第5話 ノイギーア家の秘密
かれこれ五分程で、ルバートが入って来た。
黒い顎髭は綺麗に整えられ、髪はしっかりとセットされている。高価そうなガウンを着込んで、足元はスリッパだった。黒髪だが、青い眼がどこか異世界っぽさを見せる。年齢は五十後半と言ったところか。
「初めまして、名探偵ガウス殿。私はルバート ヴァン ノイギーア。ルバートと気安く呼んでください」
ルバートは愛想よく笑って握手を求めて来たので、俺はそれに応えて、双方向かい合って座った。
ところでこの時、彼からは俺に対する敵意を感じ取った。
「初めまして。もうご存知のようですが、ガウス カルマートと申します。よろしくお願いします」
「さて、私から聞きたい事とは何でしょうか?」
「二つ程ありますが、まずは答えやすそうな方からで。あの日の事についてお聞かせ下さい」
「それはオルガノンさんにも伝えてあるはずですがね」
「再度確認したいんですよ」
「よろしい。私は普段フィーネと話をする事は殆どありませんでした。娘は私が嫌いだったんですよ。避けられていました。
あの日もフィーネは何も言わずに散歩に出かけて行きました。時刻は午前の……確か私が書類整理をしていたから、九時頃だったかと。その後は、娘の帰りが遅かったから執事のカールに届け出を出させました。そして一週間後、忌々しい報せが届いたという訳です」
どうやら執事の証言とは一致するようだな。
「なるほど。矛盾はないですね」
「失礼ながら、君は私を疑っているのか?」
冷静そうにしてはいるが、ルバートは内心怒っているようだった。
「いえいえ、めっそうもない。あくまでただの確認ですよ」
「なら良いですけどね。私も時間がないんです。さっさと二つ目の質問とやらを聞かせてくれませんかね?」
すっかり敵意むき出しだな……
「ではお言葉に甘えて……。失礼ながら、フィーネお嬢さんに婿殿を用意していたのではないでしょうか?」
この言葉に横に座るオルガノンが一番最初に驚いていた。勿論、しばらくして言葉の意味を理解したルバートの驚き様に比べれば小さかったが。
「き、君は何を言っているんだね?」
ルバートの引き攣る表情は抑えきれないらしい。
「そのままの意味です。最近ここらでは見かけぬ青年がうろついていたらしいですね。もしかしたらその青年が婿で、フィーネさんと無理やり結婚させるつもりだったのではと思いましてね。彼はしばらく知らせがなく案じてここら辺を彷徨くのではと」
これを聞いたルバートは目を見開き、両手が微動だにしなくなった。これは隠していたやましい秘密がバレた時の男の仕草だ。
「何と無礼なやつだ! だが面白い。君の想像は見事だ。さあ、もう話す事はなさそうだ。出て行ってもらおう」
ルバートは怒ってまくし立てた。
「お待ち下さい。娘さんの事件解決のためなんです!」
「うるさい! もうたくさんだ! どいつもこいつもフィーネフィーネフィーネ!
いいか? 私は忙しいんだ。君のような仕事が休日みたいな奴とは違うんだ。いい加減探偵ごっこも終わりにしてもらおうじゃないか!」
これを聞いたオルガノンもきまりが悪くなったらしい。どちらにつこうか悩んでいた。そして、やがてこちらの味方をした方が良いと考えたらしい。下手になってこう言った。
「ルバートさん。失礼ながらここのガウス君はかの魔王軍幹部スケルツォを捕まえた男ですよ。頼りになるかと」
「君は確かあの忌々しい娘殺しの弁護士だな……出て行ってもらおう! 今すぐにだ!」
♢
激怒したルバートには手をつけられず、俺とオルガノンは仕方なく屋敷を後にした。
「カルマートさん。もっと良いやり方ってものがあるでしょう?」
オルガノンは呆れ顔で言う。
「いや、これで良いんですよ。鎌をかけたに過ぎません」
オルガノンは大袈裟に驚いて見せて続ける。
「ではその鎌ってやつを聞かせてくれませんか?」
「良いでしょう。でも、それはこの真相を掴んでからです。マーサさんから証言が取れなかったのが残念でしたが、十分な程パーツは集まってきています。後は積み上げるだけだ」
そう、後は積み上げるだけだ……
♢
宿屋に戻るとエリーゼがぷりぷりと怒って待っていた。
「良いですか、ガウスさん。私だって一応助手です。頭も良いし、魔法使いとしては申し分ないほど腕も立つ。正直言って、ガウスさんより強いと思いますよ。そんな私を置いていくなんて酷いではありませんか!」
こ、こいつも言うようになったな……
「悪かった、エリーゼ。お詫びにほら、さっきそこのアクセサリー屋で買ったんだ」
と言って俺は鞄から髪留めを取り出した。
「わぁ、綺麗ですね。柄はモーリュの花だ! しかも青い花」
エリーゼは本当に喜んでくれたらしい。さっきまでの不貞腐れはどこかへ飛んで行ってしまった。
「このバレッタ、いくらしましたか?」
バレッタって言うんだ、これ。
「なぁに。自由気ままな探偵の給料からだ。大したもんではないぞ」
そのアクセサリー、実は驚く程高い。金属部分は金銀で作られているし、青い部分はこれまた職人の手が入っている。
「そうですか。なら、遠慮なく使わせてもらいますね!」
エリーゼは手際よく後ろ髪を纏めると髪留めで止めて見せた。青く輝くバレッタが彼女の金色の髪によく似合った。
「どうですか?」
「……似合ってる……」
悔しいが、見惚れてしまう程に。
「それは良かったです」
エリーゼも満更でもなさそうだった。
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