第10話
薄暗くジメジメとした地下通路は延々と続いていた。
「少し肌寒いですね」
俺は腕を組んで、身震いした。
「ええ。フレア王国とは言え、メル地方はゴブリン谷に近いですからね。もう少し北に行けば氷河です」
一人の巡査が答えた。
地下通路には何もなく、ただ単調に伸び続けていたので、俺は退屈していた。しばらく歩いてアパッシオナート刑事は
「カルマート殿。見えてきましたね、出口です」
と嬉々として言った。彼の指す先には木製の扉があった。
罠の警戒やらなんやらは慣れているからか、警察は難なく安全確認をし、その扉を開けた。
地下通路を出ると石造りの建物のホールに出た。革靴の音がやけに響く、その空間は甚だ広く、階段が目の前に、両脇には扉があった。どうやら玄関ホールの様だ。
「不気味な程に静かだ」
刑事は胸元からリボルバー式の拳銃を取り出した。それを見て後ろの二人の巡査も同様に拳銃を取り出した。
「カルマート殿、こんな所に貴殿の助手君はいるのでしょうかね」
「さあ、わかりかねます。しかし、エリーゼはあの屋敷の何処にも居ませんでしたし、いるとしたらここでしょう」
「しかし、どの部屋から捜索すれば良いのやら……」
俺たちは扉を少しだけ開いて、中を覗いたりしながら、どうすべきか悩んでいた。すると、何が起こったのか最上階の方から大きな稲妻が走る様な音がした。
「カルマート殿、この音は?」
「誰かが魔法を使ったのでしょう。急いで行きましょう。エリーゼが誰かと戦闘中なのかも知れません」
言いきる前に、俺は既に階段を駆け上っていた。
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目の前に伏すのは死した悪魔。対峙するのは黒いドレスの様な服装のラフィンとその部下。
私にはまだ魔力は沢山残っている。彼女らをどの様にして対処しようか。捕まえるにも二人同時には担げないし、なによりもラフィンは強い。どちらかが死ぬかも知れない。
……殺せ。
ふと心の何処からか、何かが囁いた。
……私は何の為にあらゆるものを犠牲にしたか。思い出せ。
何を思い出すの? 私はどうして彼女らを殺さなければならないの?
……あの日の誓い、理不尽には死を。
「そこまでだ!」
ふと、後ろの扉からの叫びで、私は意識が覚醒した。ガウスさんだった。
「貴様はガウス カルマート! ようやくお出ましか」
前髪のない黒服の女は嘲笑うかの如く言った。ガウスさんはそれを気にも留めずに私の元にやって来た。それから頭を撫でて、
「待たせて悪かった。もう終わりにするから」
と耳元で優しく囁いた。
再び扉が開かれ、三人の警察が入ってき、その内の一番偉そうな男が
「カルマート殿、そやつらが此度の騒動の元凶ですか?」
と尋ねたので、ガウスさんは私から離れて
「そうです。こいつらがここでの殺人魔の正体です。さあ、手錠をかけてやりましょう!」
と答えた。
それを聞いたラフィンはワナワナと震えだして、
「妾を逮捕する、だと? 愚かな人間が! そこのイユならまだしもこの妾の恐ろしさがわかっていないようだね!」
と訛りあるメタリカ語で怒鳴り、そのコートを脱ぎ捨てた。まだ寒いのに、彼女は今やシャツ一枚の姿となった。当然だが、イユと呼ばれた女以外は皆驚いて石の如く固まった。
彼女らにとって絶望的な状況で、何をするというのだろう。
「ラフィンヒーヤ。セ、ウォーレ!?」
イユは自分の命乞いをするかの如く、ラフィンに哀願しだした。
ガウスさんは私の肩を抱き、もう片手で拳銃を握りしめ、三人の警察は魔法の杖、リボルバー、そして剣を抜いて構えた。
「見よ、愚かなるフレアとメタリカの民よ。妾こそが真の魔王、夜闇の女王ラフィン テルールだ!」
ラフィンはそう叫ぶと、みるみる体が膨れだし、側にいたイユは潰れてしまった。
――そうして彼女は黒く艶やかで硬そうな鱗、真っ赤に燃える目、万物を切り裂く鋭く太い爪、嵐をも吹き飛ばす大きな翼を持つ大きな龍になった。その巨体は遂には天井に達し、屋敷を破壊した。大きな満月が私たちを照らした。
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異世界ならドラゴンなんかと会うかも知れないとは思っていたが、敵側にドラゴンがいるなんて想像もした事がなかった。
その大きく邪悪な姿はアパッシオナート刑事を含め、警察一同を震え上がらせた。俺だって正直言って怖かった。
「愚かなる人間。妾の恐ろしさをその身で持って体験するがよい!」
ドラゴンは腕を一振りして一人の巡査の胴体を切り裂いた。その異様な光景は圧巻で、俺は化石になった様に立ったまま動けなくなっていた。
「ガウスさん! 逃げないと!」
ドラゴンはその大きな口でもう一人の巡査を丸呑みした。口元からは血が跳ねていた。お行儀が悪い、だなんて思ってしまった。
「ガウスさん! ガウスさん!」
――死ぬのか。俺は怯えて大切な家族さえ守れずに。
その瞬間、俺は恐怖から解き放たれるのを感じた。
「エリーゼ。走って逃げて、隠れてろ!」
エリーゼの背中を叩いて、逃げ走らせた。それから内ポケットから拳銃を抜き取り、走って脇に行き、弾を打ち込んだ。鱗には効かなかったが、関節にはそれが無かったので、俺はそこを狙った。
打って走って、彼女の攻撃を避けて……
アパッシオナート刑事も部下が二人も殺された事で激怒していた。彼もまた攻撃の魔法を打ち込んでいた。彼の放つ炎の塊は僅かながらダメージが入っているはずだ。
……
……
……
ダメだった。
「愚かな。妾はドラゴン。その様な攻撃で死ぬとでも?」
と彼女は俺たちの無力さを嘲笑った。
俺の拳銃の弾倉は切れ、刑事の息は上がっている。状況は絶望的だった。せめてエリーゼだけでも助かってくれれば。
ドラゴンが甲高く笑ったその時―—俺と刑事が諦めかけた時―—空から稲妻が落ちて来て、ドラゴンの鱗もろとも腹を撃ち抜いた。
「グブ!」
油断したドラゴンは見事に直撃したと見え、勢い良く吐血した。
見上げれば、天高く青き月光に照らされたエリーゼがほうきを掴んで飛んでいた。彼女の目にはいつものとは違った光が宿っているように見えた。
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