第18話 悪魔のいたずら

 1995年、祥子がハメル薬局へ訪れた時、同窓会が催されていると知った大黒は

「クラスメイトには誰がいる?」と聞いてきた、そして「深川君」の名を告げると、

「あいつはアカン、上井戸おるやろ」

「クラスメイトでしたよ」と言うと、ニンマリしている

「ええもん、差し入れしたるわ」

「お気遣いなく」

「あ、そや結婚祝いに、なんか送ったるわ、旦那の名前と住所を教えてくれや」

「名前は〝敬寿″でも結婚祝いは私もさせて貰ってないし、お互い様やし要らないですよ」

「まぁええやんけ、マンションの名前は」と聞かれ、答えてしまっている。

 大黒はパソコンを触りながら

「へへへ、最近はマンションの名前だけで住所が分かるんや、まぁ楽しみにしとけや、それにしても、この手は邪魔やのう、誰の手や、おい、これは誰の手や」

「なんの事ですか」

「これや、この手や、切ったらバランス悪い、この手が邪魔やねん、誰の手や」

「何を言っているんですか、入っても良いですか」

 カウンター越しの扉を開けて中に入ろうとすると

「入るな!」と一蹴された。それなのに

「だから、この手は誰やと言うてるんや」と独り言を言い続ける

「しゃーない、こっちのにしといたろ・・・・、あーっ、アップにしたらぼやける、上手い事いかんのう、やっぱりこっちのにしとくわ、手がじゃまやけど付けといたるわ、おっそうや、こっちはあっちに送っといたろ、ヒヒヒヒ」

「何を言っているんですか」

「ちょっと仕事をしてるんや」

「仕事中に悪かったですね、もう行きますわ」

「おお、楽しんでこいや、ええもん差し入れしといたるしな」

「別にいりませんけど」

 大黒は小さな声で独り言を続けている

「まあええやんけ、ヒヒ、ヒヒ、悪るぅ思うなよ、悪魔のいたずらや」

「悪魔っていいましたか」

「イヤ、別に・・ヒヒヒヒ、これで旦那に三下り半下されるな、悪魔のいたずらや」

「また悪魔って、言いましたよね?」

 祥子は店を出た後、店舗を振り返って観ている、大黒は大きな目を見開きニヤニヤ笑いながらパソコンを見ている。


 クラス会では近畿電力に勤めている上井戸が、大黒から写真らしきものを受けとり、男子達に見せ回っている、周囲は絶句の表情を呈し、鼻の下を伸ばしている者もいた。ヒソヒソ話しが飛び交う中「違うねんて」と言って、ヒソヒソ話を否定する者もいる。それは放射線技師の深川君だ。そんな中で祥子は大堂くんに、料亭の送迎バスを先発に乗って帰るよう促され「同窓会には二度と出席するな」と言われ、バスのドアは閉められた。


 2002年の学年全体の同窓会の席では、またしても上井戸が誰かにコソコソと耳打ちして回っている、そのせいで祥子は誰かに

「覗き部屋に写真を出すようなアルバイトをしているのか?」と聞かれたことがあり

「まさか」と答えているが、誰かに

「観て貰うと嬉しいんやろ、意味が分からなくても『嬉しい』と言ってみ」と言われ、

「はいはい、嬉しいよ」と言うや否や

「それじゃあ」と言って席を立つものが現れ騒然となる、大堂くんが

「冗談半分で答えるな!」と言って祥子を怒鳴り、

「おい、買いに行くな」と言って、席を立った人を追いかけた。

 しばらくして大堂くんは戻って来た。その時

「奥元が店の前で待ち伏せて、買いに来た奴らを止めてくれていた」と言っている。


 〝上井戸は大黒の手下となり、同窓生達に強姦ビデオを拡販していたのだと勘ぐれる“


 2011年のバスケットボール部の同窓会があったが、羽田と村田が一次会を欠席し、二次会を遅れて参加している。そして、

「ビデオを観ていたから遅れた」と言い、

「二次会終わったら、みんなでビデオ観ようや」と、男子にだけ誘った

「あのビデオけ!」と岳君が言うと、羽田は頷く

「観るか!どこで手に入れたんや」と小声で怒鳴る。

「薬局の店長から」と羽田が答える、

「お前ら、犯罪者から買ったんやぞ!」

「『テニス部もバレー部も、サッカー部も、弓道部も』って、言ってたし、俺らだけちゃう」

「お前らのせいで『バスケット部も』って言われるねんぞ」

 祥子がそのやり取りをじっと聞いていると、元近畿電力に勤めていた奥元くんが

「カギちゃん、串取り食べやー」と言って、気を逸らそうとしていた。そして帰るときに「ごめんな」と謝られる、「何のこと」と言うと、

「理由は知らんでもいい、ごめんな」

 その様子を岳君が横目で見ている。奥元君は高所作業車の運転免許を持っている、そして2002年の学年同窓会のあとに近畿電力を退職していた。


 2016年暮れに、祥子はある人から、上井戸が独身時代に祥子の部屋を覗き見していて同窓会の席で猥談として吹聴していたことを聞かされている。それに対して祥子は2017年に代理人を通じて上井戸に名誉棄損に関わる損害賠償請求書を送りつけている。その一週間後に上井戸は非通知で代理人に電話を掛けてきて、震える声で一方的に通知書の全文を読み上げ、最後に「同窓会へは出席したことはありません」と言い残して電話を切っている。この覗きの一件は奥元くんも関わっていそうな事情から、証人になってくれそうな人は現れそうもないと推測し、とりあえず抑止力にはなったという事で保留状態のままとなっている。しかし祥子は、上井戸が覗きの疑いを掛けられていることに激怒しなかったことから確信犯だと思っている。


 またしても、2011年の看護婦同窓会の夏美の言葉が蘇る。

 二次会への移動中の車内で夏美は聞いてきた、

「カギちゃんと旦那さんとは夫婦円満なの?」

「まぁなんとかね、なんで?」

「でも、新婚の時に夫婦の危機があったんやろう」

「新婚の頃?何も起こってなかったよ、なんで?」

「大黒がね『鍵井は2回くらい、離婚の危機に遭遇しているんや、大きいのは新婚の時にあったんや、もしかしたら今日の同窓会で離婚していることが分かるかも知れんで』と言っていたの」

「何もなかったけれど、もしもそうやったとしても、なんで分かるの?」

「私もその理由は分からないけれど、自信満々に言っていたから」


 大黒は悪魔のいたずらと称して、新婚当時に夫や当時のマンション管理会社に写真を送っているが、上井戸が所有している同窓生名簿から、祥子の現居住の自治会宛にも送っていた痕跡がある。そして夏美を通じて、夫婦の崩壊の成果を知りたいと思ったのだろう。

 大黒は正にサイコパス以外の何者でもない、衝動的に思いつくままに嫌がらせをし、その成果を知りたがっている。普通の人間では考えられないような事を平気でやらかしている。

 大黒の悪戯の数々を目の当たりにした祥子は、雪辱というよりも恐怖を覚えた。もしも手記を公表すれば報復されるかもしれないと思い動悸が激しくなった。手記は心を整理する為に書いたものだと言い聞かせ、公表することを断念することにした。そして気晴らしをするために香港旅行の計画を立てた

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