第7話 最期の挨拶
森の洞窟に身を隠したが、メタリカ軍の軍用機や箒にのった魔法使いがすぐ近くに飛んでいた。
「チッ、撒いたと思ったんだけど」
「ここもそう長くは持たないでしょうね」
と、俺は魔力不足で気を失っているエリーゼのほうを見て言った。
「君の止血はそこのお嬢さんがやってくれたんだ、僕は追手の相手で忙しかったものでね」
「そうですか……」
「悪いね、僕ももう魔力は使い切ってしまったよ」
「あの、ドロシア様」
「何かな?」
「混沌の権能って、シャコンヌが言ってましたよね?」
「ああ、言っていた」
「なんのことだったのか、聞かせてくれませんか?」
「ああ、そんなこと。良いよ、お話ししよう。
ラド・アグズベルは古代文明の人間が生み出した。古代ルーン語や魔術の基礎は彼らが生み出したんだよね。でも、ある日戦争が起こった。彼らは優れた魔法で戦い、そして共倒れになった。
滅びゆく中で、彼らはせめて自分たちの文明だけは残したいと考えるようになった。そこで生まれたのがラド・アグズベルだったんだ。そしてその管理人がリリシア・マティ・シャコンヌだった。リリシアは心、マティは継承者、シャコンヌは創造者の名前を取った。
彼女の言っていたグリモアとはこれの事だよ、ほれ」
と、彼女は胸元から一冊の本をこちらに投げ渡してきた。
それは分厚い黒の本で、中には良く分からない文字が並んでいた。
「グリモアは自己進化する魔導書。この世で実行された魔法を記録するんだ。その性質を利用して、シャコンヌは戦争を起こした。それが魔王と人類の戦いだ。
そして魔王アリア、そこのお嬢さんは究極の魔法『混沌の権能』を生み出したんだ。怒りや憎しみと言ったものを力に変える権能だね。人間はそれを魔王の権能とも呼んだ。
だがそれは未完成だった。まだ体系付けられていなかった。力でしかなかった。ところが、君との生活で彼女は心を取り戻した。真にね。その結果、ついに権能は完成した。それでリリシアは権能を記録するために、君らを襲撃したんだ。
……まあ、こんなところだろうか?」
「そうですか……」
こんな小さな少女がそんな思惑に巻き込まれていたと思うと胸が痛んだ。
「その混沌の権能は私が継承することはできますか?」
「で、できるが……」
「私がエリーゼの代わりに魔王になります」
「良いのかい? 死ぬよ?」
「ええ、構いません」
☆☆☆
ここからは私、エリーゼ・カルマートの記録になります。
私が目を覚ますと、そこは暗い洞窟の中で、天使様はおらず、入り口には魔王の姿をしたガウスさんが今にも出ようとするところでした。
「まって!」
と、声を上げるとガウスさんはゆっくりと振り返って
「目が覚めたかい?」
と微笑んできました。
「どこへ行くんですか?」
「すこし旅にね」
当然嘘だと分かります。彼は今にも私の代わりに犠牲になろうとしているのです。
「いいかい、エリーゼ。俺はもう十分に生きたよ。だが、君は? 君は哀れな少女だ。たとえ何百年も生きたとしても、君の人生は今始まったばかりなんだ」
口調から、私の過去を知っているようです。
「わ、私……イリニア・アリオーソって言うんです」
咄嗟に出たのはこんなセリフでした。
「イリニア?」
「ええ、そうです」
「素敵な名前だ。そうだ、俺にも名前があるんだ」
「名前? ガウス・カルマートじゃなくて?」
「俺の名前は時雨。時雨陽介って言うんだ」
「シグレ……?」
「ああ、家名と名前が逆で、ヨウスケが名前なんだけどね」
「そうですか……」
「さて、ドロシア様に君の救助隊を呼びに行かせている。俺はもう行くよ。さよなら!」
「まって!!!」
しかしもう彼は振り返りませんでした。追いかけようにも、力尽いた私には何もできませんでした。
これが私が見た最後のガウスさん……いえ、シグレ・ヨウスケの姿でした。
彼はその後人間連合軍に降伏、処刑されました。私はその後やってきたグラーベ刑事らによって保護されました。そして、刑事とエル・アマービレさんと一緒にドロシア様からシグレさんの全てを聞かされました。
その後、私はエリーゼ・イリニア・カルマートと名を改め、生活しています。
[完]
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