第2話 天使

 メタリカ帝国首都ラジアンには多くのタクシー馬車が走っていて、その経済規模の大きさを感じられる。

 俺とドロシアは通りへ出ると、そこにいた髭面のタクシー馬車の御者に金を渡し、


「メタリカ警察署へ。20分以内についたらもう100ゲル多く出す」

「はいよ、旦那」


 ペシンッ! と一鞭。

 馬車は見る見るうちに、燃え盛る俺のアパートから離れていく。


「誰なんです、あの女は?」

「シャコンヌ君の事だね。彼女は世界元老の議長。この世界で最高の権力者とも言えよう」

「ですが、あんな奴。私は知りませんでしたよ?」

「それはそうだとも。僕も教えなかったし、彼女も隠れることにおいては一流さ。そもそも世界元老院すら、ほとんど誰も知らないみたいだしね」

「その世界元老院ってのは何なんですか」

「良いとも。ではお教えしよう。

 世界元老院とはシャコンヌ君も言っていたが、世界の均衡を保つ機関。その真の目的は魔導書グリモアの存続と発展さ」

「グリモア? 何かそれっぽい単語ですね」

「まあ、それほど大事じゃない。肝心なのはね、元老院が諸悪の根源だということさ」

「諸悪の根源……?」

「つまり魔王の生みの親さ。もっとも、このことは僕もつい最近知ったのだけどね」


☆☆☆


 大昔の事だよ。それこそ君が転生するずっと昔。君が現世に生まれてすらいない。

 人間と魔族は小競り合いをしつつも平和な時代を過ごしていた。そんな中、元老院は彼らに魔導書グリモアの英知、つまり魔法をもたらした。まあ、グリモアのユーザーを増やすことで、書の進化を狙ったんだろうね。

 彼ら知的生命体は魔法を用いて調理をしたり、傷をいやしたり、あるいは心を豊かにしたりした。

 ところがある日、人間は魔法を戦争に転換した。暖めるための火が町を焼き、人を癒すための水が兵糧攻めに使われたんだ。

 そんな人類を前に魔族は滅亡の一途をたどっていた。




 世界元老院は人間の躍進を見て、意見が二つに分かれた。ある者は


「シャコンヌ閣下! 人間は世界を混沌に陥れ、蹂躙の限りを尽くしております。今こそ人間を滅ぼしましょう!」


といい、またある者は


「人間の魔法回路は最適化を繰り返しています。人間は魔法と魔導書の発展に欠かせないです!」


と言った。

 そこでシャコンヌ君は考えたんだ。


「ならば、魔王を作り出せば良いではないですか、皆さん」

「ま、魔王ですか?」

「まさか、グリモア最終章のそれを?」

「ええ、皆さんの言う通りです。戦争をより公平に近づければ、均衡と進化を両立できます」

「しかし誰を魔王に?」

「ふふ、最適な人物の目星はついています」


 ここでの目星とは、他でもないエリーゼちゃんの事だよ。

 さて、その会議が行われている後ろでは戦争が起きていた。兵士だけでなく、無実の民間人と村々が蹂躙されていた。


 そんな時代のとある村。黒い煙と真っ赤な炎、悲痛な叫びに包まれていた。

 その村のはずれの小屋に、一人の少女が恐怖により腰が抜けてへばりこんでいる。その震える視線の先には二人の人間の兵士。


「へへ、良い年頃の小娘がいやがったぜ」

「どうするよ」

「魔族をかくまった村だぞ? 人類の敵だ。なにしたって良いだろ」


 彼らは少女の家族を守る父親を殺し、その少女を守る母親を犯して殺した兵士だった。少女の目の前には母親の死体がゴミのように転がっており、少女の足は母の血で濡れていた。


「やあお嬢ちゃん、お兄さんたちはね、怖くないよ?」

「そうだとも。一緒に楽しいことをしよう?」


そうやって伸ばされる手を、パシンッ! と少女は最後の勇気を振り絞って振り払った。


「痛ッ。やってくれるじゃねーか、クソガキがよお」

「てめぇのマッマみたいになりてぇのか?」


ドンっと一人の男は、母親の亡骸を蹴った。

 それを見た少女の目は怒りに燃えた。なぜこんな目に合わなくてはならないのか、母さんが何をしたのか、彼らには何の権利があるのか。


「………ね」

「ああ!? なんだ? 俺はな、ハッキリしねーガキが嫌いなんだよ」

「死ね!」


 少女は男に向かって手のひらを向けた。そして恨みの限りを尽くし、



ボォォォォx!!!!


火炎を繰り出し、男を吹き飛ばした。


「うぎゃああ!!!」

「うわ、このガキ、よくも」

「お前も死ね!」


少女は再び力の限りを尽くして火炎を繰り出した。しかし今度は先ほどの数倍の火力、少女の家ごと吹き飛んだ。


「何事だ!?」

「あそこだ」

「急げ」


騒ぎを聞きつけたほかの兵士たちがやってくる。

 そんな絶望的な状況下で、突然背後から


「随分と大変そうですねぇ」

「誰ッ!?」


と、とっさに振り返る。そこには緑のドレスをまとった一人の女性が立っていた。


「初めまして、私はリリシア・マティ・シャコンヌと申します。リリシアと気安くお呼びください」

「何しに来たの?」

「貴女に特別な力をプレゼントしに来たのです」

「プレゼント?」


 そうこうしているうちに兵士の軍靴の音が近づいてくる。


「……!? リリシアさん、早く逃げないと……!」

「ふふ、その必要はないですよ」

「なぜ?」

「私の目をよく見てください」


というと、シャコンヌはしゃがんで少女の目線と同じ高さに合わせる。


「ふふ、可愛らしいお顔ですこと。その顔から表情が消えれば、もっときれいになるでしょうね」

「な、なにを……?」


 シャコンヌの目の色が青から赤へ変色し、少女はそれに吸い込まれていくのを感じた。

 この時、シャコンヌは彼女を魔王にしたのだ。



 爆発音を聞いた兵士らが現場に行きつくと、そこには異様な光景があった。一人の少女がボロをまとって、燃え盛る民家も前で呆然とたたずんでいたのだ。


「おい、お嬢ちゃん……」

「おい待て、何か変だ。殺した方が良い。全員、剣を抜け!」


 立派な髭の男の号令で、兵士らは一斉に剣を構える。


「死……ね…………」


と少女は兵士らをギロリと睨み返し、その瞬間、そこら一帯が火炎と血の海となった。


「「「「う、うわぁぁぁ!!!」」」」


生き残った兵士らはパニックになり、一目散に逃げだすが、アリアは逃さない。

 彼女の周囲に黒い霧が溢れ出し、やがてそれがマントへと形を変える。


「畜生!」


しかし、指揮官と見られる髭の男は唯一、剣を抜き構えていた。


「くたばれ! クソガキ!」


飛びかかるが、それをアリアは人差し指の爪先でかわす。



「何!?」

「……」


そして、彼女は彼を手刀で串刺しにした。




 これが魔王アリアの誕生。魔族たちはこれを彼女を英雄とたたえ、その破壊の限りを尽くす少女に最後の希望を託したのであった。

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