第10話 二人の指輪

 死んだ。

 大好きな人の手で殺される感覚は意外にも安らかだった。



 眼が覚めると、私は石の祠の前で倒れていた。あまり時間は経っていなかった様で、太陽の角度を見るとすぐにわかった。

 おかしい。フィーネさんはどこへ? 花畑は?

 記憶を遡ると私は震え上がった。


……殺せ。全てを殺せ。


 まただ。いつかの声が私に囁いた。


……あの日の私を思い出せ。何の為に全てを犠牲にした?


「うるさい! 私は……私は、私は……誰?」


……さあ、やれ!



 すっかり推理を話した。


「つまりは執事カールが追い詰められたフィーネに頼まれて殺したという事ですか?」


 オルガノンが言う。


「そうとしか考えられません。この事件は至って単純に見えますが、動機があまりに複雑です。一般に執事が愛をもって雇い主の娘を殺すなんて到底理解できないでしょう」

「そうですね」


とオルガノン。


「なるほど。しかし、死刑台には奴が立つべきだったのか」


 一方でルスト刑事は同じ女性なのに、フィーネの気持ちを察しなかったのか、そんな事を零した。


「どうか、カールは許してやってくれませんか?」


 俺は忍びきれず言った。


「そうですね。グラーベ刑事なら……分かりました。そうしましょう。私は何も聞かなかった。」


すると、ルスト刑事はあっさり納得してくれた。

 オルガノンはわなわなと震えて零した。


「でも、浮気は法律じゃあ裁けませんからね……。私の依頼主は釈放ですな。悔しいですが」

「本当です。誰も幸せになれなかったのに、彼は愛人とどこかで暮らすでしょうね」


ルスト刑事はそれに賛同した。

 俺は自身の拳にかかる握力を忘れる程、怒りを隠す事で精一杯だった。

 だからこの手の事件は嫌いなんだ。


 不意にドーンと爆発する様な音が外からした。

 二人の客人も俺も驚いて、慌てた。


「一体何が起こったのだ!」


誰かが叫んだ。

 窓を開けると裏山の森の方から凄まじい光が空に向かって伸びているのが見えた。光は大気圏を破り、宇宙空間が垣間見えた。


「なんだ、これは……」


とルスト刑事はショックで倒れ込んだ。


「オルガノンさん!」


 唖然とするオルガノンを叩き起こすと、二人でこの女刑事をベッドに横たえた。


「私は一度現場を見てきます。オルガノンさんは警察へ通報をした後、ここでこの刑事を見てやっていて下さい」

「分かりました。どうかご無事で」


 俺は地響きのなる中、外へ飛び出した。



 裏山の方へ向かうと光の柱はいよいよ太く見えてきて、何故だか気温が下がってきた。

 トレンチコートでもあれば良かったのに、と思ったがそれどころではない。


 光の柱の根元には一人の少女、エリーゼが呆然と立っていた。


「エリーゼ!」


 昔にも似た様なことがあった。俺はその時、どうやって彼女を落ち着けたんだっけ?


「ガウス……カルマートさん?」


 エリーゼが話した。


「そうだ、ガウスだ。どうしたんだ、そんなに怒って」

「……教えて下さい。どこにビルマー アニマートはいますか?」


 感情豊かなエリーゼは、今だけは氷の様だった。


「教えてどうするつもりだ?」

「……言うまでもないでしょう?」

「殺すのか?」

「はい」


 淡々と答える。


「殺して何になる」

「私はフィーネさんの体験をしました。この祠で。私はそう、殺す義務があるのです」

「意味がわからないぜ、悪い冗談か。お前が殺人鬼、犯罪者になるだけだ。そんな事はどうかやめてほしい」


 エリーゼは一瞬、ほんの僅かだが悲しそうな表情をすると


「残念です」


と言った。

 すると光の柱が消えた。うるさかった地鳴りは止んだ。


「分かってくれて良かった」

「いいえ、分かってはいませんよ。必ずビルマーだけは殺します。バレないように」

「物騒なことを言うな。大丈夫、きっと罰が当たる」

「そんな、神頼みみたいな!」

「実はこの間、メタリカのマフィアからビルマーの捜索を依頼されていたんだ。きっと薬物をくすねたんだろう。きっとあいつはお前がやらなくても殺される」


 嘘だったが、こうでも言わなくては……


「は、はい」


 エリーゼは納得してくれたらしく、ようやく殺気が鎮まるのを見た。



 全てが終わった。

 俺とエリーゼは再びあの鬱陶しい雨期のシーテ街に戻った。いつも通りピアノを弾いたり、エリーゼに魔法を教わったりした。

 不意にノックがされた。


「エリーゼ、毎回毎回教えてもらっている途中ですまないな」

「いえいえ、仕事ですから、そちらを優先してください」


 扉を開けると、珍しく雨が止んでいた。外に立つのはグラーベ刑事だった。

 相変わらず尖った顎髭が特徴だ。


「カルマート先生、聞きましたよ、ディファー平原の件。真犯人がカールだったんでしょう?」


 言うまでもなく、俺は焦った。


「ルスト刑事から?」

「はい。あ、でも、公式にはなっていませんよ」

「それは良かった。さ、中へどうぞ」

「いえ、結構です」


 普段の彼は遠慮なく我が家へ入り込むが、今回は意外な答えだった。


「で、何のご用件ですか?」

「これを見てください。今朝私の元に来た電報です」


 グラーベ刑事はポケットからしわくちゃになった封筒を差し出した。


『ビルマー アニマートが殺害された。場所はシーテ街5-7h。組織的な犯行と思われる』


とだけ書いてあった。


「そういう事です。それじゃ、私はまだ勤務中なので」


 グラーベ刑事はスタスタと階段を降りて、通りに停めてあった馬車に乗って何処かへ去って行った。

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