第5話 ラド・アグズベル

 皇帝アルビーニによる、リリシア討伐令はすぐに発せられた。

 俺とドロシアを乗せた空中戦艦ツォルン・アジタートは順調に航行を開始した。

 飛び立つなり眼下に広がるのはメタリカ帝国の風景。煙突とレンガの塊の街。そこには俺の6年の暮らしがあり、もはや故郷のようなものだ。


 現在俺とドロシアは戦艦の一室、窓際の席を囲んでいる。

 ぼーっと眼下を見下ろしているドロシアに、俺は気になっていたことを訊く。


「あの、ドロシア様」

「何かな? カルマート君」

「いろいろと状況が慌ただしくなってしまったせいで、肝心なことを訊き忘れていました」

「それは?」

「なぜ私のところ、つまりなぜこの下界へ来たんです?」

「ああ、それか……。わかっていると思うけれど、シャコンヌ君が動き始めたからだよ。僕の役割は無実の民を一人でも多く救うことだ」

「だからあの日、私に魔王を殺せとおっしゃったのですか?」

「転生の時の話だね? そうだとも」


 答えると、ドロシアは目線をそらした。まるでこの話題に触れないで欲しがっているかのようだ。


「何か隠していますね?」

「な、なぜわかるんだい?」

「探偵ですから。仕草はよく見ています」

「まいったなぁ……。覚えているかい、魔王を倒したら、君を復活させるという約束を」

「ええ、もちろんです」

「実は――いや、よしておこう。今はシャコンヌ君の事に集中すべきだろう」

「は、はぁ……」

「ほら、見たまえよ。あそこだ。世界樹が見えるよ!!!」


と、ドロシアは興奮する。

 うやむやにされてしまった。




 そんな話をしていると、ノックの音と共にキーターが入室してきた。


「失礼します。サンクトス様、ガウス君、目的地を発見しました」

「やったね!」


とドロシア。


「さて、ガウス君。小型の偵察用飛行機がある。これは長時間飛行はできないが、現行の高度でも飛行可能だ。いまから案内する、ついてきたまえ」

「ご協力感謝します」

「それなら、僕ともここでお別れだね」

「はい、さようなら」

「ああ、またね、カルマート君」



 手を振る天使を後に客室を出て、キーターに続き無機質なパイプと金属の通路を進む。


「乗船時にも言ったことだが、猶予は30分だ。君の帰還が遅ければ、我々は地平線の向こうから君ごと砲撃する。いいね?」

「はい、わかっております」

「よろしい。さ、こっちだ」


 エレベーターに乗り、甲板に出た。強い風が吹きつける中、先ほども見たが、大きな主砲の迫力に圧倒される。


「お待ちしておりました。閣下、こちらです」

「ああ、ありがとう」


 軍人に囲まれたそこには、いくつもの小さな飛行機のようなものが。


「本来なら脱出や偵察に使う飛行機さ。当然燃料はわずかだし、武装もない。それでも君は行くのだね?」

「はい、エリーゼが待っているので」

「そうか。私はその娘に会ったことがないが、君が順調に作戦を成功させたなら、彼女によろしく伝えてくれ」

「はい、閣下」

「ガウス殿、これを」


と、横の兵士からヘルメットとゴーグル、酸素マスクを受け取る。


「無事を祈る」

「いままでありがとうございました」


☆☆☆


 不慣れながら、なんとか操縦する。

 十分ほど経ったろうか、雲の向こうに建物のような影が見えてきた。近づくにつれ、それが石造りの城で、まるで天空の城ラピュタのように佇んでいると分かる。


「あそこにエリーゼが……」


 天空の牙城、ラド・アグズベルはまるで古代ギリシアの神殿のような見た目をしていた。遠目ながら、遺跡のようにまったく生活感が感じられない。まだ日の出前だというのに、灯りが全く見えないのだ。

 ただの影。黒く不気味な影。


 俺は半ば不時着するように、浮遊大陸の隅の広場に着陸した。

 すぐにコックピットから飛び出し、柄の部分を短くした猟銃を構える。いわゆるショットガンだ。しかし誰も出てこなかった。完全な静寂だけが、俺を出迎えていた。


「本当にここにエリーゼがいるのか……?」


 俺は中心部にそびえる巨大な城に向けて歩み始めた。


☆☆☆


 私、エリーゼは思い出してしまった。

 自分の過去と罪と、そして今何が起こっているかを。


「思い出しました?」

「……わ、私は」

「そう、貴女が魔王。魔王アリアなのです」

「……それで、この後私をどうするつもりなの?」

「あら、てっきり貴女は罪悪感から、死を懇願されると思っていましたのに」

「私が魔王なら、なおさらここで死ぬわけにはいかない」

「仕方ありませんね。スレプション」


 シャコンヌが唱えるなり、私の視界はぼやけだし、やがてすべてが真っ白になった。



☆☆☆



 シャコンヌの本拠地と思われる城に侵入するのは存外簡単だった。おそらく空の上の城は誰からも攻められる可能性がなく、囲いや掘りを作る必要がないと考えられたのだろう。

 俺が侵入したのは厨房らしき部屋で、そこには料理人達が忙しそうに動き回っていた。戦闘力は俺の方が上だろうが、見つかるのはまずいか。

 静かにしゃがみながら、やり過ごしつつ厨房を出る。するとそこは恐ろしく巨大な食堂で、天井は5m上にあり、壁には多くの人物画がかけてある。そこから更に先へ進むと廊下へ出た。

 すると雰囲気は一転、床には靴を包み込むような柔らかい絨毯が敷かれ、いたるところに壺や絵画、金の装飾、天井には1トンはあるだろうシャンデリアが見受けられる。


「これはまさに城だな……」


 こそこそと進んでいると、向こうから古代ルーン語の話し声が聞こえてきた。


「……ます。そのような用意はまだできていません」

「いいえ、これは他でもない元老院議長のご命令なのです」

「しかしガーランド。我々にも事情はあるのだよ。貴殿も少しは理解してほしい」

「いえ、私にも事情はあります。我々の役目はひたすらに自らの使命を果たすことです。それ以外は考えてはなりません」

「いかにも」


 廊下の角を曲がって先に、メイド服の女とローブをまとった老人が話していた。


「私は魔王の世話係、ガイア様は儀式の執行係。実にわかりやすいではありませんか」

「さよう。では仕方ありませんな。現行のそれを中断し、魔王の儀式を再開しましょうぞ」

「お願いします」



――魔王? エリーゼの事だろうか。あのガーランドとかいう女が何かを知っているようだ。


 彼らは話し終えると、別々に分かれた。俺はメイドのガーランドの後を付ける。彼女はそのまま先ほどの厨房へ入って何かを伝えるとすぐに廊下へ戻り、今度は階段を上り、その先の両開きの大きな扉の中へ入っていった。

 ドアに耳を当てると、


「……ということです」

「素晴らしいです。貴女にも随分と苦労を掛けましたね。それで、彼女はどうですか?」

「シャコンヌ様の術のおかげか、一度も目覚めていません」

「よろしい。彼女の権能は今後の計画の遂行には必須ですからね」

「はい」


どうやら中にいるのはシャコンヌみたいだ。戦闘になれば、決して適わない相手だろう。


「彼女を儀式の間へ運びなさい。貴女に兵士を同行させますから」

「はい、かしこまりました」


 メイドの足音がこちらへ近づいてくる。俺はとっさに身を隠す。そして再び尾行する。

 メイドはさらに階段を上り、廊下の突き当りの部屋の前で静止した。そして鍵穴に鍵を差し込むのを確認して


「動くな」

「何者!?」

「ゆっくりと手を上げるんだ」


 しかし彼女は俺の忠告を聞かなかった。とっさに鍵をへし折ったのである。すぐさま俺は彼女の頭をぶち抜いた。するとメイドは倒れ、そしてその死体は光の粒になって消えた。

 ……まずいぞ、銃声で新手が来てしまう。

 俺はゆっくりと鍵の先端を鍵穴から取り出し、続いてキーピングを始める。しかし階段の方から複数の足音が近づいてくる。


「畜生! ただでさえ時間がないというのに!」


 仕方ない、貴重な弾丸であるが、俺はもう一発をノブに打ち込み鍵ごと破壊し、中へ突入した。

 部屋の中には大きなベッドと白いドレスを着たまま眠るエリーゼの姿があった。


「おい、起きろ!」


しかし、彼女は寝息を立てたまま反応しない。強力な睡眠導入剤か魔法をかけられているようだ。


「ち、畜生!」


 シャキンという抜刀の音が背後で聞こえた。そこには警察署で暴れた奴と同じタイプの鎧の姿。すぐさま銃弾をぶち込むが、その金属は何で出来ているのか、火花を散らせて簡単にはじいた。

 万事休す。かと思いきや、突然その鎧が爆ぜた。


「やあやあ、20分ぶりかな。ガウス・カルマート君」

「ど、ドロシア様!? なぜここに?」

「君のいる場所になら、どこからでも僕はテレポートできるんだ」

「あ、ありがとうございます。それより、見てください。エリーゼが起きないんです」


 ドロシアは彼女をのぞき込むと


「なるほど、複雑な術式だ。しかし、僕になら簡単に解けそうだ」



「そこまでにしていただきましょうか」


 それは突然だった。そこにはシャコンヌが立っていた。


「彼女は我々、元老院にとって必須なのです」

「い、いつの間に!?」


俺はドロシアがエリーゼにかけられた魔法を解く時間稼ぎをしなくてはならない。


 俺は勇気を振り絞って走り出し、銃を打つ。それをいともたやすく防ぐシャコンヌ。だがそれでも何度も打ち込み、そして投げ捨て、そのまま彼女に突進し、彼女の腰に腕を回した。


「な、何を……!?」

「これならどうだ?」


 そのまま俺は彼女と共に窓を突き破った。


「ま、まさか」

「そうさ、死なば諸共……!」



 私が目を覚ますと、そこにはきれいな女性の姿があった。


「貴女は?」

「私は天使ドロシア・サンクトス。ガウス・カルマート君を助けるためにやって来た」

「ガウスさんは信仰心のある方ではありませんでしたが……」

「ふふ、君、面白いね」

「ガウスさんは?」

「ああ、それなら」

「ここにいるぜ」


 ドアのすぐそばに、ボロボロのフロックコートを着た彼の姿があった。


「運が良かった。俺が落ちた先には木があって、シャコンヌは先端に突き刺さって死亡。一方俺は葉っぱに衝撃を緩和され、無事に着地できたんだ」

「ほほう、運がいいね。神に愛されているのかな?」

「天使ほどではありませんよ。さあ、早く逃げよう。ここはまもなく砲撃される」


 私には何を言っているかわからないけれど、とにかく何か事情があるようだ。

 私とドロシアさん、そしてガウスさんはその部屋を出た。

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