第4話 帝国の威信

 廊下には多くの巡査、軍人、医師が行き来していた。彼らはシャコンヌの残したナイトの残骸を分析したり、あるいは俺やエルのような負傷者を診たりしているのだ。


「運がいい。君も彼女も軽症だよ」


と、深いシワを刻んだドクターは俺に言った。


「そうですか……」

「サンクトス嬢も君も軽い打撲で済んでいる。あの現場にいたら、他の連中のように内臓が滅茶苦茶になっていてもおかしくはなかった」


 きっとあの天使のおかげだろう。後で感謝せねば。


「だが……」


と、医師は渋りつつ


「あのハーフエルフのお嬢さんは重症だ。全身を切り裂かれていて、縫合するだけでも大変だ。病院へ搬送したよ」

「グラーベ刑事は?」

「ああ、彼なら」


と医師が言おうとしたその時、


「先生、ご無事でしたか?」


頭と右腕をぐるぐるに包帯で巻かれた刑事がやってきた。


「刑事、その傷は!?」

「へへ、こんなの見た目だけですよ。実際は大したことないです」

「あります。いいですか、グラーベさん、あなたもすぐに病院へ行かなくてはなりませんよ」

「へへ、わかってますよ。まあ、そういうわけです。あの良く分からない緑のドレスの女の事、本件が解決したら詳しく教えてくださいよ」

「ええ、もちろんです」

「それじゃ、馬車を待たせているんで……。――おいおい、担架だぁ? 要らん、下げさせろ。俺は一人で大丈夫だ」


 刑事は看護師の担架を跳ねのけると、確かな足取りで去っていった。



 シャコンヌがエリーゼを連れて去った後の事は、たいして述べるほどのものでもない。シャコンヌの残した騎士たちは警察と、その後駆け付けた軍隊が片付けてくれた。随分と苦戦したようだが、その間俺達は医師の治療を受けていたのだ。

 うつむいていると、向こうから


「おやおや、ガウス君じゃないか!」

「キーター軍総司令殿!」

「良いよ、座ったままで。事件を聞きつけて、私もこの目で現場を見たくてね。こうしてやって来たんだ」

「ご苦労様です」

「それより、先ほど君の連れに会ったよ」

「……と言いますと?」

「ドロシア・サンクトス様さ。相変わらずお美しい天使様だ」

「どういった会話をされたのですか?」

「サンクトス様は私の出世を見て喜んでくれたんだよ。それで先ほどの騒ぎの犯人、つまりシャコンヌなる人物を討伐せよとおっしゃられた。魔王の事はどうでも良いらしい」

「は、はぁ……」


 俺たちが話していると、向こうからドロシアがやってきて


「おや、君たち知り合いだったのかい?」

「これはこれは、サンクトス様。ええそうなのです。私たちは魔王討伐の同志でして」

「魔王はもう良いんだよ。とっくに君が倒したようなものだからね」

「確かに心を植え込んでからは奴の悪事はなくなりましたが……」


不満をあらわにするキーターに、ドロシアはいたって真面目に


「そんな奴よりもリリシア・マティ・シャコンヌに気を付けたまえよ。人類はいまだかつてない奴を敵に回しつつあるんだ。分かって欲しい」

「は、はい」

「さて、僕から君たちに話があるんだ」



☆☆☆


 ドロシアの言う通りなら、シャコンヌの本拠地は天空に浮かぶ島の、そこにある城にあるらしい。そこに世界元老院の本拠地があると。

 しかしわが人類にはそこまで行く方法がない。飛行機でも箒でも空気の薄さに耐えられないのだ。

 絶望的かと思われたが、キーターが


「それなら極秘ですが、我が国の秘密兵器なら何とかなるかもしれません」


というので、彼の案内で、現在俺とドロシアは帝都近郊の軍事基地に来ている。

 体格の良い軍人とすれ違いながら、奥へと進んでゆく。


「なにやら人が多いですね」

「当たり前だ。帝都が謎の勢力に攻撃を受けたんだ。魔法大学と警察署を襲撃された。我が国は臨戦態勢に入っている」


 二人の憲兵が見張る大きな倉庫にやって来た。キーターは彼らに敬礼をし、そのまま中へと進む。


 倉庫の中には巨大な鉄の塊が鎮座していた。


「キーター司令! すぐにでも出航できる状態です!」

「それはいい知らせだ。さてと、サンクトス様、それにガウス君。ご紹介しましょう。帝国の叡智の結晶、”空中戦艦ツォルン・アジタート”です!」


 スポットライトに照らされたその巨体は全長513m、高さ92m、全幅120m。船底と甲板に3つずつの巨大な砲、側面含めた全身に多数の砲塔を積んだ、まさに鉄の巨人だった。


「最高速度は235km/h、最高高度は計算上は2万m、さらに9つの魔道防壁、エンジンは魔道式と蒸気機関の二種搭載! まさにロマンの塊ですが、実用性も考えられており、航続時間は大気中で2週間、高高度で5日間です」


キーターは頬を赤らめて力説した。だが、彼の気持ちもわかる。この鉄の塊を上回る戦力は、この世界にはないだろう。


「こいつはすごいねぇ……」


ドロシアとて驚くらしい。神の世界にはこのようなものは存在しないのだろう。


「さあ、船出です。帝国に仇成す愚か者どもに、科学技術の鉄拳をくらわしてやりましょうぞ!」



 ぶおーーーん!!!


空中戦艦のエンジンは大きな音を上げて動き始めた。

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