第4話 ここはアフリカではないのかもしれない②

 ギイィっと、古い木の扉を開けるような音が聞こえた気がした。曾祖父の代からあるらしい祖父母の家は、どこの部屋に行くにも家中からこんな音が聞こえた気がする。

 

 俺は船縁につかまりながら、田舎の祖父母のことを思い出していた。



 それも束の間、船のど真ん中、ちょうど帆を立てる柱が立っている辺りの板が跳ね扉のように下からパカリと開いた。


 なるほど、船の上のどこにも人が見えなかったわけだ。

 あとは、悪者が出てこないことを祈るだけだ。コンビニから帰るだけだったはずがなんでこんなところにいるのかは全く分からないが、これでどうにか日常に戻れるかもしれない。と、俺は多くの日本人と同じく無宗教なのにもかかわらず、イエスやらムハンマドやら観音様やら、知っている限りの神に祈った。


 「......。」

 跳ね扉から出てきた人を見て、俺は絶句した。○○のあまり言葉が出ない、という表現を大げさで嘘っぱちだと思っていたが、それは本当のことだったのだ。


 出てきたのは、長い金髪の、今までに見たこともないほどの美女だった。白人ではなく、アジア系の顔立ち。単に逆光だからか、後ろに白い帆があるからか、彼女の美貌はまさに後光がさしているようである。

 

 だが、美女が出てきたという理由だけで俺は喋れなくなったのではない。彼女の服装が俺の想像していたもののかなり上を行く違和感の組み合わせだったのだ。

 



 まずは上半身。着ているのはかなり丈が短くなって胴回りがダボっとした振袖のような服で、青基調の花柄。神社の人や平安時代の男性が着ているものを短くして色を変えたような感じだ。この金髪美少女が巨乳だからか、そういう素材の服なのか、彼女が動くたびに胸の辺りがタプタプと揺れている

 そして下半身は、ピタッとした黒いタイツ。太ももの肉間丸出しの薄い色。


 腹見せ振袖に黒タイツ。

 意味不明。



 でも、セクシーだからいいね!



 

 「どちら様ですか。」

 美少女はエラくぶっきらぼうな日本語を話した。

 

 見間違いなのか、聞き間違えなのか、俺はしばらくの間、何もしゃべらずに眼をパチパチさせていた。


 「何か必死に叫んでいましたが、何だったんでしょうか。」

 今度も感情のない無機質な声。


 「俺、気が付いたらここにいて、助けてほしいんだけどいいかな?」

「え?」

「だから、うーん。ここってどこ?」

「え?」

 美少女には、俺の言葉は意味不明なようだ。


 敵視されているわけではないということが分かったところで、俺は船に上がることにした。ザバーッと川から上がる俺を見て、美少女は可愛そうな子猫でも見るような目つきをしている。


 「俺、見ての通り遭難したんだけど、君はどこまで行くの?」

「川を下った先にある、ミシャナピレルという街です。」

 ほんの少し間をおいてから、美少女はそう言った。落ち着いているというか、どこか感情のこもっていなさそうな声。どう聞いても日本人としか思えない流暢な日本語。


 「同じ国のよしみで、その街まで連れて行ってくれないか?」

「いいですけど、あと一ヶ月ほどかかります。」

「......。」


 あまりのハードさに俺はまたもや絶句してしまった。


 

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