彼女の涙(番外)

第1話 依頼人オルガノン


 エリーゼとともに過ごして早二年。俺は彼女とのアパートでの生活に慣れていた。

 エリーゼとは戸籍はなく、記憶喪失の正体不明の少女である。エリーゼという名も俺がその場で付けた仮の名で、年齢さえも分からない。

 分かっていることと言ったら、彼女が東アルフヘイムの空から降ってきた事。人情深い心の優しい少女である事だけだ。

 然れども、エリーゼとて物凄い怒りを感じる事もあり、またそれ故に他人を殺めかけた事もある。今回はその話をしよう。



 その日は憂鬱な日だった。異世界の鋼鉄帝国メタリカの首都ラジアンにも雨季がある。お陰様でここ一週間は外出をしていない。身体は日光と運動を求めていた。

 そんな時に事件が舞い込んできた。


 俺とエリーゼが談笑していると、階段を駆け上る音がして、それからその音は俺の部屋の前で止まり、軽い扉のノックの音がした。


「悪い、エリーゼ。依頼人が来たみたいだな」

「その様ですね。お茶とお菓子を用意しますね」


 エリーゼは自身の話が遮られても、嫌な顔一つせず、にこりと笑った。

 自室の扉を開けると雨音とともに風が吹き込んで来、そこには一人の紳士風オークが立っていた。オークの見た目は人間だが、皮膚の色が緑色なのが特徴だ。


「ガウス カルマートさんですね?」


 ツンと張った髭が立派な彼の声は見た目に合わず、随分と高かった。


「ええ、そうです。依頼ですね?」

「はい」

「でしたらどうぞ上がって下さい」

「ありがたく、親切を頂戴します」


 オークはその場で汚れたコートと雨に濡れた帽子を脱ぎ、部屋に入って来た。

 リビングに通すと、既にそこにはエリーゼが用意してくれたお茶とお茶請けがあった。


「おや、どなたかご用意してくれたらしい。同居人がいらして?」

「ええ。実は一人少女と一緒に暮らしています」

「それはそれは……大層な事で」


オークはエリーゼに気がつくと、同情するように彼女を見つめた。


「勘違いして貰っては困ります。彼女も私の仕事の範疇です。彼女の素性が分からないので、預かっているのですよ」


 それを聞いたオークは安心したらしく、ホッと一息吐いた。


「良かったです。これから頼る方が奴隷の少女を連れる趣味があると知れたら、私はどうするべきか途方に暮れていたでしょうからね」


 俺はそれを笑って流す。


「ささ、どうぞお掛けになって下さい。折角のお茶が冷めてしまいますよ」


 俺は彼の為に椅子を引く。


「そうでしたそうでした」


 オークは鞄を足元に置いて、それからテーブル席に着いた。


 俺は彼が一口茶を飲んで、リラックスした頃合いを見計らって、事を始めた。


「ところで、ご依頼を承りたく存じます」

「そうでしたそうでした。最近どうも忘れっぽくてダメですね」


と言って、彼は鞄から一冊のファイルを取り出した。


「まずは自己紹介から。私はメタリカ法律事務所のオルガノン・クーと申します。私が今回扱う事件です。一度目をお通しくだされば、ある程度把握出来るのではないでしょうか」


と言って、彼は俺の向きにファイルを回転させ、ページを開いた。

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