人で大笑いして去って行った。どうやら何か冗談を言ったらしいが、チルチルには意味が判らなかった。


とにかく幾つかの料理は問題なく食べられるようだった。これからも一年のうち数十日はこうやって、遠くのホテルでの食事になるのだと思うと、チルチルは少し憂鬱になった。


 できたら、自分の住むマンションで、ママ・ティナと一緒にご飯を作って食べられたらいいのにな、と思った。


 チルチルは、部屋に戻ると、すぐにシャワーを浴びて、ベッドに入った。ママ・ティナは、近くの駅の売店に北海道のお土産を買いに行くらしかったが、チルチルには興味がなかった。


 翌朝、球場への出発の準備を始めていると、ママ・ティナが、外から慌てて入ってきて、スポーツ新聞を三部ほど抱えて来た。そしてチルチルを呼ぶと、テーブルの上に広げた。そこにはチルチルの笑顔がカラーで紙面全面に大きく載せられていた。チルチルはぎょっとした。


「この新聞は、沢山売られるの?」

「日本中で売られるよ。すごいじゃないさ」


 チルチルは恥ずかしさのあまり顔が赤くなった。そう言えばチームの宣伝用だと言われて、何枚か写真を撮られた。どうやらその一枚が使われたらしい。しかし、まさかこんなに大きく写真が出ることになるとは、チルチルも夢にも思わなかった。


ママ・ティナは次々と新聞を広げていった、どの新聞にもチルチルの笑顔が大きく紙面を飾っていた。チルチルは恥ずかしさを通り越して、硬直した。


 写真の横には日本語で何かが書かれている。

「『宣言します。わたしをアウトにしたら、わたしの全部あげちゃう』って書いてある」


 チルチルは卒倒しそうになった。故郷の両親がこれを見たら、海に身を投げてしまうだろうと思う。チルチルは日本中の新聞を全部回収したいと思った。


チルチルが頭を抱えていると、またガルシアが近くにやって来て、「Hey!スーパースター」と笑いながらからかった。さすがにママ・ティナは、「ちょっとあんた、やめなさいよ」と英語で文句を言った。ガルシアはまた笑いながら去っていった。


 これは勿論スズノスケたちが考えた戦略だった。とにかく今一番ホットなチルチルをガンガン売る。


できるだけセンセーショナルな形がいい。水着がいいんじゃないかという案まであったが、さすがに時間的に間に合わない。とにかく刺激的な言葉で、不謹慎な男子たちを、もやもやさせてしまおうということで、なんとも品の無いコピーが出来上がった。


勿論、日本中の男子が罠に引っ掛かり、チルチルに対しいろんな妄想を抱き、もやもやした。




 サトシは、チルチルの開幕戦の四打席連続ホームランを見て、誇らしく思った。僕はずっと知っていたんだ。彼女は野球の女神で、絶対的なんだ。夜のニュースはチャンネルを変え何回も見た。練習場で見慣れたスイングで、ボールをスタンドの上にある看板まで叩きこむ。


 解説者は、「おかしな打ち方だが軸はしっかりしている」とか「もし普通の打ち方をすれば、もっと確実」とか、無理やりの技術論を展開している。まるで人間が鳥の飛び方の良しあしを解説しているようで、馬鹿馬鹿しく聴こえた。


 火曜の朝、前日に試合はなかったが、きっとチルチルのことが出ているに違いないとスポーツ新聞を買った。ずっとチルチルの記事は集めている。


紙面を広げると、チルチルの笑顔が紙面に大きく載っていて、びっくりした。まるで、映画スターのような扱いだ。「全部あげちゃう」のコピーには、心臓が止まりそうになった。


「なんだ、これー」

思わず部屋で一人で叫んだ。


 全部あげるってどういうことだ。どうせ、球団のおっさんたちが、チルチルを売り出すために考えた、品の無い作戦だというのは判る。でも、もしチルチルが本当にアウトになって、覚悟を決めて敵のピッチャーのいいなりになったりしたらどうしようと思うと、めまいがした。


いや、チルチルに限ってアウトになることはない。ホームラン以外の結果はないことは、お前が一番知っているはずだ。サトシは自分に言い聞かせた。


しかし、プエルトリコから来た110キロの大男や、いかにも女好きそうな札幌ハンターズのエース投手が、いやがるチルチルの肩を無理や引き寄せるのを想像して、今日の新聞を破り捨てたくなった。


 深呼吸して、サトシは、俺って何を考えてるんだろうと、冷静になろうとした。すでにチルチルは日本のスーパースターで、もしかしたらアメリカとか韓国でも超有名人になっているかもしれない。俺なんかはたかがバッティングピッチャーで、かませ犬だったんだ。


 サトシは新聞を畳んで、机にしまった。今日は試合だ。登板があるかもしれない。早く一軍に認められないと。認められれば、チルチルと同じベンチに座ることができる。




 開幕二連戦の後、チルチルはチーム内でもVIP扱いになった。チルチル専用の車が用意され、黒いスーツの外人のボディガードが三人雇われた。


チルチル自身も、戦争でも始まったのかと、ぎょっとした。

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