スマホの呪いに立ち向かった彼は狂っていた【KAC20215】
とざきとおる
みんながしあわせになるために
電車の座席に腰をかけ、頭を下に向けてスマホを見る。
外国人の中にはその光景に驚く人もいるらしい。なぜなら座っている人、立っている人、誰もがスマホの画面に夢中で、よそ見をほとんどしない。
ゲームをやっている学生。
ソーシャルメディアを見ているサラリーマン。
電子書籍に目を通す老人。
流行りのワイヤレスのイヤホンをつけ音楽を楽しみながら目を閉じる女性。
なんでも間でもスマホでできるから、電車の中で目的地への到着を待つ退屈な時間はとても充実した時間へと変わった。
みんな、スマホに意識を奪われている。
だから誰かが目の前を通っても気が付かない。
気にする必要もないからだ。
誰かが何かをしているけど目もくれない。
今はスマホで楽しい時間を過ごしているから、わざわざ変な男がしゃがんでいることなどに気が散るわけもない。
その男が笑っていても、誰もその男を見ない。
目線はスマホの画面から動かす必要もない。
そして、腰に伝わってくるやや大きな振動もそれほど気にすることはない。
5分後。
街に轟音が響いた。電車は最初、真っ二つに割れて、その後爆散した。
炎が上がる。
ガラスが割れた。
人々の悲鳴が上がる。
電車の破片が飛び散って、周りの建物や人に降り注ぐ。
「てめえのせいでな。多くの人が犠牲になったんだ! それなのに、何だその顔は! ふざけてんのかてめぇ! クソが、おい立て……立てゴラァああああああ!」
「先輩落ち着いてください! 暴力は後々問題になりますって」
「許せねえんだよ。どうしても、人を舐め腐った顔で」
取り調べの中で後輩が先輩をなんとか止めている。
しかし、暴走気味の彼に同情を示す同僚も多かった。
その男はずっと笑っていた。
「こわいー。どうしてそんなに怒るんだよぉ」
口調は30代前半とは思えないくらいにガキっぽい。そして捕まっている状態なのに、自分が犯罪を犯したという意識がまるでない。
ずっと笑っているのだ。
この男は自白をしなかった。
「いやあ、誰かが止めてくれればね? でも誰も止めなかった。だったらいいかなって」
「そんなんで済むわけねえだろが! 電車をまるまる1つ爆発させておいて!」
「あははははははははは! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! ははははははははははははははは! おかっしいの」
「てめえ!」
力が強い若い後輩にベテランのお供をさせて正解だった。この先輩刑事は熱血漢である。
さすがにいつもは仕事柄冷静だったが、今は向こうの男の、全く悪びれないふざけた態度に、頭に血が上っている様子だった。
平日昼間、通勤時間帯ではなかったが、電車はほぼ席が埋まるくらいには人がいたそうだ。
そうだ、というのは、駅員の証言から。
この男はそんな多くの人の中で、先頭車両に爆弾を堂々と仕掛け爆発させたのだ。
男は最後尾に逃げ、防具もばっちり持ってきていたため軽傷だったが、先頭車両に乗っていた多くの人々が犠牲になった。
それをこの男は正義だと語る。
取り調べに関与する者は、怒りを通りこして、変人としか彼を見ることができなくなり、現在大声を出して脅し寸前になっている男以外絶句していた。
犯人の男は、犯行の理由をもう一度、自分の功績を自慢するかのように語る。
「最近は危ないよね。スマホ見てふらふら歩く人も多いし。そのくせぶつかったら僕のせいだよ? そんなのあまりに間違ってるよね?」
大きく胸を張って自慢する。
「スマホは怖いね。まるで害悪な虫だ。みちゃだめでも気になって見ちゃう。僕の可愛い姪っ子はね、ながらスマホで走ってたおっさんにひかれて死んじゃった」
声を大にして男は言う。
「僕は許せなかったけど、でも僕の怒りで誰かを殺しても。みんな幸せじゃない。そんなちっぽけなことをするより、みんなのためになることをしようと思ったんだ」
男は自分の『崇高』な思想を語る。
「スマホは怖いんだぞって教えてあげたんだ。僕の設置した爆弾は時限爆弾。あらゆるメディアで証拠の為の生配信してたから、どう頑張っても嘘はつけない。証明はそれを見ていた多くの僕のファンだよ。大変だったよ、慣れない配信業で必死にファンを集めるのは」
「貴様……!」
「僕を不審に思って僕のいた場所を確認すればすぐに見つかる、カウントダウンの時計と爆弾をしかけた。でも、僕は見つかったらおもちゃですって爆弾止めてごまかすつもりだったんだよ。だって、何もせずに重罪になりたくないからね」
そして男はぱあっと笑って、
「でも結果は誰も気が付かないで……ボン! 哀れだよねぇ。スマホなんか見ていなければ、こんなことにはならなかった。でもこの事件と、一連の配信で世間のみんなは知るよ。スマホっていうのは、人の集中を奪う悪性があるって」
そして最後に、彼は大声で喜んだ。
僕は、正義を果たしたのだ! と。
「死んじゃった人もきっと、みんながこれからのスマホで死ににくくなるための未来の礎になれて、良かったと思うよ」
先輩が殴りかかろうとしたところを後輩が止める。
そして後輩は、既に冷静に言葉を紡げない先輩の代わりに、今の自分の気持ちを述べた。
「間違っていますよ」
「なんで?」
「世の中を変えるなどと言って、結局それは俺には姪の復讐にしか聞こえない」
「そんなことないよ。だって僕はあの人を恨んでない。そして僕を捕まえた君たちを恨んでない。だって僕は正義を成して、正しく死ねるんだから。嬉しいよ? 未来においての不幸はなくなったんだから」
「今の、犠牲になった人間の周りの人が悲しむ」
「もちろん。でもそれは未来において守られる犠牲の尊さを理解していないからだよ。その人たちもみんな幸せになる」
目の前の化け物を説得するつもりはなかった。
ただ、一言。
「そんなんで人間が変わると思うのなら、僕らみたいな仕事はいらないんだよ」
言いたくもない皮肉を言って取り調べを終了。
犯人が罪を認めていることもあり、この後実刑判決が下るまではスムーズに行くとみられた。
結局、この男の蛮勇は人々に響かなかった。
残酷な事件は人々に恐怖こそ植え付けたものの、今日もまたスマホのながら運転の事故は発生した。
所詮はその程度なのだ。
スマホという現代の呪いの箱は、もう一部の人間にとっては切っても切り離せない呪いそのもの。
後輩はそのニュースを見て、2日前取り調べをした狂った男を思い出し、
「なんとも報われない話だな」
コーヒーと一緒にその思い出を味わった後、カップを捨てた。
スマホの呪いに立ち向かった彼は狂っていた【KAC20215】 とざきとおる @femania
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