第10話 スズノスケ -金持ちになり野球チームを買うー

 日本のプロ野球は、ユニバーサル・リーグとオーシャン・リーグ二つのリーグに分かれ、それぞれ6チームの合計12チームで構成されている。各リーグで年間百四十三試合の公式戦を戦い、優勝を争う。その後、各リーグで上位3チームによるプレイオフを勝ち上がった代表が、日本シリーズを争い、日本一を決める。時々、リーグ戦で3位のチームが、勝ち上がって日本一になってしまうこともあり、半年以上も費やして戦ったリーグ戦は一体何だったんだろうと、ファンを困惑させることもある。


 勿論、ユニバーサル・リーグもオーシャン・リーグも同じ野球のルールに則り、試合を行うのだが、一番の違いは、ユニバーサル・リーグはDH制を採用している点にある。つまり、二刀流と呼ばれる天才的な選手以外は、殆どのチームがピッチャーを打席に立たせず、打撃専門の選手にDHを任せている。


 ユニバーサル・リーグは埼玉ドルフィンズ、京都コンドルズ、札幌ハンターズ、横浜メッツ、大阪エレファンツ、福岡ジャガーズの6チーム。オーシャン・リーグは東京ベアーズ、広島シャーク、神戸ローゼズ、仙台エンジェルス、名古屋ロケッツ、横浜ボンバーズの6チームで構成されている。


 かつては、球界の盟主と呼ばれている東京ベアーズが圧倒的な人気を誇り、人気と財力によりスター選手をかき集めて断トツの強さを誇っていた。東京ベアーズのいるオーシャン・リーグばかりがテレビで放映され、アンチ・ベアーズも含め、大部分のファンがオーシャン・リーグに集まっていた。しかし、日本最大のコンビニチェーンが買収した福岡ジャガーズや、スカウトや育成の充実した広島シャークなどが実力を付けると、日本シリーズではユニバーサル・リーグも勝つことが増え、球界の人気も分散し、毎年優勝チームが入れ替わる混戦状態となった。


 七年前までは、埼玉ドルフィンズは、千葉ドルフィンズという名前で、映画製作配給会社の傘下の球団だったっが、赤字で手放したいという会社の意向をたまたま銀行が企画した飲み会で聞きつけたのが、スズノスケだった。


 スズノスケは本名を鈴乃屋健介といい、浜松の電気屋の長男だった。父親の後を継ぐ気など毛頭なかったスズノスケは、90年代の半ば、東京へ出て、若いうちに社長になって一財産作り、会社勤めなどせずに、銀行の利息や配当で遊んで暮らそうなどと虫のいいことを考えていた。


 丁度インターネットが普及し、幾つかの携帯電話がサービスを始めた頃に、東京の大学生だったスズノスケは、工学部の友達を誘い、合コンのマッチング・サイトを立ち上げる。会員だけでなく、飲食店からもマージンを取るという手法が成功し、ちょっとした金持ちになった。学生起業家として名が売れたスズノスケは、時々深夜テレビや、意識高い系の雑誌に顔を出すようになる。年寄りを馬鹿にしたような生意気な物言いや、最新のIT用語をちりばめれば、さも新しい時代を話しているかのように見え、マスコミには受けた。


 電子コミケの開催や、電子名刺システムなど、スズノスケの知名度も手伝って、ビジネスの幾つかは大成功を収める。大人向けのデート・マッチング・サイトが、売春禁止法違反の疑いで警察の捜査が入るという思わぬつまずきはあったが、スマホが普及し始めると、年齢でグループを分ける動画公開サイトアプリを作り、これも大ヒットした。そして、社名をイー・スマイルとし、上場させると、その後もダイエット食とエクササイズ動画のセット販売や、海外移住斡旋など、成功したりしなかったりの業務拡大を続ける。二十年も経つと、なかなかの大企業になっていた。


 スズノスケ自身は、わがままで、見栄っ張りで、ドスケベで、怒りっぽいという噂もあったが、大企業の創業者なんてそんなもんだろうという、不思議な寛容さが日本にはあった。実際、彼は、わがままで、見栄っ張りで、スケベで、怒りっぽかった。


 プロ野球球団買収の話は、何人かの役員の反対意見に耳を貸さず、コンビニチェーンの会社との買収価格つり上げのチキンレースにイー・スマイル社は勝ち、球団を子会社にする。契約の終わったその日、スズノスケはこれでまた六本木のクラブでモテモテになると大喜びし、あわや急性アルコール中毒で救急車に乗せられそうになるほど、シャンパンを開けまくった。


 さいたま市に計画のあった陸上競技場建築を、うまく元俳優の市長や市議会と話を付け、野球場の改築に変更させ、球団本拠地を千葉からさいたまに変更する。これにはドルフィンズ・ファンの千葉県民は大層怒り、千葉県民と埼玉県民の間に不穏な空気が流れ、「チバタマ戦争」と言われた不良高校生同士の集団決闘騒ぎが起こったりした。当のスズノスケは意に介せず、「千葉県民全員をネットから締め出しても、なんてことないさ」と涼しい顔だった。


 野球は素人のスズノスケだが、球団の編成には口を出し続けた。スズノスケの頭の中にあるのは、全て過去に実績を残した有名選手。たまに球場に来て、聞いたこともない選手が、守備についていたりすると、スズノスケは急に不機嫌になったりした。かつてのホームラン王がFA宣言したりすると、怪我の具合がどこまで良くなっているのかも気にせず、すぐに獲得の交渉を始めさせた。とにかく選手獲得や、監督の人選はスズノスケにお伺いを立てることになるので、現場は現実的な補強がなかなかできない。


 左アキレス腱の手術をして、殆ど走れないメジャーリーグの40歳の元打点王は、三試合目に一塁に走った時に反対の右足のアキレス腱を断裂して、結局一本のヒットも打てないままに帰国した。スズノスケは一体誰のせいだということで、犯人探しと罪の押し付け合いが始まり、結局守備走塁コーチが解任された。この元打点王は一度も守備もしたことはなく、塁に出たこともなかったのだが。その翌年は、長打力があるが全く守備ができない外野手を四人も集め、二塁打、三塁打を山のように打たれると、今度は投手コーチが解任された。


 こんな具合なので、監督もコーチも長続きしない。スズノスケが球団を買ってから五年間で、今指揮を執るサギザワが7人目の監督になる。


 サギザワは選手としては、一度だけ盗塁王争いをしたことがあるという、スズノスケが好きなスター選手ではなかったが、人をいらいらさせることはあっても、激怒させることは少ないという特技があった。なぜか一昨年の夏から監督代行を任されたサギザワは、そのまま監督の座に居続けている。ここ一番での結論が出ない優柔不断さに、コーチ陣や選手たちは時々イラついていたが、年上なのに何でもオーナーにおうかがいを立てるサギザワを、スズノスケは可愛く思っているのかもしれない。


 しかし、サギザワも今度ばかりは弱ったと思った。スズノスケ自らがチームに引き連れてきた選手は、南の島国からやってきた野球をやったことがない女の子なのだ。もし、これで一本のヒットも打たずに今期を終わったりしようものなら、自分がお払い箱になるに決まっている。しかも、そうなる可能性は、誰が考えてもうちが全勝で優勝する可能性より高そうだ。どうしてスカウトの若大将はその場でちゃんと断らなかったのだろうと、そこまで嫌われたくないのかと、自分の太鼓持ち体質は棚に上げて少し腹を立てた。


 あの娘の問題だけではない。ドルフィンズは今年もまた大型補強をしている。メジャーリーグの元四番や、台湾の最多勝利投手、それにボンバーズからは、元ホームラン王のキューバ人を引き抜いた。毎年大型補強でそれでも優勝できないドルフィンズ。これで今年も優勝できなかったら、責任を取らされるのは明白である。しかし、チームとして本当にほしかった守備のうまいショートや、足の速い外野手がいないという弱点は全く解決されていない。監督が何を思おうと、選手の編成には影響されない。


 去年のくれに一戸建ての家も買ってローンを組んでしまったし、子供も大学に入学した。どうしても今首を切られるのは困る。もし、スズエモンにお払い箱にされたらどうしよう、いやもうすでにデスゾーンに入っていると考えると、サギザワはまたしても胃が痛くなった。

 


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