第16話 現実

小さい頃から、運動はできる方だった。幼少期の鬼ごっこ、小学校の運動会。一番に成れない事はあっても、間違いなく足は早かった。

球技も水泳も、特に苦手だと感じたことは無かったし、体育の授業では部活でやっているヤツらと遜色ないくらいの動きは出来た。


真面目になにかスポーツをやった訳では無いからきっと生まれつきなんだろう。

羨ましがられた事もあるが、俺にとっては当たり前のこと。

人間、生まれつき持っているものに対して常日頃から感謝している人などいない。車いすに乗っている人を見た時、途上国の子供を見た時。そんな時に普段は意識しないが自分は恵まれていると感じるのだろう。



俺にとってはまさに今がそれだった。



目の前にはプロレスラーでも見た目負けしそうな大男。俺もそれなりに背が高い方だが、差は20センチくらいありそうだ。体重差については考えたくもない。


俺は息を切らしながらもニヒルに、見えるように右の口角を釣りあげた。



格闘技はもちろん、喧嘩すら経験は無。それなりに良い自信がある運動神経だが、スタミナの限界が近づきつつある。普通の運動ならこんなに疲れないだろう。命を懸けているというプレッシャーが消耗を激しくしているはずだ。


俺は転生者だと、シーナを助けなければならないと。何処から湧いてきているのかも分からない責任感で自分を追い込み、あの画面の中の黒マントの剣士ように強がるしかメンタルを保つ方法がない。


「お前、素人だな。」

大男はドスをきかせた声を出した。

ゆっくり1歩ずつ近づいてくる。東京のサラリーマンと比べたらまるで亀だ。だが、走り出す前のチーターのような、光線を出す前のゴジラのような脳味噌を握られているような迫力。


「クソ。」

声が出たのか、出ていないのか。そんなことは分からない。


相手は武器を持った大男。俺は丸腰。おそらく勝っているのはスピードだけだろう。大男の遅い動きに、ふと思いつく。


こいつ、男だよな。


髭は生えてるし、この筋肉量。この身長。異世界といえど、これで女ということは無いだろう。


「っフ」

今度は無意識に出たニヒルな笑み。


俺は男に向かって突進した。

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アニオタでも、イケメンで運動神経抜群なら、異世界でも人生謳歌できますよね?? 里仲光 @hikarusatonaka

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