第8話 女中マーサ スケルツァンド
ノイギーア家の女中、マーサがある日突然俺に電報を寄越した。
『遥々来テクレタ君ニ私カラ助ケヲシタイ。場所ハ駅前ノ喫茶店デ、時刻は午後四時。オ会イシタイ。
マーサ スケルツァンド』
これが俺たちが泊まる宿屋に届いたのは丁度午後三時だった。つまり、すぐに来いという事だろう。
「なあ、エリーゼ」
部屋で魔法に関する本を読んでくつろぐエリーゼに、俺は邪魔して悪いと思いながらも声をかけた。
「はい」
「これからある人物から証言を貰いに行くんだが……」
「マーサ スケルツァンドさんですね」
エリーゼは空かさず言った。
「そうなんだ。……よく分かったな」
すると、エリーゼは自慢げに答える。
「だって、メタリカで一番の名探偵の助手を二年も務めているんですから」
「でも、それはあくまで設定上だろ? 君は保護されているだけに他ならない」
「そんな事言うんですか? こんなに良いバレッタを買い与えて下さっておいて?」
気づかれていたか……
「まあいい。それよりも、エリーゼも来るか?」
「うーん……。行きます!」
エリーゼは少し悩んでから、元気よく答えた。
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ディファー平原は田舎なので、駅と言ったらメタリカ鉄道しかないし、駅前喫茶店と言ったらそこしかなかった。
私とガウスさんは躊躇いなく入店する。すると店員が現れて、
「座席をご案内いたします」
「いえ、先に来ている者と同席する手はずですから結構です。マーサ スケルツァンドという婦人に会いに来たのですが……」
「かしこまりました。では、そちらにご案内します」
私とガウスさんが案内されたテーブル席は二階の窓側の席だった。そこに座っているのは、これまた美人な方。質素な装いだけれど、基が綺麗なのでシーテ街に出ても、場違いにはならないかもしれない……
「お待ちしておりました。ガウス カルマートさんですね。夫からお聞きしました。私はマーサ スケルツァンドと申します」
座りながらの一例。
「はい、初めまして。ガウス カルマートと申します。そしてこちらは助手のエリーゼです」
ああ、何度目だろうか。忘れた頃にやって来るこの感覚。他者に対する絶対的な警戒心。いや、嫌悪感に近い。これのせいで何度も私は『恥ずかしがり屋さん』と言われ続けて来た。
「は、はい。ご紹介にあずかりました、え、エリーゼです」
私は片言に話していた。
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女中。俺が六年前までいた現代日本ではメイドと呼ばれていた存在だが、こうして普通に喫茶店にいる姿を見てしまうとなんだか、やっぱり異世界だなとしみじみ思う。
などと下らない事を考えていると、それに気づいたのかマーサが心配そうにこちらを覗き込んで来た。
「大丈夫ですか?」
「はい、ええ。平気です」
まずはいつも通り観察からだ。
マーサは女中と言うだけあってかつての依頼人のシルビア程ではないが、一挙手一投足にどこか上品さがある。
次に服装。流石にメイド服は着ていないが、これはワンピースだろうか。あいにくお洒落には精通していない。髪型は女中らしくクラウンブレイド。金髪によく似合う。
年齢は三十代半ばといった頃合いで、俺より十歳は年上だと見た。
「まずは注文からですね。ここだとお茶が美味しいですよ。ディファー平原は茶葉の産地なんです。あ、でも、シーテ街から来たのなら緑茶には縁がないでしょうから、初めは抵抗があるかもしれませんね」
「いえ、平気です」
「はい、私もアルフヘイムに行った時に飲んだことがあります」
こう二人とも緑茶に慣れていたとあっては、マーサも驚きだったらしい。
注文が届いて、カップに緑茶が入るとマーサが語り出した。
「まずはどこから話しましょうか。そうですね……でしたら、まずは我が主人のルバートの婚約の話からした方がよろしいでしょうね。あら、ご存知だったので。なら、途中は省きますわね。
旦那様は本当に仕事人間でした。いつもいつも仕事ばかりで、フィーネお嬢様と遊んであげていたのは、ほんの二歳までだったかと思います。それでも私とカールが相手をしていましたから、フィーネお嬢様は寂しい思いをあまりしなかったと思います。ただ、奥様が亡くなりました頃はフィーネお嬢様といえど、泣き崩れておりました。
話が逸れましたね。
旦那様はある日、お嬢様と口論になりました。旦那様はお嬢様に財産すべてを相続させるつもりだったのですが、お嬢様が貧民の出の男と結婚すると言い張ったからです。これにはルバート様もお怒りになられて、私とカールが止めに入ることもできませんでした」
「それはいつですか?」
俺は訊く。
「確か、丁度半年かそれ以前だったかもしれません。……すみません、あまり確信が持てないのです」
「そうですか、どうぞ続けて」
「それである日、知っての通りですが、仕事の繋がりでフオーコと言う投資先の企業の御子息と勝手に婚約契約をされてしまいました。丁度三ヶ月ほど前でしょうか。その事をフィーネ様は知っていたみたいですが、ビルマー様はご存知なかった様でした。
それからと言うもの、お嬢様はよく私どもの部屋に来ては愚痴を零し、悩んでおられる様でした」
「その愚痴とはどういったものでしたか?」
「他愛もないものでしたけれど、決して汚い言葉で旦那様を罵ったりする事はありませんでしたよ。『どうして私はこうも上手く話せないのか』とか『私はどうして地下水道に生まれなかったのか』とか『どうして彼は私ではなく彼女を選んだのか』とかでしたね。
いや、最後のは多分聞き間違いでしょうね。正しくは『どうして父は彼でなく、彼を選んだのか』の方がこの状況では適合しますからね。
で、続きですが、その悩み相談の相手になっていたのが夫のカールでした。彼はいつも夕食後にお嬢様の部屋に呼ばれては話し相手になっていたみたいです。私とて負けじと就寝前に話そうと思って何度も寝室に赴きましたが、中から啜り泣く声が聞こえましたので、結局何度か試みましたが、一度も成功しませんでした」
「これは大変参考になるお話ですね」
「そうでしょうか? 私の証言は警察も、かの弁護士もあんまり重要視されてなかったみたいですよ」
確かに俺が見た資料には対してマーサの証言は書かれていなかった。
俺は愛想笑いを浮かべた。
「では、事件当日の話を聞かせて下さい」
「それは忘れもしない忌々しい晴れの日でした。
いつも通り朝食を済ませると旦那様は仕事部屋へ、お嬢様は靴を履き替えて散歩に出かけます。その日の私は食糧倉庫の備蓄を調べねばなりませんでしたから、見送りはカールだけだったと思います。家を出られましたのは午前九時頃だったかと思います。
それからは普通に過ごしました。旦那様は相変わらず仕事の書類をさばいておられましたし、夫は掃除を、私は食器と衣類の洗濯をしていました。
その後の昼食の時間もいつも通りに準備をしました。いえ、あの日はお嬢様がまだお帰りになられていませんでしたから、三人での食事でした。はい、旦那様は私達とも食事をしたいと言う方でしたから。
その後はカールに買い物を言いつけ、私は少し休んでいました。
後はご存知かもしれませんが、カールが帰って来てからしばらくして、日が暮れた頃、旦那様がお嬢様の帰りが遅いと心配されて、カールに捜索願を出させました。午後七時か八時頃だったかと思います。それから一週間後にご遺体が……。
私が知っているのはこれくらいです」
マーサは気がつけば泣いていた。
「どうして今日、こうして私にこんな話をしようと思ったんですか?」
「ある探偵が屋敷に来たと言う事を夫のカールから聞きまして、それで話さねばならないと思ったのです。ルバート様からはご婚約の事を秘密にせよとの事でしたが、事態が事態ですから、私も協力しなければと思ったのです」
「そうでしたか。今日は大変参考になりました。必ずや私が今回の事件の真相を突き止めて差し上げます」
「ええ、お願いします」
と、マーサの強い眼差しを受けた。
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