第9話
エリーゼが誘拐されたのは事実に違いない。屋敷には争った形跡は殆ど無かったが、玄関ホールの壺が破れていた事や主人のオッペルト公爵の死で断定できる。
得られるヒントなら何でもいい。
俺は再度公爵からの依頼の手紙を開いた。
『ガウス カルマート殿
我が領地で魔王軍のものと思われる城が見つかり、小生はこれを機に送ります。
小生はフレア王国メル地方を支配する公爵のファンドと申します。先日、我が領民が魔王城と思しき建造物を発見しました。彼女はイユと申しますが、彼女は不幸にもそこで死体を発見してしまいました。
死体の歯型から判明した身元は、しばらく行方不明だった我が領民のフェイスと言う男でした。
我が地方では先月のアルフヘイム連続殺人事件以来、良からぬ噂が立ち続け、住人は小生も含め、不安に苛まれています。
どうかその叡智をお貸し頂けないでしょうか。
フレア王国 メル地方 ファンド』
イユと言う名前が気になった。この名前はヴンシュの口からは出てこなかった。
「ヴンシュさん。イユと言う名前をご存知ですか?」
「いいえ。メルには何度も来ていますし、挨拶回りを怠ったことはございません」
ヴンシュに尋ねた所、彼女はこう答えた。ならば、こいつが今回のオッペルト公爵とフェイス氏の殺害、及びエリーゼの誘拐の犯人なのではないだろうか。
イユ……一体何者なのだろうか。
三十分程経ってフレア王国の刑事部長、アパッシオナート氏が屋敷に到着した。ヴンシュがギルドに頼んだのだろう。
「こんばんは、ガウス カルマート殿。此度は遠路はるばるご苦労様であります」
「こんばんは、アパッシオナート刑事。状況の把握は出来ていますか?」
「ええ、先程貴殿が仰って下さった内容は全て把握済みであります。一つ疑問が残るとしたら、フレア警察にこの様な事件のファイルは一切なかった点ですね」
そうなのだ。彼が言うにはメル地方でここ最近の事件は何故か都市には伝わっていなかったのだ。新たな謎が出てきた。
「それで、カルマート殿。何か犯人の手掛かりは見つかりましたか?」
「いえ。ただ、この屋敷には秘密の地下通路の様なものがあるのは断定的だと思います」
「クワイト!(フレア語で素晴らしい)」
突然刑事は感嘆したが、それ以上何も言わないので、それを無視して俺は続けた。
「それから、屋敷中探しましたが、エリーゼどころか人っ子一人見つかりませんでした。しかし、犯人はこの屋敷から出ることは出来ません。周囲に幾多ものギルド兵がいたからです」
「なるほど……」
「警察側の収穫も是非ともお教え願いますか?」
「もちろんです。
公爵は殺害されてしまったので、カルマート殿が屋敷を留守にした六時間に何があったのかが全く分からない状況です。ですから私どもは状況証拠を捜しました。
その結果収穫がありました。本部から派遣された捜査官ら、私を含めた四人が捜索しましたが、秘密の通路が見つかったのです」
「素晴らしい! 事件後に是非ともその捜索技術を教えて欲しいですね」
「まあね……。ともあれ、私どもはこの確かな犯人の足取りを追って進もうと思っておりますが、カルマート殿はどうしますか?」
アパッシオナート刑事は身を乗り出して、愚問を尋ねてきた。
「決まっています。行きます。エリーゼは私の家族ですから」
刑事に案内されたのは庭の倉庫の中にあった地下への階段だった。風がこちらに向かって吹いてきている。それを警察官三人が囲む様にして待っていた。
「ご苦労、諸君。これから犯人の追跡を行う。ミール君はここに残りたまえ。上の客用寝室にいるヴンシュさんを看病する者が必要だ」
「はっ!」
ミールと呼ばれた巡査は敬礼をした。
「さあ、カルマート殿。この不気味な連続殺人魔を捕らえてやりましょう」
アパッシオナートは杖を取り出し、光の呪文で地下通路を照らした。俺は拳銃の弾倉と予備の弾倉。それから徹甲弾の弾倉を確認し、コートに再度、忍ばせた。
「準備完了です、刑事。よろしくお願いします」
目の前の真っ暗闇な通路の先にエリーゼが待っている。
こ公爵とフェイス氏、村人らを手にかけた、この用意周到な殺人魔がどんな奴なのか。
この通路の先がどの様な場所なのか。
エリーゼは無事なのか。誘拐なら、どうして身代金のメモを残さなかったのか。
俺は気が気でなくなっていた。
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