第6話 婚約者テオ フオーコ
時刻は午後七時半頃だった。
「なあ、エリーゼ」
ベッドの縁に座って本を読むエリーゼに声をかけた。
「はい、なんでしょうか?」
「これから少し散歩でも行かないか?」
「構いませんけど……一体どちらまで?」
「弁護士事務所さ」
♢
「全く、飽きれたものですね、カルマートさん」
事務所に辿り着いたのは午後八時丁度だった。辺りが暗くなった頃に俺とエリーゼはオルガノンの事務所に入っていたのだから、彼の言い分も分かる。
「警察と違い、自分たちが探偵だからと言って、自由気ままに行動されるので困ります。こうやって仕事中にふと来られても、用意ってものがあるでしょう?」
彼は苦々しい笑みで迎えてくれた。
「その点に関しては本当に申し訳ないと思います。
これから件の不審者θを捕まえに行きます。彼の行動パターンからして、場所も大体把握済みです。今から一緒にどうですかとお誘いに来たんですよ」
「そこの少女も一緒にですか?」
このオークはよっぽどエリーゼを軽く見ているらしい。足手まといなんじゃないかと言うような意味を含んだ訊き方だった。
これに対して、エリーゼはこれっぽっちも嫌な顔せずに、胸を張って答える。
「私は魔法使いです。帝国魔術大学に所属しています。足手まといには決してなりません」
これには弁護士のオークも感心したらしい。
「こいつはたまげた。君のような小さな少女がこんなにも堂々と物を言うのだからね。よし、良いでしょう。では、その青年を取っ捕まえに行きましょう!」
♢
ディファー平原の北西部にあるノイギーア邸。ここに彼は必ず来るはずだ。
俺とエリーゼ、弁護士の三人は道中の石垣の陰に身を潜めていた。
早くも三十分後、一番に口を開いたのはオルガノンだった。
「カルマートさん。本当に来るんですかねぇ」
彼はヒソヒソと言う。
「来るかもしれないし、来ないかもしれない」
「では、一体私はなぜご一緒したのでしょう」
オルガノンは悲しそうに叫んだが、対して俺は得意げに言う。
「そこが探偵の長所の一面と言えるでしょう。メタリカの警察は何かあってからでなければ動かない。けれども、私達探偵はこうして賭け事も出来る。運が良ければ万々歳だし、悪ければ残念で済む」
「そう言うものですかねぇ……」
オルガノンがため息を吐くとほぼ同時に、エリーゼが肘を打って来た。
「ガウスさん、来ました」
エリーゼの示す方を見ると、そこには黒いコートと帽子、金色の丸眼鏡をかけた男がこちらに向かって歩いて来るではないか。
彼は慣れた足取りで道を進んで行き、邸宅前に着くと、屋敷の方を眺めていた。
……変だな。まるで自身が怪しまれているなんて想像もしていなさそうな感じだ。でも、ならどうして彼は屋敷に入ろうとしないのだろう……
「カルマートさん。きっと彼が噂の徘徊者ですよ。どうしますか? 取っ捕まえに行きましょうか?」
オルガノンはコートに忍ばせてある拳銃を抜き取って言った。
「いえ。あの感じなら多分、大人しく話してくれますよ。私が一人で彼の元に向かいます。エリーゼと貴方はここに隠れていて下さい」
「「はい」」
二人の返事を後に、俺は立ち上がって男の元に向かった。
♢
暗がりに薄っすらと浮かぶのは一九〇センチ程の男。大柄な彼と格闘になれば、間違いなく勝てそうもない。
俺は恐る恐る、けれども至って普通に話しかける。
「こんばんは、今夜は冷えますね」
男はビクリと驚いたようだが、落ち着いて答えて来た。
「ええ、冷えますね。こう言う日には温かいスープが飲みたくなります」
男はニッコリと笑った。
「実は私はガウス カルマートと申します。私立探偵を営んでおりますが、貴方からお話を聞かせて貰いたく存じましてね」
「私立、探偵……ですか……」
彼は訝しむ様子だ。けれど、俺はそんな事は無視して続ける。
「立ち話もなんですから、ご同行願いますか?」
「ええ、構いませんが……」
♢
「それは本当ですか!?」
オルガノンの法律事務所。男に向かって事情を話すと、彼は心の奥から驚いて見せた。
そう、彼はフィーネが死亡したことを知らなかったのだ。
「本当に君がフィーネ嬢を殺した訳ではないんだな?」
オルガノンは机を叩いて、座っている男を睨んだ。
「そんなはずはありません。彼女は僕の生命線とも言える存在ですから……
いけません、まずは自己紹介をしなくては。僕はフオーコ。テオ フオーコと申します」
男が名乗ると、エリーゼが今度は驚いた。
「まさか、あのフオーコの方ですか?」
「そうだよ、お嬢ちゃん。知っていて下さって光栄だね」
フオーコは嬉しそうにエリーゼを見上げた。
「なんだ、エリーゼ。知ってるのか?」
「はい。フオーコは主にアクセサリーを扱うブランドです」
案外、エリーゼはお洒落さんらしい。
「で、なんでそのフオーコさんがわざわざノイギーア邸まで起こしになったのでしょうかね?」
オルガノンは嫌味ったらしく言う。
「僕はね、あのフィーネお嬢さんと婚約を申し込まれたんだよ!」
フオーコは怒って答えた。
「おや、これは。すると、屋敷で話していたカルマートさんの予想は当たったことになりますね」
「まあ、そうですね。……では、フオーコさん。先程は何をされていたのですか?」
「あんまり人には言いたくありませんが、フィーネ嬢にこっそりとお会いしたくて、ここ一ヶ月間ほどタイミングを伺っていたんですよ」
「誰がそれを信じるとでも?」
オルガノンはどうやら、どうしてもフオーコを犯人にしたいらしい。食いかかった。
「少し静かにしていてくれませんかね、弁護士さん。私はそこの探偵と話をしているのですよ」
若き青年、フオーコ。彼もまた怒りっぽい。
……面倒くさい。
「二人とも落ち着いてください。では、フオーコさん。何故こっそりとフィーネ嬢に会いたかったんですか?」
「それよりも、どうしてそんな事を聞きたがるんですか? 貴方が探偵なのは分かったし、ここが弁護士事務所だから、そこのオークが弁護士なのも分かった。でも、だからといって僕のプライバシーを侵害する理由にはならないでしょう?」
こいつ。……言わねば。
「フィーネ ノイギーア嬢の死因が曖昧で、今回の一件で無実の男が絞首台で死ぬかも知れない。協力してくれますよね?」
彼はふと我に帰ると、再び顔を青くして語り出した。
「……そうでしたね。フィーネ嬢が死亡した事、いまだに信じられなくって。ええ、なんなりと話しますよ。
僕が婚約を要求されたのは実は、ルバートさんからなんです。はい、かの父親の。で、僕がフィーネさんと話してみればびっくり、彼女は恋人持ちだった。えっ、知っていたんですか? なら、話さなくても良さそうですね。……ですから、僕はルバートさんに談判したんです。『この婚約は正当なものか』ってね。彼は不愉快そうな顔をしましたね」
ここも予想通りだ。
「それはいつの事で?」
「二ヶ月ほど前ですね。つまりはフィーネさんの死の一月前……」
フオーコは暗い表情を浮かべて、独り言のように付け加える。
「確かにここ最近は彼女部屋の明かりが見えなかった。そう言う事だったのか……」
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