第7話 被疑者ビルマー アニマート


 蛍光灯のみの事務所で、俺とエリーゼとオルガノンは一人の座る男を取り囲んでいた。


「その婚約には正当性がなかったわけだ」


オルガノンはこぼした。


「ええ、側から見ればそうでしょうね。でも、僕にとってはそれが生命線だった」

「どういう事ですか。さっきも言ってましたね」

「僕はフオーコのブランドの子息です。だからこそ言えるのですが、フオーコがこんなに大きくなってきているのは、実はノイギーアの投資のお陰なんです。正直言って、ノイギーア家の投資がなければ、とっくに倒産です。

 ですから、彼女との結婚はある種の独立を意味しますし、同時に潤沢な資金が手に入ります。僕はこれを機にフオーコを帝国一のアクセサリーブランドにしようと思ったのです」

「でもそうは行かなかった」

「はい、彼女は殺されてしまった。ノイギーアの子孫はこれで絶たれたでしょう。これでノイギーアもフオーコも滅んでしまうのでしょうかね。ハハ……」


 フオーコは力無く笑うと俯いてしまった。


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 私、オルガノンが彼から依頼を受けたのは丁度一月ほど前だった。

 かの有名な資産家の一人娘が遭った残酷な事件。その被疑者の弁護を任されたのだった。

 裁判はグラフ地方の裁判所で行われる予定だったが、その前に私は被疑者に会っておきたかったので、わざわざグラフ刑務所まで向かい面会を求めた。彼はすぐに了承してやって来た。


「貴方が僕の弁護士かい?」


 ビルマー アニマート。彼の出身は知っていたから、もっと汚らしい奴だと思っていたが、面会室の奥から来たのは驚く程爽やかな青年だった。

 肌は恐ろしく滑らかで、綺麗なブロンズヘア。顔立ちは整っていて、地方の乙女を独占しそうだ。物腰も柔らかそう、いかにも善人な感じを醸し出していた。


「初めまして、ビルマー。私はオルガノン クー。オルガノンって呼んでくれると嬉しい」

「わかったよ、オルガノン。……ところで聞いてほしい。僕は無実だ!」


 彼は驚く程まっすぐにそれを言った。


「私もそれを信じているから弁護士になったんだ」

「なら、聞いてくれ。これは何かの陰謀だ。僕が、いや、フィーネが幸せになるのを誰かが邪魔しているに違いない」


 どうやら長くなりそうだった。聞くところによると、彼は今日は既に一人の女性と面会をしているらしく、法律で制限されている面会時間はそんなに残っていない。

 遮る。


「それは調べてみないと分からないよ」

「でも、これだけは信じて欲しい。僕はやっていない」

「分かったよ。でも、私が今日君に会いに来たのはもっと違う事を聞きたかったからだよ」

「それは?」

「君の事さ。例えば好きな食べ物や趣味、好きなミステリーのジャンルとかでもいいな」


 これは私の手法だ。相手を知るにはまずは外堀から埋める。限られた時間において、案外これが上手く事を運んでくれる。


「なら、僕の生まれたメタリカ地下水道の話でもするかい?」


 私は今まで多くの依頼人を受け持ったが、地下水道出身の方は初めてなので聞く価値はあると考えた。


「聞かせてくれ」



 それからというもの、私とビルマーは頻繁に面会するようになった。

 私は別にもう二つ案件(本件よりは遥かに軽い)を抱えていたが、その仕事の合間に私は必ず彼の面会に向かっていた。

 その日は偶然ビルマーの妹、ルーシーと遭遇した。彼女は僅か十四歳だが、ビルマーから仕送りを受けていたからか、ある程度自立した生活が営めていた。

 私は彼女の提案でビルマーとの面会を三人で臨むことにした。


 面会室に入ると、そこは檻で遮られた空間がある。ほんの小さな部屋だが、ビルマー曰く、ここが彼にとって唯一笑っていられる部屋らしい。


「おお、ルーシー。それにオルガノン! 今日は本当に朝から憂鬱で仕方なかったんだ。来てくれてありがとう」

「ううん、お兄ちゃん、大変だって聞いたから……」


 と言うことは初めて来るのかな。差し出がましい事はよして、ここは家族の再開を喜ばせてあげよう。

 そう思って私はこっそりと部屋を出ようとしたが、


「待ってくれよ、オルガノン」


呼び止められてしまった。


「君にも助けられているんだ。裁判は来週だけど、君がいればきっと、大丈夫。そう信じられる。それだけで僕はこの寒い牢獄の中でも耐えられる。現実に戻る希望なんだ」

「私のような初老の弁護士でもかい?」

「経験豊富なんだろう?」

「ま、まあね」


 嘘だ。殺人事件どころか、普段は小さな民間の案件しか扱ってこなかった。


「で、どうなんだいオルガノン? やっぱり何かの陰謀だったろう?」

「え、お兄ちゃん、陰謀なの?」

「まあ、お兄ちゃんの予想だけどな。さあ、聞かせておくれよ」


 言うまでもなく、私はこの時焦っていた。何も見つかってなんかいない。警察の捜査に問題は見られなかったし、かと言って他の被疑者を嫌疑できるわけではない。


「あんまりここでは言えないな。裁判での楽しみだ」



 その後の裁判はあんまりだった。彼に死刑判決が下るなんて思いもしなかった。恐らくは裏でルバート氏の暗躍があったに違いない。


 裁判の翌朝、私は申し訳なさに押し潰されそうになりながら、刑務所の面会室に座っていた。


「ビルマー アニマートを連れてきた。今日は後三時間ある」


 看守が彼を部屋に案内して、手錠を解くと勢いよく扉を閉めた。鉄扉の出す独特の音が部屋に響いて、私はびっくりした。


「やあ、おはよう。ビルマー」


 私は引き攣る笑顔を自覚しながらも、愛想良くした。


「無理はしないでくれ。やっぱり陰謀だ。そうでなければ、こんな無理な話はない。僕は君が戦ってくれる。それだけで十分に希望を持って生きていられる。

 死刑執行はいつだろうか。先生、知ってるか。執行を知るのは執行の前日らしいぜ。他の死刑囚はみんな辛そうにしてるんだ。

 でも、僕は違う。君のお陰で僕は希望を持てる。最後まで戦ってみせるよ」


 けれども、彼は驚く程元気だった。いや、内心はきっと乱れているに違いない。目元のクマがそれを物語る。だか、そんな彼を見て、私はここで食い下がる訳には行かなくなった。

 よし、シーテ街の例の名探偵を雇うか。


 こうして、私は今に至る。

 彼の刑はいつまでも待ってくれない。

 聞くに死刑執行の猶予は平均二週間。もう既にその二週間を費やしている。いつきてもおかしくない宣告に、私は胸を詰まらせていた。

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