第15話 激昂

 

 「てめぇ!ナニモンだ!!」


 目の前の男は、大きな体に似合わない小さなナイフを俺に向けて怒鳴った。だがその小さなナイフを握る手は、しっかりと脇が閉まって脱力できていてそのナイフが張ったりでも何でもなく普段から使い慣れていることが俺にもわかった。


 と、そう俯瞰に観察できるくらいは冷静だったもの、そこで何かしらの策を考えられるほどは冷静ではいられなかった。



 「お前!シーナに何をした!!」

「は?しーな?」

「ああそうだ!金髪の、オープンフィンガーグローブはめてる子が来ただろ!!」


 「まぁ、そう焦るなって。」

筋肉隆々の手で、スキンヘッドをつるりとなでる。


 「おい!早くしろ」

俺は男の胸倉につかみかかった。この世界の長さの単位を知らないが、190センチはあるであろう、その大男の胸倉に手を伸ばす。


 「おいおい、坊主。てめぇ、何様のつもりだ。」

「シーナに何をしたのか、どこに行ったのか教えろよ。」

「人にモノ頼む態度がそれかい?」


 大男は俺にビビるそぶりは一切見せずに、テーブルの上のコップに手を伸ばして酒をあおる。


 俺は鎧もないうえに手ぶら。身長は10センチ以上離れているし、体重も50キロくらいの差があってもおかしくないような体格差。ナメられるのも当然。



 「頼んでんじゃねえ。脅してんだ。」

「ああ?ナメテンノカ。」


「あー。なんで「ナメテンノカ」って言うときはどんなイケメン俳優でも片言になっちゃうんだろうな。」とそんなことを考えられるくらいに俺は落ち着きを取り戻していた。




 サッカーで自分にロングパスが飛んできたときのあの感覚。短距離走でスタートする瞬間のあの感覚。野球でバッターが打った瞬間に打球に向かって走り出すあの感覚。


 言葉では何とも形容しがたい、幽体離脱のようないわゆるゾーン。



 男が振り下ろすパンチが、スローモーションで迫ってくるのがわかる。左にステップし、身体の側面に回る。と同時に右ひざを肋骨に入れた。

 硬くて柔らかい感触。サンドバックをいくらけっても得られない不思議な感触。それと同時に、パキっと音が鳴った。



 「ッッック!!」

声になっていない声を出し、大男はバックステップして距離を取る。


 風俗店らしい薄暗い明りの下、油汗が額に浮かんでいるのが見える。さっきまでの余裕綽々な態度はどこへやら、目つきが鋭くなりさっきまで床を向いていたナイフの切っ先は俺の胸を狙っている。



 「やっと異世界モノっぽくなってきたじゃねえか。」



 俺は丸太のような足に向かって、ローキックを放った。

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