最期の挨拶

第1話 思わぬ来賓

 メタリカ帝国の春。

 この頃は事件がめっきり起こらず、ほとんど毎日が休日だった。そんなある日の平日の事。エリーゼが魔法大学へ行っている間の事である。


 カーン。


「お、事件かな。はい、ただいま行きます」


 ガチャリと木製のドアを開ければ、ロングスカートにコルセット、褐色のブーツに頭部にはスチームゴーグルを付けた茶髪の女が立っていた。いわゆるスチームパンクというやつなのだろう。


「やあ、ガウス・カルマート君。それともこう言った方が良いかな、時雨陽介君と」


ドヤァっと笑みを浮かべる、その背の低い女に俺は見覚えがあった。


「……誰です?」

「おやおや、お忘れかな? では改めまして。私は天界第75東部担当天使、ドロシア・サンクトス。君をこの世界に案内した天使ちゃんだよ?」


 思い出した。この生意気そうな見た目が印象的だったのだ。


「ひ、久しぶりですね。まあ、立ち話もなんですし、どうぞ中へ」

「お邪魔しまーす!」


 案内すると、ドロシアはウキウキしながら部屋中を見回した。


「食器も家具も良いものじゃないか。おや、これはピアノだね! うん、中々素敵なところに住んでいるようだ!」

「で、なんの御用ですか? 遊びに来たわけではないでしょう?」

「まあ待ちたまえよ、カルマート君。ゆっくり談笑しようじゃないか。僕らは実に6年ぶりの再会なのだから」

「は、はぁ……」

「ところでどうだい、この衣装は? この世界観にマッチしているだろう?」

「正直変ですよ。今の時代、女性はドレスと羽根帽子ってのが流行りですからね」

「本当? えー、がっかり」

「何か飲みますか? 口に合うかはわかりませんが、安物のお茶とビスケットなら出せますよ」

「ではそれを頼むよ」


 俺がキッチンへ準備に行くと、彼女は窓辺に飛びついて、鼻歌を歌いながら外を眺めだした。


「お待たせしました」

「おお、来た来た」


 ピョコっと飛び跳ねて、天使はテーブルに着く。


「いや、汽車が走っているね。魔法の世界なのに君のいた世界みたいになりつつあるよ!」

「……で、何の用なんです?」

「ああそうだった。まずは夜闇の女王フィーネの討伐おめでとうって言わせてよ」

「どうもありがとうございます」

「で、その討伐者はエリーゼと言ったね」

「はい、よくご存じで」

「もう知っていると思うけど、彼女が魔王だよ」


 ドキリとした。自分の耳を疑った。


「ハハ、何のご冗談です?」

「ごまかし方が下手だよ、カルマート君……ん、このお茶美味しいな…………」


 エリーゼは魔王アリア。

 予想しなかったといえば噓である。軍隊長キーターの証言とエリーゼの異常な魔力を思えば、十分にありうる話だ。


「で、では私に彼女を殺せと申すのですか?」

「ああ、それなんだけど――」


 カーン。呼び鈴がなった。


「すみません、来客です」

「………何か悪い空気がするね、そのお客さん」


 ドロシアが何かをこぼしたが、俺は気にせずドアを開けた。

 そこには緑色のドレスに水色の日傘、濃い目の化粧をした、長い金髪に魅力的な碧眼の貴族風の女が立っていた。


「こんにちは、ガウス・カルマートさんですね?」

「はいそうです。依頼ですか?」

「いいえ、お宅のエリーゼという娘についてお話が」

「おーい、カルマート君! その女もこっちに連れてきなよ!」


と、部屋の奥からドロシアの声が。


「あら、エリーゼさんかしら?」

「いえ、今のは客人でして。もしよろしければお話だけでも伺いますので、どうぞ中へ」

「ではそうさせてもらいますね」


 部屋へ案内すると、


「おやおや、シャコンヌ君が自ら来るとはね」

「まさか貴女だったんですね。そちらこそ天界規定を違反していますし、世界元老院としましても看過できない事ですよ」


と、二人は火花を散らせながらにらみ合った。


「お二人はお知り合いなのですか?」

「ええまあ」

「まあね。さ、さっさと自己紹介したらどうなんだい、アバズレ」

「言われなくとも……!

――ご紹介遅れたことお許しください。私は世界元老院議長、リリシア・マティ・シャコンヌと申します」

「世界元老院? 聞いたことのない機関ですね。何をするんですか?」

「この世の均衡を保つことを目的としております」

「嘘つけ……」


とドロシアが言うが、リリシアはそれを無視し


「今回は貴方様のエリーゼなる娘を連行するために、こうして参りました」

「エリーゼの連行?」

「はいそうです。世界元老院はエリーゼ、もとい魔王アリアを用済みと判断し、処分する意向です。抵抗なさらず、身柄を差し出しなさい」

「な、なんだと………? 渡してどうするんだ?」

「決まってるでしょう? 処刑ですよ」

「断ると言ったら?」

「困りましたねぇ、素直に差し出せば平和に終わるんですが」


 リリシアは日傘の柄の部分をひねると、そこから細いレイピアが抜き出され


「では、まずはガウス・カルマートさんを拘束するのがよろしいでしょ――」

「ホーリー=スマイト!!!」


 ズドーン!

 リリシアが言い終わる前に、ドロシアは呪文を唱え、彼女を部屋ごと吹き飛ばした。

 ホコリが舞う中で、


「ゲホゲホ……」

「さあ、カルマート君。逃げなきゃまずいよ」

「わ、訳がわからんぞ!!!」

「あとで話すよ」


というなり、ドロシアは俺の手をつかんで部屋から飛び出した。


「逃がしは致しませんわ」


と背後から聞こえるのを無視し、俺とドロシアは走った。

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