第13話 眠りの中で聞いていた

 市販の睡眠薬が効いているのか祥子は浴槽で船を漕ぎ始めた。


しばらくすると湯気の中から心地好い寝息のリズムが聴こえてくる。


スースースースー、祥子の身体は人肌の湯加減に包まれている、湯気の精がリラックスさせてくれる。


寝息のリズムの合間に、左の耳から誰かの声が聞こえて来た。


 スースー スースー


「あかんあかん、ヤメヤメヤメヤメ」

 

右の耳からは、

 

スースー スースー


「いい気持ちにさせてあげよう」

 すると、体が撫でられる

〝えっ!もとい、その前は?〟


「上を観てきて」と右の耳から聞こえ、誰かが階段を上がる、足音が戻ってくる。


「大丈夫、みんな寝てる」


「いい気持にさしてあげようー」とまた右の耳元から聞こえ、体が撫でられる。手の感触はお湯の温度に近い、左の耳から必死な声が聴こえてくる


「あかん、あかん、ヤメヤメヤメヤメ、あかん あかん ヤメヤメヤメヤメ」


〝えっ!私はもしかして、スキーへ行ったとき、

コテージに泊まったとき、

ぐっすり眠っている間に‥‥‥、

もしかして、薬を飲まされていたのか?

それで、強姦されたのか? 

未然だったのか? 

どっち?〟 

 

 そういえば、S病院の食堂上の通路で、群がる人だかりを縫いながら歩いていた時に、

「K病院の仲間らとスキーに行って、薬をもられてレイプされたらしいで、でも本人は気づいていないらしいで」という会話を聴き取っていたのだ


〝えっ、マジ!、違う、違う、私の話ではない、あいつら下ネタばっかり話しているけれども、さすがにそんな卑怯な事をしたりはしない〟

 

 祥子は真実を知ろうと心を落ち着かせ、意識的にスースーと寝息を掻き、続きを聞こうと耳を澄ませた、

 すると、わずかに眠りの世界に戻れた、


「ヤバい、上が起きたで、降りてくる、ヤバイ、パンツをはかそう」と誰かが祥子の足を持ち上げて、足を潜らせようとしている、

その慌てぶりが伝わってくる、

だから祥子は膝まで上ってきたところで自分の手で穿いた

続けてパジャマのズボンも渡され、

自分で穿いた。

「カギちゃん偉いな、次は上も着て」と誘導されるがまま、

上着を被って、

その後すぐに寝入っている。


誰かに抱き上げられる、数歩先で降ろされる、その時

「カギちゃんごめんな」という三橋さんの声を、お腹の辺りで聴いている。

 階段から誰かが降りて来る、

「カギちゃん、こんなところで寝ていたら風邪ひくで、上へあがろう」と言って、手を引っ張ってくれるのは貴子さんだ、祥子はよろけながらも自分の足で階段を上る、上階では信ちゃんが身を起こして心配そうに声を掛けてくれた。

「何かされたんちゃう、時間的におかしいで」

 しかし祥子は眠くてたまらず、滑り込むようにして布団に入った。


 肝心なところの記憶が飛んでいる。

 祥子はもう一度寝息を掻いて、振り返ってみた。


 中島が女子五人に一缶のイチゴミルク味の酎ハイを分配して振舞ってくれた、祥子は下戸なので飲めないが、後でウーロン茶を飲めばいいからと勧め、酎ハイを2・3口飲んだ、そして中島から、自分だけガラスのコップに露が滴っているウーロン茶を貰っている。

「いっきに飲み干しや、そうすれば楽になる」と言われ、

言われるがままグイグイと全部飲み干している。

こんなに美味しいウーロン茶を飲んだのは後にも先にもこの時が初めてだ、

そしてウーロン茶を飲み干しても動悸は治まらない、

その様子を見て中島に

「楽になるまで、そこで休んでいればいいから」と言われ、小上がりのところに座ったまま上半身を和室側に倒して横たわっていた、

すると意識を残したまま体だけスースーと寝入ってしまった。


 他の女子達も眠気が指してきたようで、祥子に向かって

「上に行こう」と声を掛けるが、祥子の体が思うように動けない。

中島が

「お酒で動悸がしているんやろ、治まるまでこのままに寝かせといたり」という、


「じゃあ先に上がってるね」といって信ちゃん達は上がっていく、

貴さんは夕食後から頭痛がするといって先に寝ていたので酎ハイは飲んでいなかった。

 少しして寝入ってしまった祥子の身体はふわって持ち上げられた。


「かぎちゃんを、上に連れて行ってあげるね」

 そう言って抱き上げてくれたのは三橋さんの声だ、階段の途中まで上ったところで、中島の声がする

「せっかくやから、もうちょっと寝顔を見とこうや」


「そうやな、もうちょっとだけ寝顔を見とこう」そう言って、祥子は降ろされた。

 

寝息の中で三人の視線を感じている。


「上、寝てるかどうか観てきて」と中島が西澤に指図を出す、西澤は中島のパシリとなり二階で寝ている4名の女子を偵察しに行く、その後に三橋さんの声が響き始める、

「あかんあかん、ヤメヤメヤメヤメ、あかんあかん、ヤメヤメヤメヤメ」

 そして

「カギちゃん、感じたらあかん、感じるな、感じるな、感じるな」と励ましてくれる。しかし祥子は心地の良い寝息のなかでリラックス状態にある、肌に伝わる温かい手が体を撫でて来る、その感覚はまるで催眠術に掛けられているかのようだ、祥子の体は素直に反応している。


「撮るな、撮るな、撮るな言うてるやろ」と三橋はバタバタと西澤を追いかける、その合間に祥子に布団を掛けてくれる、

「暑い、掛けるな」と中島が布団を払う、三橋は布団を掛けたり、西澤を追いかけたりと、祥子の周りを走り回っている。

「ヤバい、上が起きたで、降りてくる、ヤバイ、パンツをはかそう」


  浴槽でなんとか此処までは思い出せた。

未遂であることを期待している。一


一日前の夜にカラオケをしたのは、睡眠薬の量を見定めるためだったと推測できる。祥子は少量のお酒で体が真っ赤になり、ぐったりしてしまうことを知った中島は、他の女子を眠らせるために睡眠薬入りのイチゴミルク酎ハイを飲ませ、祥子には睡眠薬入りのウーロン茶を準備したのだ。


 旅行から帰って、三橋が祥子に目を合わせようとしなかった理由が解明された。


 しかし何故三橋は中島の犯行を止めさせることが出来なかったのだろう、西澤が撮っていた写真や動画は削除してくれたはずだが、実際にはどうなっていたのだろう、疑問と不安と雪辱が祥子に襲いかかる、34年も昔の話だというのに、早く警察に被害届を出さなければと焦る、旅行後に、もどかしそうにしていた信ちゃんの顔が目に浮かぶ、信ちゃんと共感したいが苗字が思い出せない、だから誰かに尋ねることも出来ないのだ。深川君は信ちゃんの事を苗字で呼んでいたような気もするが、池ちゃん、堀ちゃん、中ちゃん、あれこれ浮かぶがモヤモヤするばかりである。

 

 そしてレイプされたかもしれないことは、敬寿にも話せないまま数日が過ぎた。

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